第二章 D
一応風邪なおりました。
積んでたゲームもやり終えた。
今回はまだ十分に推敲しきれてませんが、一応きりまで書けたので投降します。
後々改定するかもしれません。
関所の朝は寒かった。
サイファーはうとうとと微睡みながら、毛布で全身をくるめる。
なぜか魔界の思い出が夢に出てきた。
腹がたつほど穏やかな顔をした親父。竜のくせに竜らしくない自分の父親のことが脳裏に蘇った。。
『父さんが母さんに恋した瞬間かい? もー、仕方がないなぁ。恥ずかしいけど、可愛い一人息子のお前に教えてあげちゃおうかな☆』
それは何百年前のことだったか。
サイファーがまだ幼い子供だった頃、いきなり親父であるカインがニヤニヤ笑ってそんなことを言ってきたのは。
今思い出してもムカつく笑顔だ。
正妻であるサイファーの母と年がら年中ラブラブで、発情期でもないのにいつもくっついていたのを覚えている(今でもそうだが……)。サイファーはその愛の結晶ということで、嫌がらせのごとく二人に可愛がられていた。いや、そんな生易しいものじゃない。死にたくなるほどの、凄まじい猫かわいがりっぷりだったのを覚えている。なんせリリィが普通に引いていたからな。
『聞いてねぇよ、クソ親父。いい加減俺を抱っこすんのやめろ。暑苦しい』
『そんないけず言うなよ~。さあ、諦めて父さんと母さんの馴れ初めを聞け。将来、お前も素敵な女性と恋をするんだからな。聞いておいて損はないぞ』
親父は強引な男だった。
やると決めたら即実行。
―――竜がまともな恋なんてできるもんか!
発情期がくれば見境なしに、本能の赴くまま雌を犯す獣になる。
正直サイファーは幼いながらに恋愛に対してひどく現実主義であったのだ。
だって、そうだろう?
好きな女の子がいて、その娘を大事にしたくても、いずれ否応なく襲ってしまうことになる。これも竜には珍しいことだが、サイファーは力づくで女を従わせるやり方に嫌悪感を覚えていたのだ。
だが、サイファーは雷竜の王子だ。
結婚適齢期になった王族の雄の竜はほとんど無理矢理といっていいくらい強引に発情させられ、親達によって決められた同種他種含めたたくさんの竜族の雌の群れの中に放り込まれる。
結婚相手すら好きには選べない。無理矢理ハーレムに入れられる雌も可哀相だが、雄も自由意思が与えられていないことは同じであった。
リリィも最初はその中の一人。雷竜一族の代表の女だった。
恋愛感情―――、それは生殖行為を綺麗に飾るためだけの虚構である。
竜の発情期という宿命を、幼いサイファーはそんな諦観でもって受け止めていたのだ。
しかし、カインはサイファーを後ろから羽交い絞めにして、無理矢理恋愛話を聞かせる。
それもとんでもなく嬉しそうに。
『竜もそんなに捨てたものじゃない』と恋愛することを息子に強く勧めた。
『父さんがまだ800歳くらいの時だったかな。お忍びで天界に忍びこんでみたんだ。あれはすごいスリリングな体験だったな。なんせ戦女神リューネに見つかりかけたんだ。あはは。危うく殺されるところだったよ』
『……なに馬鹿やってんだよ』
『なぁに。若気のいたりってやつかな。父さんも千年前はやんちゃしてたからね。魔界でほとんどの美女をコマしてたから、次は天界の女神様を自分のものに出来ないかな? って感じで、気楽に考えてたんだよ』
『子供に聞かせるような話じゃないぞ、それ!』
とにかく滅茶苦茶な親父だった。
母さんを溺愛しながらも千人近い側室がおり、女にだらしないことこのうえない。だけど、ハーレムに無理矢理入れられたであろう女たちは皆幸せそうだった。
リリィはサイファーとカインがそっくりだ、と言っているが、絶対にその意見は認めない。
あんな女たらしで、いい加減な男に誰がなるか。
だが、母や側室の女たちに優しいところだけは認めていた。
『それからしばらく慈愛神の……えっとヘラだったかな? にモーションかけてたんだけど、天界に忍び込んでるのを大神ウルに見つかっちゃってさ。わしの娘に粉をかけるな! って半殺しにされたんだ』
