メルルゥ
まさか、その日のうちにもう一度ギルドマスターに会う機会が来るとは思わなかった。
「あら? アキラさん、どうされました? 何か忘れ物ですか?」
案の定、受付嬢のジェーンさんも俺が来るとは思っていなかったようだ。
「すみません、ギルドマスターに会いたいのですが・・・」
「ギルドマスターにですか? 用件はなんでしょう?」
「精霊の件でお話があります・・・とお伝えください」
「なるほど。分かりました」
ジェーンさんは、すぐにギルドマスターの所へ向かってくれた。ちなみに、リンドールさんのシルフィは何故かまだここに居る。何か考え事をしているようで、心ここにあらずって感じだ。
しばらくして、ジェーンさんが戻ってきた。
「ギルドマスターがお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
場所は分かっているが、一人で勝手に行く訳にはいかないのでジェーンさんの後に続いて行く。そして、ドアの前についた。俺の心臓は、どきどきで冷や汗が流れる。まるで、罪状を言い渡される前の罪人の様な気分だ。
「ギルドマスター、アキラさんをお呼びしました」
「どうぞ」
「お邪魔します」
俺は再びギルドマスターの部屋へと入る事となった。リンドールさんは、前回同様にソファに座っている。俺も、向かいのソファに座る。
「こんなに早く会いに来たってことは、私の精霊の事がばれちゃったかな?」
「という事は、本当にリンドールさんの精霊だったんですね」
「すみません。少し、あなた達の動向を確認して欲しくて勝手に見張らました」
「その事なんですが、ずいぶんと悪戯されましたよ?」
「悪戯ですか・・・。それは本当に申し訳なかった。まさか、その様は事をするとは思っていませんでした。シルフィ、謝りなさい」
リンドールさんに謝れと言われたシルフィは、しょぼくれた顔でリンドールさんの前へと飛んでいく。
「・・・ごめんなさい」
「謝罪は受けます。けど、カツアゲされたお金は出来れば弁償して欲しいです」
「それは当然、弁償します。迷惑料を込みで払いますから、許してあげて欲しい」
「分かりました」
俺は慰謝料を貰う事になったので、持ち金が増えそうだ。迷惑をこうむったけど、実害は無い・・・事も無いけど、まあ大丈夫だろう。
「リンドール、あたし、彼に羽を触られたの・・・」
リンドールさんのシルフィは、そう言うと再びボロボロと涙を流し始めた。これは、先に言い訳をしとかないと俺のせいにされそうだ。
「触ったといっても、エーテル越しですよ。ほら、手袋越しで触ったなら直接触ったことにならないんじゃないですか?」
「・・・そーなの?」
リンドールさんのシルフィは、俺の言い訳を聞いて泣くのを止めたようだ。
「それなら・・・セーフなのかな?」
「エーテルですか。それが、アキラ君が精霊を触れるカラクリの正体ですか?」
「それなら、僕の羽を触ったのもセーフなのかな? なんだ、それならそうと早く言ってくれれば良かったのにー」
「ごめん。シルフィの場合はパワードスーツにする前の話だから素手だ」
「そこは嘘でも触ってないって言うべきだったんじゃ無いかなぁ!?」
シルフィがポカポカと俺を殴ってくるが、パワードスーツ越しだから痛くない。
「なんだ、精霊に触れられるのはエーテルとまた別なんですか」
「でもでも、エーテルっていうのがあれば、リンドールもあたしに触れるって事?」
「まぁ、リンドールさんの手をエーテルで包めば触れると思うよ?」
「本当! それなら、リンドール。あたしの羽に触れて!」
「え、いいのですか? 精霊は羽を触られたくないと・・・」
「好きな人ならいいの! ねぇ、触ってよ!」
「わ、わかりました。それじゃあ、アキラ君。お願いしてもいいかい?」
「分かりました」
