精霊 シルフィ
シルフィ イメージイラスト
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馬車と反対側に向かったせいか、全然道らしい道が無い。さすがに素足だと歩くのは無理だったので、ボロい剣で木の皮をはぎ、それを蔓で巻いて靴代わりにしている。異世界の植物だからか、異常に頑丈だったから助かった。地球だったらすぐにボロボロになって靴にはならないだろう。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。何だ、この森。一体どこに出口があるんだ?」
何時間歩いたか分からないが、一向に森を抜けることが出来ない。樹海なんかは、人間の足は左右で長さが違うため、気が付いたらぐるぐる回っていたって聞いたことがある。だから俺は、一応剣で木の幹に線をつけながら真っすぐ歩き続けてきた。それでも抜けられないって事は森が深いのか、何らかの異世界の状況のせいなのか分からない。
「このまま暗くなったら、どうなるか分からない。それに、草で体中切り傷だらけでかゆいやら痛いやら・・・」
布を被っただけの様な服では、手足はほぼ守られていない。笹の様な葉っぱがあれば、それだけで切り傷が増えるのだ。
「少なくとも、水だけでも確保しないと、すぐに限界になりそうだ」
人間は3日水を取らなければ死ぬと言われている。けど、それより先に歩き続けた事とそもそも水分をそこまで貰っていないことを含め、脱水症状になる方が先かもしれない。
「こんなところに人間が居るなんて珍しいですねー。人間なんて、すぐにゴブリンや猛獣に襲われて死ぬのに」
「だ、誰だ!」
辺りを見回しても声の主が見つからない。
「おや? 僕の声が聞こえてるんですかー? それはそれは珍しいですね。少なくとも、数十年はなかったと思いますね」
「姿を見せろ!」
俺はボロい剣を構えて敵かどうか分からない声の主の襲撃に備える。といっても、剣を持った経験といえば、中学の頃にあった剣道の授業で竹刀を持った時くらいだろうか。
「そんなに身構えなくてもいいじゃないですかー。そもそも、僕はすでに君の前に姿を見せていますよ? その様子だと、僕の声は聞こえるけど姿は見えないみたいですね」
姿が見えないけど、俺の目の前に居る? それなら、こっちだって考えがあるぞ。
「塊を竹かごの様に編んで包み込む!」
俺は頭の中で見えない塊を操り糸のようにし、目の前を徐々に狭めて包み込んでいく。
「わわっ、何ですかこれ! 嘘っ、僕が逃げられないなんて!?」
見えない何かを捕まえることに成功したようだ。檻の様になった塊の中を手探りで探すと、何かを捕まえることが出来た。手のひらより少し大きいくらいで人型の形をしている、フィギュアみたい。
「捕まえたぞ!」
暖かく、柔らかかったので、見えないけど生き物みたいだ。だから、逃げない程度の強さで握る。触った感じ、羽根があるから目の前を飛んでいたんだろう。
「ちょっ、ちょっと! どこ触っているさ! まだ同族の男にだって触れられたことないのに!」
「えっ。中性的な声だと思ってたけど、もしかして女の子?」
俺は反射的に手を放してしまう。あ、これは逃げられたかなと思ったけど、見えない中空から「エッチ!」だの「変態!」だのの怒号が響いている。叫ぶ暇があれば逃げればいいのにって思うんだけど。
「・・・逃げないの?」
「僕の大事なところをこれだけ好きに触ったんだから、その責任くらい取ってよね! それまで、絶対に君から離れてやらないから!」
「ど、どうすればいいのかな?」
女子に少し苦手意識を持っている俺は、ついつい下手に出てしまう。謝るだけじゃ許してくれなさそうだし。
「そうだなー。僕が満足するまで楽しませてもらおうじゃないか。ずっと誰にも気づかれなくて暇だったのだよねー。それに君、なにやら面白い物もってるみたいだし。それ、どこで手に入れたの?」
「それって、この見えない塊の事?」
「あっ、やっぱり見えないんだ。僕の事も見えていないようだし、変だと思ったんだよね。それなら、自己紹介をするよ。僕の名前はシルフィ。精霊だよ」
「せ、精霊? 見えないから何とも言えないけど。あ、俺の名前は渡辺明って言うんだ」
「長い名前だね。アキラって呼んでいいかい? いいよね」
シルフィは勝手に俺の事を名前で呼ぶ事に決めたようだ。思ったよりも友好的なこの精霊にこの世界の事を聞くのもありだな。
「実は俺、この世界に召喚されたんだと思うんだ。なあシルフィ、元の世界の帰り方とか知らないか?」
「異世界の人間が召喚されるのはよく聞くけど、元の世界に帰ったって話は少なくとも僕は聞いたことが無いよ。そもそも、召喚の仕方も知らないしねー」
可能性としては、その確率の方が高いと思っていたけどやはり帰れないようだ。それならそれで、この世界で生きていく事を考えなければならない。幸い、異世界物の小説はよく読んでいたからなんとかなるだろう。チートは無いけど、少なくとも奴隷の首輪のおかげか言葉は通じるし。
「そっか・・・。それじゃあ、俺の持ってるこれって何なの?」
「君の持っているそれは、僕にもよく分からないんだけど、魔力を持っていることだけは分かるよ。じゃないと、僕が通り抜けられない理由が分から無い。ああ、そう言えば君も変だよ。精霊に触れられる人間なんて聞いたことが無いからさ」
「精霊って触れられないものなの?」
「声は波長が合えば聞こえるって人間はたまに居るけど、精霊に触れられる人間はいない。ほら、精霊って魔力の塊みたいなものだから、物質的には存在していないようなものなんだよ」
俺はよく分からないけど精霊に触れられる力を持っているらしい。この塊に触れるのもそのおかげなのか?
「ってことは、誰も精霊を視る事も出来ないわけか」
「それは出来るよ? ただし、精霊の側から見せようと思わない限り無理だけどね」
「じゃあ、シルフィの姿を見せてくれよ。じゃないと、どこに居るのかも分からない」
「仕方ないなー。僕の初めてを奪ったんだから、責任取って貰わないといけないし、姿を見せるくらいいいよ」
そう言うと、俺の目の前の空間が歪んで人型が浮かんでくる。緑色のセミロングの髪をした、エルフを小さくしたような見た目に、4枚の羽が生えている。おとぎ話に出てくる様な妖精のイメージだ。正直、思っていたよりも美少女で驚いた。
「は、初めてって・・・。俺はシルフィの体には触れたけど、それ以上は何もしてないだろ?」
「精霊はね、自分が好きな人以外には羽を触らせないんだよ。それが例え親でも、大人になってからは絶対に触らせないんだ」
「ああ、確かに羽に触れたけど、それは捕まえるためで・・・」
「触った事実は消えませんー。だから、責任取ってよね!」
美少女に強く言われると、断る事もできない。何より、この何も分からない異世界で、自分の味方になってくれる存在は貴重だ。
「はぁっ、分かったよ。俺が出来る範囲の事は何でもするさ」
「本当? 言質は取ったからね! 責任を取るまで、絶対に逃がさないんだから!」
「・・・ところで、どこかに水を飲める場所を知らないか?」
「人間は面倒だね、生きるために色々とやることが多そうだ。とりあえず、ついてきて。その先に確か湧水があったはずさ」
俺はシルフィのおかげで、少なくとも今日は生き延びることが出来そうだ。