『殺されないだけマシじゃないか』
『父さんが誰かに負けたのは、あれが初めてかな。さすが大神。まあ、惨敗だったね。今戦えばどうなるかわからないけど、ってそんな話はどうでもいいんだ。大事なのはここからさ。ウルと戦い、何千という天使を相手に善戦した僕だけど、さすがに血塗れのボロボロになってね。竜の変身が解けて離界に落っこちちゃったんだ』
『…………』
メフィラスとは天界と人間界の狭間にある異空間のことである。
地上から数千レーレも上空にあり、空気が薄く、重力も三倍ほどになる過酷な場所であった。
そこは全ての時間が止まっており、何万もの砕けた岩石の欠片が宙に浮いて漂っている、なんとも不思議な空間だったそうだ。
なんでも大神ウルが罰を犯した者を封じ込めるための檻として作った空間らしいが、詳しいことは誰も知らないし、親父も教えてくれなかった。
そして、父は心底嬉しそうに、
『僕が母さん、―――セフィラに出会ったのはメフィラスの中でだったんだよ』
母との出会いを幸せそうに語った。
その笑顔はとても満ち足りていて、サイファーの胸が混乱と苛立に溢れるには十分だった。
だって、その頃のサイファーは恋愛感情なんて認めていなかったから。
竜には必要のないものだって思ってたから。
カインは瞳を輝かせながら、とくとくと語り続ける。
『殺風景な死の世界に一つだけ白い花が咲き誇っている浮島があってね。その花畑で彼女は眠っていたんだ』
『なんで竜の母さんがそんなところにいるんだよ。まさか大神に封印されていたのか?」
『うん、そうらしいね。なんでもウルにもわからない未知なる力を持っているとか持ってないとかで』
『えらくいい加減だな』
『セフィラはセフィラ。それで十分さ。ああ、でも勘違いするなよ。もちろん父さんは母さんのことなら何でも知ってるぞ。なんせラブラブだからね。ラブラブなんだからね!』
『ええぃ、鬱陶しい!』
『大事なことだから息子には二回も語っちゃったよ』
そう誇らしげに語る父は、……まあ、カッコよかった、と思う。
この時からだろうか。
普通に恋愛し、母を手に入れた父を羨ましいと思ったのは。
竜には自分にはどうすることもできない発情期という問題を抱えている。その時間、有り余る性欲で雌を壊してしまう悲劇の竜もいる。だから出来る限りそうならないよう、ハーレムを作り性欲を複数の女に分散させるのだ。複数―――カインでは千人、その女たちとの間に愛があるのかどうかはわからないが、竜の出生率の低下が問題視される中、王族竜である者は否応なくたくさんの女性との交尾を迫られることになっていた。
でもだからって、純愛を否定するわけじゃない。
出来れば愛し愛され、信頼にたるパートナーである女性を見つけ、その者と子供を作りたいと願っている。
ただの生殖行為とは考え切れない。竜だって恋愛にロマンくらい抱く。
サイファーもいつか発情期が訪れる。それは確実に。
その時、竜でも好きな女性と添い遂げられるんだ、と誇らしげに母を語るカインの横顔を見て思ったのだ。
しかし、ここで親父はサイファーが一生トラウマになりそうなくらいの問題発言を残してしまう。
『ああ、あの眠っている母さんは可愛かった。もう僕は我慢できなくてね。夢中で彼女を抱きしめていたんだ』
『おお。なんか知らんが、やるな親父。でも見ず知らずの寝てる女によくそんなことができるな』
『えっと、どう言えばいいのかな。この女は自分のものだって、本能に語りかけるものがあったんだ。それでつい理性を失っちゃってね』
『ふんふん』
大真面目に素直に相槌をうつサイファー。
『無理矢理キスしてね』
『……うん?』
にこやかに語る父に、少し疑問を覚えてきた。
『裸にしてね』
『あれ? ちょっと待て、親父』
話がおかしくなってないか。
なんだかこれから先は聞いてはいけないような。子供が聞いてはいけない18禁ワールドが広がりそうだ。
でも気になる。
『セフィラがようやく眠りから覚めたところで……つい発情しちゃったんだ』
…………発情?
