第一章 D
竜とか勇者とか吸血鬼とかすごい王道物語で、使い古されたネタなのですが、ちょくちょく自分のオリジナリティも出して、作者の世界を文で具現化できたらいいですねぇ。
屋敷の天井を割り、竜がその姿を表す。
巨大でありながら優美な身体には、固く黒い外殻に覆われており、月光を反射してキラキラ輝いていた。
長剣のような牙がびっしり生えた口蓋から、低く重い咆哮が発せられる。
翼を羽ばたかせ、市街地はまるで竜巻にでも襲われているかのような惨状になっていた。
「り、竜だぁぁぁ!」
「それもでかいぞ! 城みたいな大きさだ!」
もはや伝説上の魔物である竜が街中に現れたことで、兵も民衆も大慌てだった。
「う、うわぁぁぁ! 空を飛んだぞ」
「げ、迎撃用意!」
「待てっ、これ以上あのお方を刺激するな!」
混乱する反乱軍。
驚いたニアたちが腰を抜かし、動転した兵士らが弓や投げ槍、弩などの飛び道具で必死に応戦するもサイファーには何の効果もない。
竜の外殻には並の攻撃は通用しない。
サイファーほどの大きさの竜を怯ませるのには、とてつもなく大きな投石機などか、竜殺しに特化した伝説の武具ぐらいしかあるまい。
何千何万という矢がサイファーに当たるが、その全てが突き刺さることなく、地面に落下していった。
『警告はしたぞ、愚かな人間共』
強大な竜が天空に飛翔し、その翼から幾多の雷撃が地上に撃ち放たれる。
「お待ちをっ、サイファー様! 皆、攻撃するな!」
逃げ惑い許しを乞う二ア。
しかし、蛮勇を見せる反乱軍。
そのいずれもサイファーには関係なかった。
あやまたず雷はローベル家の屋敷を突き刺し、二階部が一瞬で粉砕し炎の海と化した。
「市街地に当てないサイファー様。なんてお優しい……」
サイファーの背中の上で、リリィが頬を赤く染める。
『敵対する意思のない者にまで攻撃はしないさ』
「恨まれても困りますからね。あと百年は人間界で観光するつもりですのに」
『観光か……。ここに別荘作るのもいいかもな』
「よっぽど人間界がお気にめしたのですね」
『ああ。こんなにも豊かな世界だとは思わなかった。十万年前、ご先祖が人間界へ攻め行ったのも理解できる。この美しい世界に竜も住めたらいいのになぁ』
リリィと軽口を交わしながら、サイファーは体中から雷光を発射した。
いつの間にか空は曇天。
そこから幾多もの雷が地面へ落下していく。
竜は戦闘意思のある者には容赦しない。
敵対するなら皆殺しにする。
そんな威圧を込めた攻撃だった。
だが、反乱軍の抵抗は止まない。
細かく降ってくる矢の雨が、サイファーの皮膚に当たり、鈍い音をたてる。
サイファーはそのくすぐったさに身をよじった。
雷竜の力を散々に浴びて、あたりに断末魔の悲鳴が聞こえる。
尻尾に跳ね飛ばされ千切れた者や、足で踏み潰され肉塊と化した者までいた。
まさに最強。
凶獣は大地を揺るがせ、曇天の夜空にて暴虐の限りを尽くした。
しかし、人間の攻撃は止まない。
鈍獣な鉄鎧を身に纏い、大槍を持って竜へ突撃する。
竜にとってはそれは何の脅威にもならない。
それなのに―――。
『我、英雄たらん!』その覚悟が彼らの死期を早めることになる。
『うっとおしい! 人間とはこれほど愚かなものなのか!』
サイファーがつい力任せにブレスを吐いてしまった。
赤黒く光る口蓋から、雷竜の皇子たるに相応しい強烈な粒子が渦を巻き、一筋の光線となって群がる軍勢を焼き払った。
瞬間夜の闇が消え去り、眩い白光が世界を焼いた。
光線は大地を焦がし、貴族の屋敷のほとんどを消し飛ばし、海を割いて大爆発した。
貴族街が崩壊し、港にまで津波が押し寄せる。
だが逆にこれだけの被害で済んだことは奇跡に近かった。
後にフランベルジュ復興記に、神の矢と称されることになる一撃である。
