ルゥナの冒険者登録3
「そ、そんな・・・こんな場所になんであんな魔物がいるのよ・・・」
ルゥナの声が震えている。元Bランクのルゥナがビビるような魔物という事か? こんな街の近く、それも初心者冒険者ですら来れるような場所に。
「あいつ、そんなに強い魔物なのか?」
「キラーマンティスって呼ばれている人造の魔物ね。Bランクパーティと同等の強さを持つって聞いたことがあるわ。ただ、貴族の暗殺なんかに使われるような人造魔物が、どうしてこんな場所に居るの?」
俺達が話し終わるのを待っていた訳では無いだろうが、俺達の会話が途切れると同時にキラーマンティスが加速して突っ込んできた。それですら、ほとんど物音がしない。見失ったら、音で場所を探すのは不可能に思える。
「近寄らせないよー。えいっ」
キラーマンティスにまったくひるんでいないシルフィが、ツタを壁の様になるように編む。しかし、キラーマンティスの刃型の腕は見掛け倒しではなく、あっさりとツタを切り裂く。敵が強いのか、シルフィの魔法が弱いのか。
「何してるの! 逃げるよっ。あいつには、何か命令が下されているはず。私達が目標じゃ無ければ、この場所を離れても着いて来ないはず」
そう言うが早いか、ルゥナは森の出口に向かって走る。その速度は、俺がついていける速度をあっさりと越えている。なんなら、あのキラーマンティスが突っ込んできた速度よりも早いんじゃないか?
「ちょっ、待ってくれよ! シルフィ、時間を稼いでくれ!」
「まっかせてー。今度こそ、えいっ!」
俺もルゥナに続いて逃げる。シルフィは、ツタを四方から這わせ、キラーマンティスを捕まえようとしている様だ。ただ、あっさりと場所を移されて意味が無かったが。いや、まっすぐこっちに向かってこなくなっただけマシだ。
ただ、30秒もしないうちにキラーマンティスが俺と並走した。やはり、シルフィでは荷が重かったか。まあ、分かっていた事だが。ただ、キラーマンティスは不気味ではあるが、意思のようなものを感じないからか、不良達の様に恐怖を感じて俺の体が硬直したりしていない。だからと言って逃げ切れるわけでは無いが。
「くっ、やっぱりこいつは早い、なっ!」
俺はエーテルを糸状にしてキラーマンティスの足元に張る。こけてくれればラッキーだと思ったんだが、キラーマンティスはまるで見えているかのように回避した。そして、ルゥナがいつの間にか俺の肩に乗っている。先に逃げたんじゃないのか。
「ダメ、あいつは魔力視を持っているの。アキラのエーテルもきっと見えているわ。この先に、魔力を含まない物で罠を仕掛けたから、そのまま走り抜けて」
ルゥナは先行して罠をすでに仕掛けたようだ。さすが仕事が早い。ただ、ここで予想外の事が起きた。
「今度こそ、えいっ!」
シルフィがもう一度ツリーバインドでキラーマンティスを拘束しようとした時、キラーマンティスがシルフィに向かって手を振った。
「痛っ! え・・・? 僕の腕に、傷・・・?」
今まで怪我をしたことが無いのか、シルフィが自分の腕に出来た傷に呆然とする。血のようなものが、たらりと腕を伝った。
「シルフィ! こっちにこい!」
見えないはずのシルフィ、さらに言えば触れないはずの精霊に怪我をさせる化物って、そんなのアリか? そしてつまり、キラーマンティスには俺を覆うエーテルも見えてたって事か。だから俺に対しては攻撃を仕掛けずに並走するに留まっていたという事か?
「うぇーん、アキラー。僕の腕が、痛いよー」
シルフィはすぐに俺の元へと飛んでくる。俺は、精霊の怪我なんてどうすればいいのか分からなかったが、とりあえず止血した方が良いと思ってエーテルをシルフィの傷口に包帯の様に巻く。エーテルは柔らかくも出来るから、シルフィも巻いた事での痛みはないはずだ。
「魔力の切断能力?! そんな、私が知っているキラーマンティスよりも高性能だわ」
「やっぱり、あれは普通じゃ無いのか」
「ええ。魔法以外で精霊を傷つけることが出来るなんて・・・。そろそろ罠よ、飛んで」
俺はルゥナを振り落とさないように、エーテルで囲う。そして、パワードスーツの力を使って5メートル程ジャンプする。ルゥナの予想通り、キラーマンティスは魔力を含まない罠には気が付かなかったようで、足を取られて盛大に転ぶ。まあ、それでダメージを受けた様には見えなかったから、倒すよりも逃げる方に力を注ぐ。今はシルフィも泣いていて、もう戦力に数えることは出来ないだろう。
「ちっ、爆発の罠にはかからなかったようね」
どうやら、攻撃用の罠も仕掛けていたようだ。ただ、俺がジャンプで躱せなかったときのことを考えていたのか疑問が残るんだが?