ということは、必然的に。
『ついじゃねぇだろ!! この変態鬼畜親父!』
なんとサイファーの父と母の出会いはレイプからだった。
レイプから始まる恋とか、ありえねーよ!
やっぱり竜に普通の恋愛なんて無理なんだー!
サイファーはまだ人間の背丈にも満たない小さな竜に変身して、ニコニコ笑う父親に雷のブレスを放った。
だがいかほどもダメージを与えられなかったらしく、『まあまあ、最後まで聞け』とつらつらその続きを話し始める。
『でも途中からセフィラ嫌がってなかったし。最終的に口説き落としたんだから、合法じゃない』
『何、してやったみたいな、ドヤ顔してんだよ。いや明らかに犯罪だからな、それ!』
『サイファー。父からの教えだ。男には犯らねばならない時があるんだよ』
『漢字が違うっ!』
せっかくいい話を聞いていたと思ったのに、結局は竜の性欲に負けて発情期を迎えたどこにでもある話だった。
正直幼い頃、カインはサイファーの憧れであり、目標でもあった。
竜の傲慢さをあまり他に見せず、己の欲望をコントロールし、自然体で生きる父親を尊敬していた。
自分の父ならば、竜に押し付けられた過酷な宿命である発情期すら、コントロールしてみせるのではないか。
そう思っていたのに―――。
『結局父さんはマストに負けて、母さんを襲ったってことだろう。なんだ、期待して損した。やっぱり竜は獣みたいなものなんだっ!』
『おいおい、泣くなよサイファー』
『泣いてばい! 泣いてばいからば!』
そう言いながらも号泣していた。
期待していただけに絶望も大きい。
『いつかお前にも分かるさ。襲ってでも手に入れたい、自分のものにしたいって女性がきっと現れる。でもその感情を恐れちゃいけない』
『……?』
そう言うと、カインはなぜか慈しむような縋るようなそんな目をしてサイファーを見た。
幼い頃からサイファーは父親や母親、それ以外にも、他種族の竜からも特別な目で見られていた。
ちょうど今の、父親の瞳のような。
何かを期待して望むような目をして。
『自分の理性を信じてごらん。マストに逆らうんじゃなくて、受け入れるんだ。欲望と理性の間にあるものが恋愛だと僕は思ってる。お前にはそれが見つけられるから』
『無理だよ。竜であるかぎり……。俺もいつかリリィや他の女の子を見境なく襲うようになるんだ』
『大丈夫。お前は俺と母さんの子だからね。―――の血を引く突然変異種。お前は特別なんだよ』
―――あの時、父親は何と言ったのか。
今はもう思い出せない。
だけど、すごく大事な話しだったと思う。
なのに、頭に霞がかったように、記憶に邪魔が入るのだ。
『サイファ―。僕の跡継ぎ。いや、次代の魔王になるべき可愛い坊や。お前が望めば、きっと全てが思い通りになる。だから頑張るんだよ』
夢はそこで終わった。
「―――サイファー様。お目覚めですか?」
聞き慣れた女の声と、心地よい体温を感じる。
目を開けてみると、サイファーに寄り添うようにしてベッドに入っているリリィの姿があった。
皇女の連れ、しかも竜ということもあって、関所の中でも最高級のベッドだった。
朝日を遮る天幕の暗がりの下、リリィは上から体重を預けるようにしてしなだれかかってくる。
「実に可愛い寝顔でした。思わずキスしてしまいそうになるくらい」
「朝から元気だな、お前は」
サイファーの口からいつもよりもやや沈んだ声が出た。
頬をすり寄せてくるリリィの頭を優しく撫でてやる。
「あら? なんだか元気がありませんね。あっ、いえ、もちろん下半身的な意味ではありませんよ。そちらは発情期でもないのに元気いっぱいで、竜としては凄まじい精力です。大変喜ばしいかぎりですね」