『ついついブレスまで使ってしまった。俺もまだまだ修行が足りないな』
「いえ、良い威嚇射撃になったんじゃないですか。ほら、見てください。ほとんどの兵士が戦闘意欲を失いましたよ」
眼下で兵士が呆然と武器を取り落とす。
あまりのサイファーの強さに、皆絶望したのだ。
『……結果オーライか』
「サイファー様。ここは心を鬼にして、反乱軍などというものをこの世から消してしまいましょう」
『ノリノリだな、リリィ』
サイファーはため息を吐いた。
反対に喜びはしゃぐリリィ。
しかし、サイファーたちは何か忘れていることに気がついた。
「お、おぇぇぇ。もっとゆっくり飛びなさいよ。よ、酔った……」
戦闘に夢中になっていたが、その前右足に鷲掴みにされている、イシュタルたちはたまらない。
バーンなどは酷い怪我を負っており、翼をたたんでぐったりとしていた。
『おっと、すまんな。忘れていた』
「ちょっとっ! バーンさんは死にかけてるのよ! 早く治療しないと! 安全な場所へ逃げて! 」
『―――逃げるだと。竜である俺に逃げろと言うのか!』
「痛っ、念話で大きな声出さないで。頭が割れる!」
サイファーの苛烈な意思がイシュタルを威圧する。
竜人は竜の因子が身体に刻み込まれている分、相手の力の差には敏感だ。
今の竜化したサイファーの命令に、イシュタルは遺伝子レベルでの強制力を感じてしまう。
無様に悲鳴を上げるイシュタルを、リリィが嘲笑する。
「『逃げろ』というのはサイファー様には禁句ですよ。諦めなさい。それに竜は一度変身してしまうと、簡単に元には戻れません」
「あなたは元に戻ったじゃない!」
「わ、私にサイファー様の逆鱗を触れと言うのですか! なんて破廉恥な……、いえ、素敵なことを!」
「なに悶えてんのよ……」
その言葉に、一瞬萎えそうになるイシュタル。
リリィの言葉はさらに容赦なく続く。
「さ、サイファー様の逆鱗は股間についているのです。そ、それを簡単に触れなどと……。この変態奴隷!」
「なっ! なんでそんな所についてんのよ! ってか誰が奴隷なのよ!」
「まぁ、いいでしょう。あなたも混血とは言え、サイファー様に選ばれた女の一人。そこらへんの礼儀は未来のサイファー様の正妻であるこの私が一から教えて―――」
「ああっ、もう! 色ボケ竜は黙りなさい!」
「色、ボケっ!?」
「バーンさんが……、私の騎竜が死にそうなの! あなたは黙ってなさい!」
「な、なんて生意気な側室なのでしょうっ」
「誰がっ」
その間もサイファーは破壊を続けていた。前足の爪で防壁を破壊し、弩を踏みつぶす。
手加減していると言え、ブレスは炎の海となって、帝都の夜空を紅蓮に彩った。
『もういい。ここまでやって降伏せぬ愚か者など知らん。消し飛ばしてやろう』
サイファーは大きく息を吸い込んだ。
身体中に新鮮な魔力を貯め、一気にそれを放出しようというのだ。
天高く舞い上がった竜のその姿に、多くの民衆は空を見上げた。
死を撒き散らしながらも、優美なその姿を。
この光線が放たれれば、一瞬で帝都など吹き飛ぶ。
そんな威力の魔力がサイファーの口から放出される。
その寸前だった。
「だめぇぇぇぇぇぇぇ!」
イシュタルがドレスの胸元から、少し大きなロザリオを取り出した。
その先端を取り外す。
それはブレスレットに見せかけた、自決用の本当に小さな刃だった。
だが―――。
その煌きは本物。
代々皇家に伝わる宝刀だったのだ。
『いてっ!』
なんと竜の鋼鉄級の皮膚を食い破った。
「まぁっ」
『ほうっ……』
ポカンと口を開けるリリアナ。
信じられないものを見るように、目を見開くサイファー。
知らず口に貯めた魔力は消え去っていた。
イシュタルを掴んでいた前足の指。