俺は、今の状況が良く分からないままリンドールさんの手をエーテルで包む。一応、薄くて柔らかい、ゴム手袋をイメージしたから、痛くないだろう。
「これがエーテルですか。変な感じがしますが、まったく見えませんね。それでは、シルフィ、触りますよ?」
リンドールさんのシルフィは、こくんと頷くとリンドールさんに向かって背中を向ける。リンドールさんは、恐る恐るシルフィの羽に触れた。
「本当に触る事が出来ました・・・。不思議な感じですね。人とはまた違った柔らかさと言うか・・・」
「恥ずかしいから、そういうのは言わないで! それと、あたしの名前はメルルゥよ」
リンドールさんのシルフィが、自分の名前を言うと光り輝いた。メルルゥの見た目は、以前は上半身は人間の少女に近いが、下半身は渦を巻いたような感じで人型とは言い難い容姿をしていた。目は少し吊目で、ブラックオニキスの様な瞳で白目部分は無かった。それが、光が収まった後にはほとんど人間の女性に近い姿へと変化していた。
「え? いいのですか?! 真名を私に教えるという事は、シルフィの方から契約破棄が出来なくなるんですよ?」
「メ・ル・ルゥ! これからは、ちゃんと名前で呼んでよ。ただし、誰もいない時だけね。これで、あたしの力のすべてを扱う事が出来るようになるわよ」
「まさか、冒険者を引退してから精霊の力を引き出せるようになるとは思いませんでした。真名を知っているのと知らないのとでは、精霊魔法の威力が数倍は変わりますからね。それに、精霊にとってはデメリットしかないから真名を教えてくれるのは、よほどのことが無い限りありえません」
「羽を触る事は、その余程の事になるわよ。それに、好きじゃ無かったら何百年も一緒に居ないわよ」
「メルルゥ・・・」
「リンドール・・・」
人形くらいの大きさのメルルゥは、リンドールの手に額をつけてぬくもりを確かめている様だった。とりあえず、俺の用事は終わったから、二人きりにしてあげよう。
俺はリンドールさんに会釈だけすると、部屋を出る。
「せっかくギルドに来たし、依頼でもみていくか?」
「そうですねー。改めて、僕はアキラに初めてを奪われたと確認できましたしー」
「それは・・・ごめんて」
「元を取るまで、ずっと着いて行くんですからね。きっちりと、僕を楽しませるようにしてくださいよー?」
「分かったよ。それじゃあ、何か面白い依頼が無いか見て見るよ」
と言っても、Eランクが受けられるクエストはそれほど多くないけどね。弱そうな魔物の狩りだとか、採取とか、特技を使った街の中の雑用とか。
「あっ、その護衛依頼とかどう? 護衛依頼を一回受ければDランクになれるんでしょ?」
シルフィが言う依頼を見てみる。これは、Eランクの冒険者用の依頼らしく、他にDランクのパーティが一緒に居るらしい。よく分からないので、ジェーンさんに聞いてみるか。今の時間帯はあまり冒険者が居なくて空いているし。
「ジェーンさん、この依頼って?」
「ああ、それはさっき追加したばかりの依頼ですよ。ほら、Eランクは一回は護衛依頼をクリアしないといけないじゃないですか? しかし、依頼主にしても、初めての人を信用できるわけじゃ無いので、サポートとして追加でパーティに入れるんですよ。そして、Eランクの人の分の依頼料はギルドが負担するので、依頼主はタダで護衛人数を一名得られるわけです。そして、Eランクの人は他の冒険者の行動を見て学べる機会になります」
「そうなんですね。俺はある程度野営の知識もあります。受けようと思えば受けれますか?」
「そうですねぇ・・・。正直、この手のクエストはパーティで受けるのが普通なんですが、アキラくんは普通じゃないみたいですし、いいんじゃないですか?」
「なんですか、その判定は・・・」
俺は、ジェーンさんにとって普通じゃない判定を受けているらしい。まだ、何もやらかしていないというのに。