「一々下ネタにもっていくなよ!」
「ん~。反応がイマイチですね。幼馴染の女の子に起こされるというシチュエーションは、全男子の渇望だって聞いていたのですが、サイファー様の嗜好には合いませんでしたか」
「いや、そんなことはない。ただ、今朝は夢見が悪かっただけだ。あの糞親父、俺に何を―――ん?」」
ここでサイファーはいつものベッドにはない異常を感じた。
リリィが朝誘惑にやってくる。これは予想済みというか、魔界でもこんなことは日常茶飯事だったから問題なし。
サイファーの左腕を枕にして侍ってくるリリィ、しかし、その逆の右側にも気配を感じたのだ。
恐る恐る毛布をめくるサイファー。
その中には、なんとイシュタルの姿があったのだ。
まさか、お前まで!?
「おい、イシュタル。まさかお前までもがリリィのように夜這いをかけてくるとは思わなかったぞ」
「ば、馬鹿! あなたが魔力不足で竜に変身できないって言うから、恥ずかしいけど同衾してやってんのよ」
「なぜ同衾? こんなことで本当に魔力が回復するわけないだろうが」
「えっ!? でも男女が一緒に寝たら回復するって。 っ騙したわね、リリアナ!」
「~~~♪」
イシュタルが真っ赤になってベッドから跳ね起きる。
リリアナはよそを見て、吹けない口笛を吹いていた。
いや、これは騙されるイシュタルも悪いと思う。
「一緒に寝た程度で回復するなら苦労しない。普通に考えればわかることだろう」
「う……、だって竜はわたしたちと違う体の構造してるかもしれないじゃない」
イシュタルが眉根を寄せて、唇を尖らせた。
彼女が知っている竜の知識は十万年前、人間界に侵攻した当時の文献で止まっている。
竜は人魔戦争によって人間界のみならず天界までかなりの被害を出したので、戦女神が上級天使に命じて人間界に特殊な結界を張ったのだ。
その魔法結界は大きな濾過装置となって、魔力だけを抽出し、人間界を竜の変身できにくい世界へと変えてしまった。
「基本魔力生成機能はお前たち竜人とほぼ一緒だ。ただ竜は体内で生み出される魔力量だけでは足りず、外気からも大量の魔力を補充している。人間界の空気には微量の魔力しか含まれていない。俺たちがいまだに竜に変身できないのはそれが原因だ」
「また神、ね。本当に厄介なことしてくれるわね」
「ふん……魔力を得る方法なんていざとなればいくらでもありますけどね」
リリィがぼそっと呟いた。
イシュタルがそれに反応する。
「じゃあ、さっさと魔力を補充しなさいよ。変身できないと不便なんでしょ」
「ほう。軽く言いますね。ですが、本当にいいんですか?」
「どういう意味よ」
リリィが酷薄そうに目を細める。
普段おちゃらけている彼女だが、サイファーほど人間に寛容ではない。
「魔力回復方法その一、人間を大量に虐殺して体内に蓄積された魔力を奪うやりかた」
「なっ!」
イシュタルが驚きに目を見張った。
さすがに刺激が強すぎたようだ。
激昂し怒りをぶつけてくる。
「そんなことできるわけないじゃない! 却下よ却下!」
「そう言うと思ってました。サイファー様も反対ですか?」
「ああ。それは最後の最後の手段だな」
サイファーは事もなげに頷いた。
能率が悪い上に、恨みを買いすぎる。なにより天界がそんなこと許さないだろう。
サイファーのその答えに、イシュタルはほっとしたように、胸をなでおろした。
「で、次の方法はなんなのよ? もっとましなの言いなさいよね」