そこに少しだけ血がにじんでいたのだ。
竜の皮膚を貫く武具など、伝説級の名剣くらいしかない。
その伝説級のことを、イシュタルは成し遂げたのだ。
それも小さな小さな刃で。
竜に傷を付ける。
しかも劣等種であるはずの竜人が……。
それは奇跡に近いような出来事だった。
「同じ竜族の端くれとしてお願い申し上げます。サイファー・ベルーフ殿。どうか私の騎竜をお助けください」
『…………つくづく面白い女だな。竜人にとって騎竜など馬と同じ、ただの道具ではないのか?』
「私とバーンさんはもう十年近く一緒にいるの。彼女は私の姉みたいなものよ!」
『い、イシュタル様。勿体のうございます……」
バーンが血と一緒に涙を流した。
イシュタルが自分の騎竜の首に抱きつき、その身体をいたわるように撫でた。
二人涙してサイファーを見つめる。
『ちっ、これでは俺が悪者ではないか』
サイファー呆れたように呟いた。竜とて女の涙には弱い。
戦闘行動を中止し、帝都から飛び去って行く。
そして
『リリィ、ワイバーンの手当を助けてやれ』
サイファーはなんとイシュタルたちを自分の背中に乗せたのだ。
竜は他人を自分の背中に乗せるのはすごく嫌がる。
これはサイファーがイシュタルを認めた証拠だった。
リリアナが気色ばんで叫ぶ。
これは嫉妬か、驚愕か。
恐らくは前者だろう。
「サイファー様! どうして!?」
『イシュタルの言を受け入れたつもりはない。俺が飽きたからやめただけだ』
リリィは分かりやすくため息を吐いた。
「ツンデレですね、わかります。今のサイファー様は、なんというか、……竜らしくありませんよ」
『わかっている。傲慢が売りの魔界の王がこれではな……』
「私はそんなサイファー様も好きですが。しかし、義父様がこれをご覧になったら何と申されますやら」
サイファーは竜の姿のまま、顔を嫌そうにしかめた。
『絶対に笑われるな……』
サイファーの子供の頃からの夢は、魔界を力で征服する圧倒的な魔王だった。
こんな女子供の涙でうろたえる姿など、他の竜には死んでも見せたくない。
ここに竜が自分たちしかいなくて本当に良かった。
「…………」
イシュタルは喋らない。
ただ黙って魔力を少しでもバーンに送って、傷の治癒を早めている。
ただ、目でサイファーに「ありがとう」と語っていた。
竜と人間は十万年前から大陸を引き離され、一度も交流がなかった。
サイファーとリリィ、そして竜人であるイシュタルの関係が、これから人間界を大きく変えようとしていた。
夜空の月が半分ほど雲から現れた。
湖と穀倉地帯に挟まれた渓谷をサイファーは尻尾を揺らして飛行する。
目指すはイシュタルが言う、親皇族の貴族の領土。
未だ反乱軍と戦っている彼女の仲間が北東にいるらしい。
眼下の麦穂が月明かりに照らされ、さざめきながら輝く大地は本当に美しい。
湖面はただ静かで、闇の中緑色に光っていた。
反乱軍の支配地を過ぎ、比較的安全な平野部に到着したのはそれから夜が明けてのことだった。
☆☆☆
「おのれ、おのれおのれ、おのれぇぇぇ! こんなことになるのなら、さっさとイシュタルの首を撥ねておくべきだったぁぁ!」
瓦礫と化したローベル邸で、ニアが激しい怒りを露にしていた。
燃えたつ屋敷の真ん中で、拳を柱に叩きつけた。
イシュタルにはまんまと逃げられ、利用しようとしていた竜には裏切られる。
さらに反乱軍も壊滅的な被害が出て、街の民衆の抵抗が激しくなり、帝都は混乱の極みに達していた。
まさか竜があそこまで好色であり、イシュタルに執心しているとは思わなかった。
このままではまずいことになる。
きっと竜はイシュタルに力を貸すであろう。
そして未だ残存する皇族支持貴族を傘下に取り込み、あっという間にニアに死の刃が迫るのだ。
それにしてもだ!