1分ほどしか経ってないが、もうキラーマンティスが追ってくるのが見えた。やはり、転ばせただけではそんなに時間は稼げないか。
「距離は結構稼げたと思うんだけど、まだ追ってくるって事はどういう事だ?」
「つまり、あの場所を守っていたってわけじゃ無くて、私達が目的ってことね。・・・心当たりはあるけど」
「心当たりがあるのか? 何だ?」
「あの霊草よ。予想だけど、あの霊草はたまたま生えていたわけじゃ無くて、誰かが目的をもって育てていたってところかしら。ま、キラーマンティスが居る時点で十中八九錬金術師の仕業でしょうけど。それなら、採取した私達が確実にターゲットになってるわね」
「じゃあ、霊草を捨てれば・・・」
「恐らく無駄よ。もう、発見した時点で私達を殺すよう命令されているでしょうね」
イチかバチか霊草を捨ててもいいが、それであいつが止まらなかったら白金貨5枚を無駄に捨てることになる。命には代えられないとは思ってはいるんだが、ほぼ無駄になると分かっているなら持っていたい。
「うぉっ!」
とうとうキラーマンティスが俺に攻撃を仕掛けてきた。一瞬、シルフィの様に俺のエーテルも切り裂かれるかと思ったが、いつもどおりガキンッと弾いた。ただ、俺は弾き飛ばされて木にぶつかり足を止められてしまう。
俺の目の前に、キラーマンティスが立つ。無表情のまま、刃の腕を振り上げて俺に振り下ろす。俺はとっさに両腕で顔を守る。ガキンッという音がしてキラーマンティスの刃を防ぐ事に成功する。しかし、キラーマンティスの攻撃は止まらず、ガキンッガキンッと音と衝撃が続く。諦めるという言葉を知らないのか、キラーマンティスの動きは止まらない。
「くそっ、いつまで続けるつもりだ!」
「あいつに再度命令が下されるまで続くでしょうね。でも見て、あいつの手。アキラのエーテルに歯が立たずにボロボロになり始めているわ」
キラーマンティスの刃よりも俺のエーテルの方が硬いようで、キラーマンティスの刃がこぼれていく。ただ、キラーマンティスは痛みを感じないのか、そんなになっても攻撃の意思を止めないから逃げ出せないが。
「ぐすんっ、痛い。ぐすんっ、痛いよ」
「シルフィ、大丈夫か?」
エーテルで包んでいる以上、シルフィも俺の近くから離れることが出来ない。まあ、キラーマンティスがシルフィを傷つけることができると分かっている以上、俺から離すわけにはいかないが。
「痛い、痛いよ。こんな事、許せる? ううん、許せないよ。僕、ふふっ、僕は、お前を、許さない!」
シルフィが、キッとキラーマンティスを睨みつける。そして、シルフィが無言で指を振る。
「ぐがっ!」
一瞬で地面から木の根が生え、キラーマンティスの足を貫く。そして、そのまま足を絡めとる。
「死ね、殺す、痛みを、知れ!」
シルフィは、次々に指を振ると、木の根がキラーマンティスの体をどんどんと貫く。青い血がキラーマンティスの体中から流れ出している。
「はははっ、死ね、ほら、痛いか? 僕は痛かったよ。こんな事、許せない!」
「シ、シルフィ、さん・・・?」
未だにキレているシルフィに声をかけるが、俺の声が聞こえていないのか、キラーマンティスに攻撃を続けている。ルゥナも無言で、顔を青くして見ているだけだ。
「じゃあ、これで最後にしてあげるよ。ばいばい」
ある程度攻撃したシルフィは満足したのか、最後と言いつつ両腕を振る。すると、キラーマンティスの全身をツルが覆い、そのまま樹木の様に成長していき、中のキラーマンティスをすりつぶしていった。最終的に、ツルの間から青い血が噴き出ているので、恐らく中で圧死したものと思われる。
「・・・シルフィ?」
俺はもう一度、シルフィを見る。
「ふー、すっきりした。なぁに、アキラ?」
今度は、満面の笑みで返事をしてくれた。怒ったシルフィ、怖すぎじゃね?