「方法二。結界を張ってる上級天使をブッ殺します」
「……却下。どこにいるのかわかんないもの。それに天界全部が敵になるわ。いくらなんでも無謀よ」
上級天使はおよそ天界の奥で引き篭っている。
それ以外の者も地上のあちこちに散らばっており、見つけるのは困難を極めるのだ。
アトランティス大陸の中央。純人族の国アナトリアの大聖堂に、キルロイズという上級天使が大司祭として招かれているが、彼は戦闘用に創造された天使なので結界とは関わりが無い。
手がかりはまったくなかった。
「ということは、最後の手段ですね」
「最後の手段?」
「ええ。わたしは死んでもごめんですがね。サイファー様以外となんて怖気がはしります」
「へ、へー、あなたがそこまで恐れるなんてね。興味が湧いてきたわ」
イシュタルがごくりと唾を飲み込む。
サイファーにはリリィが言わんとしていることがわかっているから、ベッドの上でただ苦笑いを浮かべる。
っていうか、いい加減起きないか? せっかく女子にも一部屋与えられたのだ。いい加減着替えたいから、そこで話してほしい。
そんなサイファーの思いをよそに、リリィが続きを話しだす。
「最後の手段、それは―――セックスです」
「へー、セックス……。って!? せっせっ、せっくすっって!」
「ええ。生殖行為、交合、まぐわい、色々言い方はありますけど」
リリィは焦るイシュタルと反対に淡々とそういった単語を並べていく。
「何恥ずかしがっているのです。古来から性交は魔法儀式として基本中うの基本でしょうに。魔力量の高い者の体液交換は竜にとっても有効な魔力回復手段です。十万年前での戦争でもたくさんの竜が魔力タンクとして家畜とした人間を連れていたと聞いたことがあります。私があなたに一つの価値を置いているのはそのためでもあるのですよ。あなたの魔力量は人間としては信じられないほど高い。側室としても使徒としてもあなたは優秀です。まあ、正妻は私で決まりですが、愛妾くらいならばあなたでも―――」
「待って待って待って。待ってってば! 魔力タンクって! そんなのわたしはごめんよ! そんなの抜きにわたしは純粋に……ってサイファー、別にあなたのこと意識してるわけじゃないんだから!」
「俺は何も言ってないだろう!」
いきなりイシュタルに頬を張られた。
「もうっ、恥ずかしいじゃない」
そう言って、ぶんぶん拳を振り回すイシュタル。
こいついつもいつもわざとやってないか。
「最後の手段も却下! もう、あなたたちは人間形態のまま戦いなさい! そのままで十分戦力になるんだから」
「はぁ。力も金もない皇女が他になにで役にたつのですか? それにあなた、普通に私達に帝国のため戦えなんて言ってますが、正直サイファー様も私もフランベルジュ帝国なるものに何の価値も見いだせていません。それなのにただで竜である私たちを使おうなんて虫が良すぎるんじゃありませんか?」
「う……。でも、わたしはあなたたちの召還主なのよ」
「はぁ。で?」
「サイファーは一緒に来てくれるって言ってくれたわ」
「そう。その恩人であるサイファー様に貞操を差し上げるくらいの覚悟は持っていただきませんとね」
サイファーを挟んで右左で恥ずかしい会話の応酬が続いている。
っていうか、もっと小声で話せ。関所の兵士たちが皇女のこんな大声を聞いたら卒倒するだろうが。
「ああ、別に魔力供給するだけならセックスしなくても、キスだけでできます。唾液の中にも魔力が含まれていますから。……非常に不本意ですが、あなたにサイファー様とキスする権利を差し上げましょう。ですが! あくまで私が正妻ですからね!」