「なんだ、あの威力は! あんなもの、勝てるわけがないではないか!」
恐るべきは竜の脅威だ。
まだ翼から竜巻や、雷撃を放ってくる程度なら魔法障壁や、防御魔法でなんとかなった。
だが、あのブレスはやばい。
空を自由に飛び回り、大爆発を起こす粒子砲を口から発射する。
矢や魔法といった、こちらからの攻撃は何のダメージも与えられない。
打つ手がないのだ。
「いや……、待て。考えろ、考えるのだ! わたしはこれからのフランベルジュ皇帝だぞ! こんなところで終わってたまるか!」
知らず唇を切ったのか、ニアの口ひげが真っ赤に染まっていた。ほつれた長い髪は埃で汚れ、真っ黒に染まっている。
腕からも血が流れ、目は血走っていた。
竜と戦う方法。
それは知られていないだけで、実は結構色々ある。
竜が大嫌いなイサナ草をすり潰したものを焼いて、その煙で追い払う。ちなみにこのイサナ草は竜人も大の苦手である。
純人族が開発した最新のカラクリ兵器を輸入する。
伝説上の竜殺しの武器を見つける。
各地に散らばる竜殺しの一族に討伐を依頼する。
などなどだ。
だが、イサナ草も機械もべらぼうに金がかかる。
竜殺し云々などはひどく信憑性も薄く、あてにできない。
それならば―――。
ニアの瞳がぎらりと光る。
―――その時だった。
涼やかな声が何もない所から響いてきたではないか。
「―――竜人よ。この惨状は竜の仕業か」
そして、いきなり目の前に、神々しく輝く鎧を身に纏った美女が現われた。
片手には禍々しいほどに巨大で真っ赤な剣を持っている。
青白くたなびく長い髪が、彼女が何者かを雄弁に語っていた。
青髪、大剣の天使、と言えば、戦女神しかいないからだ。
「あっああ。あなた様は!?」
ニアは一瞬戸惑ったものの、神に対しての礼儀を忘れなかった。
膝を折り、目を伏せて、リューネに平伏する。
このアトランティス大陸では神や天使の存在が当たり前に確認されている。教会で神の教えを説いているのも天使であり、他国に宣戦布告をする際には戦女神の許可が必要だからだ。ニアも人生の中で既に数度女神の姿を確認している。以前会ったのはまだ彼が子供の頃だったが、その美しさと威圧感は今だに覚えている。
「はい、そのとおりでございます。イシュタル皇女がサイファーなる竜を召喚し、その色香によって誑かしたのです。この帝都の有様は全て竜を操る皇女の仕業に他なりませぬ」
「イシュタル……やはり、か。貴様らっ、竜の召喚が禁呪であることくらい知っておろう!」
「は! 竜の召喚はイシュタル姫独断でのこと。我らはそれを止めようとしたのですが、一歩及ばず。もはやフランベルジュ家には従えんと乱を起こしたのです!」
口八丁、嘘八百を並べるニア。
これで戦女神リューネ率いる天界軍が動いてくれれば、いくら竜とてただでは済むまい。
天界の力が弱まっていることは有名だったが、リューネは断争の剣を持っている。
これは伝説の剣で、十万年前、その一振りで百匹もの竜を両断したと言われている。
あのような糞生意気な竜など、滅びてしまえばよい。
ニアは心の中でほくそ笑んでいた。
「そうか。ニア・ローベルよ。貴公の反乱を認めよう。存分にイシュタルと決着をつけるがよい」
「それでは……」
「うむ。竜は我らで何とかしよう。人間界にあれは不要だ」
ニアはここまで思い通りに神が動くとは思っていなかった。
リューネは神の中でも好戦的であり、直情的だと聞いていたが、これでは猪武者と同じだ。
「よ、よろしいのですか。戦女神が反乱など許可なさって……」
「なるほど。貴公らは勘違いをしている。神は全ての争いを禁止されているわけではない。正義は無数に存在し、時代によって移りゆく不確かなものだ。時には剣でしか語りあえぬこともあろうと、全能神は仰っておられた」
「これは、興味本位の質問なのですが。神が戦争の可否を裁く、その基準とは?」
「さぁ? 私も知らない」
「はぁ?」
ニアは思わず面を上げてしまっていた。
「で、ではあなたはどうやって裁判を?」
「ふふん、私の部下である天使は優秀なのだ。なにせ父上から直接預かったエリート連中だからな。彼らが全て調査し報告してくれるから、私は彼らの作る調査書通りに判決を下せばいいだけなのだ」
「…………」
実はリューネは恐ろしいほど強く正義感が強い代わりに―――頭が少々弱い。
ウルが戦の神を想像する時に、とにかく世界を統べる強者をイメージしたわけだが、ちょっと失敗してしまったわけだ。
事務情報処理が全くできないリューネに代わって、数万もの天使を地上に派遣して仕事をさせているのだ。
「そうか。竜のやつめ。人間界で好き放題しおって! 今すぐ私が行って、やっつけてやろう!」