「あなたになんでそんなこと決める権利があるのよ!」
「当然でしょう。正妻には夫の後宮を取り仕切る権利があります」
「っていうか、その正妻正妻って、なんのこと? 一体誰が決めたのよ」
「私ですが、何か文句でも?」
「なんだ、許嫁とかじゃなかったのね。あなたが勝手に言ってるだけじゃない」
イシュタルが鼻で笑った。
リリィの頭に青筋が浮かんだ。
「私はサイファー様のお父様から花嫁候補のお墨付きをもらっています。お母様からも頑張ってと励ましの言葉を貰いました。これはもはや許嫁も同然でしょう」
いや、実際はあまりにも積極的なリリィの求愛行動を面白がって、サイファーの両親がリリィをからかっただけだった。普通竜はオスが発情期を迎える前に雌に求愛するものなのだ。リリィのように雌なのに求愛する竜は魔界では珍しいのである。
許嫁というなら黒竜王アークの孫娘、フェンリルの方が正しいのかもしれない。
雷竜と黒竜の橋渡しとして、あの漆黒姫をサイファーの嫁に差し出そうと黒竜一族は考えているのだ。
カインは断ったそうだが、アークは諦めていないそうだ。
サイファーの両親が決めた、息子の妻に相応しい人物―――それは息子のサイファー自身がちゃんと恋愛して、お互い好きあった者なら誰でもいいというものだった。
竜、ましては王族にあるまじきいい加減な基準だ。
サイファーは枕に頭を深く沈めた。そして長い溜息をはく。
「―――なぁ?」
「はい、なんですか?」
「なによ?」
サイファーの声に、言い争っていた二人が振り向く。
次に出た言葉は自分の深く意図したものではなかった。
ただ心の赴くままに、言葉を口にした。
「俺はお前たちと今恋愛をしているのかな?」
「「―――っ」」
ぽかーんとする二人。
まずい。サイファーもなんだか赤面してきた。
やはりこのようにストレートに言うべきではなかった。
恋の機微というものは繊細で揺れ動くものと聞いたことがある。男として女性に対してあまりにもぶしつけな質問であったのか。
「私のこの気持ちは恋ではありません。もはや愛です。……どうしたのですか、サイファー様。らしくありませんよ」
リリィは即答。
気持ちを言葉で表現しきれないのか、ぎゅっと抱きついてくる。
「はぁ? あなたいきなりなんて質問してるのよ! れ、恋愛なんて、……知らないわよ、馬鹿ぁ!」
イシュタルは、さすがツンデレ。
真っ赤になりながらも、サイファーに抱きついているリリィを横目でキッと睨んでいる。
「ふむ。ありがとう。なんとなくわかった」
「「?」」
困惑した表情を見せる二人に、サイファーは微笑を浮かべる。
(親父、この二人なら発情しても後悔しないですみそうかな。多分母さんも気に入ると思うし)
寝室の窓辺にあるカーテンから真っ白な日光が差し込んでくる。
時計の針は短針がエイン、長針がウルを示していた(午前七時)。
と、丁度その時、「イシュタル皇女殿下、ならびに竜の御方々」と、扉から声がした。
「わっわっ」
イシュタルは慌ててベッドから抜け出して、椅子に立て掛けた愛剣を腰に差した。
確かに皇女が竜と同衾しているところを兵士に見せるわけにはいかないのだろう。
「はっ、入れ」
「失礼します」
入ってきた兵士は三十代後半の強面の男だった。
白銀の甲冑に人間界では希少な鋼で作られた槍を持っており、服にはたくさんの木々がついていて汚れていた。
どうやら関所の兵ではなく、もっと前線近くで戦ってきた歴戦の勇姿のような雰囲気があった。
兵士はイシュタルの姿を認めるや、涙をこらえ膝をついて敬礼をした。