「そ、そうして頂ければ、我らとしても安心ですね」
竜も神も結構いい加減なものだ、と呆れているニア。
これでは簡単にこの女神を利用できてしまう。
逆に人間界が心配になってきた。
「うむ。だが私戦女神は中立の存在である。竜はイレギュラーとしてこちらで処理してやるが、人間同士の戦に我らがしゃしゃり出ていいはずがない。お前に手を貸すのもこれっきりだ」
「ははぁ!」
だが、さすが神様。
自分がすることをきちんと理解し、一本が筋が通っていた。
神を簡単に利用はできない。
サイファーらを葬ってくれるだけで良しとせねばならないだろう。
「では、さらばだ!」
一瞬で光となって天空を疾走するリューネ。
ニアの目には女神が突如姿を消したようにしか思えなかった。
凄まじい権能である。
「…………ゴルド、そこにいるのか?」
リューネが去った後、暁のまだ暗い空の下、ニアがうすら笑いを浮かべた。
崩壊した屋敷の書斎の間だった場所。
その濃い影からのそりと大男が姿を表す。
南洋の魔人を一人で狩り尽くした言わば自分の天敵のような男だったが、その力は竜人の中でも将軍クラスに値する。
知恵はないが、それはニアが補っており、二人は十年前からのパートナーだ。
決して信頼はしていない浅い付き合いだったが、今でもそれは続いている。
「神が動くぞ」
「へい。俺ぁ、初めて女神なんてもんを目にしましたぜ。へっへっへ、いい女でしたね。乳はイシュタルに負けてやすが、あの白いムチムチした腰や太股がたまりやせん」
「ふっ、色狂いはお前もか。神にまで欲情する変態め」
「昔から俺には信仰心なんてもんありやせんでしてね。ですが、あの女神さん。本当に大丈夫ですかね?」
「何がだ? 力だけならどんな生物よりも強いだろう」
ニアがおどけて見せると、ゴルドはしかめっ面して首を捻った。
「いえ、俺が心配してるのは腕っ節だけじゃなくて、頭の方ですよ」
「………………」
ニアが言葉に詰まった。
あのサイファーという竜を思い出したのだ。
真面目で直感的なリューネのことだ。
傲慢で少し乱暴だが、美少年で一見真面目なサイファーに騙されないか心配ではある。
仮にも女神なのだから、彼女が人間のように色恋に酔うとは考えないが、口で嘘八百並べ立てれば全て信じてしまいそうな予感がするのだ。
例えるならリューネは優しい父親と執事や侍女に囲まれて育った純粋培養されたお嬢様だ。
その心根はとても素直で、真っ直ぐである。
「念のためだ。ゴルド、お前の部下の数人腕の立つ奴を、イシュタルたちの追っ手に差し向けろ」
「で、ですが、あんな竜とまた俺たちだけで戦うんですかい? そりゃぁちょっとこの俺でも勘弁願いたいんですがねぇ」
「別にお前に行けとは言ってないだろう。それに竜の変身は魔力をかなり使うと聞く。少なくともあと数日は変身できまい」
リリアナという少女がサイファーが攻撃にあっても変身しなかったのを記憶していたのだ。
護衛であり恋人でもあろう彼女なら、真っ先に変身して彼を助けているはずである。
それなのにしなかった、いや、できなかったのは、魔力不足が原因ではないかとニアは予想していたのだ。
「変身できねぇなら、竜なんざ怖くない。へっへっへ。竜殺しの英雄に労せずしてなれるわけっすね」
「油断はするなよ。あのサイファーとかいう竜。人型のままでも強力な雷を自在に操っていたからな。詠唱なしの魔術公式なしであの威力の雷光を放てるとは正直恐れいったよ」
「へぇ、魔法研究の権威である大将が魔法で他人を褒めるなんて珍しいこともあるもんだ」
「竜と張りあっても仕方ないだろう。それよりも―――耳を貸せ、ゴルド」
ニアはヘラヘラと笑うゴルドの禿頭を捕まえて引き寄せた。
そして指で魔力を放ち、空気中に魔術公式を書き綴っていく。
赤い仄かな閃光がニアとゴルドを包み込み、空気中に溶け込んで防音処理の結界となった。
これはニアが開発した魔法。
新しい魔法の開発には数十年かかると言われているものを、ニアはわずか一週間で成し遂げた天才である。
「わざわざ結界まで張って、そんなに大事なことなんですかい?」
「ああ。これを天使や他国のスパイに聞かれれば、わたしたちの首はあっという間に宙へ飛ぶぞ」
「うぅ、ぞっとしませんなぁ」
「いいか、一度だけしか言わんからよく聞けよ」
二アは極めて慎重に声を抑えてつぶやいた。
「―――わたしもこれから竜を召喚するつもりだと言ったら、お前はどうする?」
これでラノベ一巻で起承転結の起はお終いです。
だらだらやるつもりはありませんが、この物語結構長くなる予定。
漫画だと二十巻ほど。ラノベだと十巻ほどに纏められたらいいかなって感じのプロットですね。