「あなたもしかして、タイラント領飛竜騎士団の人?」
「はっ、殿下。よくぞご無事で! 我が主エリス様の命により、お迎えに上がりました」」
「そう。防衛戦に回す兵力も不足しているというのに、わたしなどの為に。感謝します」
「そのお言葉、エリス様に直接お伝えください。大変喜ばれることでしょう」
感極まったのか、兵士がボロボロと涙を流し始める。
ここに来るまでもよっぽど急いだろう。服装はボロボロで埃だらけだった。
イシュタルもつられてもらい泣きしている。
この光景だけでイシュタルがどれほどタイラントにとって希望の光となっているのかを教えてくれた。
「ややっ、竜の方々にはお見苦しいところをお見せしましたな。失礼しました!」
サイファーはまだベッドで抱きついてくるリリィを引き離して、着替の新しいジャケットを羽織った。
古いものはボロボロになったので下取りしてもらったのだ。
そして露店の武器屋で買った刀を腰にさした。剣のように両刃でなく細い刃の武器だが、反りが綺麗でよく斬れそうだから購入したのだ。
「構わん。旅にもそろそろ飽いてきたところだ。さっさとタイラント領主のもとへ案内しろ」
サイファーは初対面の屈強な兵士相手に、まるで部下に命令するがごとく言い放った。
雷竜一族の者を率いていた頃、このような武人気質の男をたくさん部下に持っていた。その頃の癖が出たのだ。
「お、おお。なんと堂々としたお振る舞い。さすが竜族の方々は違いますな。では、準備がお済みになりましたら、表へどうぞ。特別な飛竜をご用意いたしましたぞ!」
そう言って、男は喜び勇んで出て行った。
「うんうん。さすがタイラント武人はハキハキしてるわね」
イシュタルはご機嫌そうに頷いた。
もうすぐ親友と二千を超える味方に会えるのだ。
そりゃ嬉しいだろう。
「おい、イシュタル。タイラント領主に会って、反乱軍と戦うっていうのがお前の目的だろう?」
「そうよ。今更何言ってるのよ」
サイファーは、脳天気な彼女に少しお灸をすえるつもりだった。
彼がこの皇女と旅する理由。
それはただイシュタルの色気や魅力によってのことだけではない。
実は人間界に来てからずっと思い描いていた夢があったのだ。
「だが、俺たちは反乱軍を敵にする理由はない。リリィが言うように何の利益もないのに、ただ働きなんてしたくないからな。ここらでいい加減俺の立場をはっきりさせようじゃないか」
「え?」
イシュタルの目が大きく見開かれた。
信じられないものを見るように、その茶色と黒色が入り乱れた瞳が収縮する。
「もしかして、一緒に戦ってくれないの?」
「ああ。今のままだとな」
「そんな! ……やっぱりリリアナが言うように、わたしの処女が欲しいの? そんなものいくらでもあげる! だから―――」
わたしを見捨てないで! という気持ちがひしひしと伝わってくる。
サイファーは非常にも黙って首を振った。
そしてイシュタルの顎をつかんで、自分の顔の前に引き寄せた。
「お前の体もいずれ貰う。だが、それでは割に合わん。いいか、イシュタル。―――今の俺を魔界の王子として見ろ。これは国家首脳同士の秘密裏の会談だ。この意味がわかるな?」
「む。……。一国の皇女の体よ。それでも足りないと言うの? さすが傲慢ね」
イシュタルの情けない捨てられた女のような顔が、力強い皇女の表情に変わっていく。
やはりこいつは頭は悪くない。ここでただ泣いて男に縋るだけの女なら本当に捨てていたかもしれない。
だが、イシュタルは理性と感情を分けられる稀有な女だった。
リリィと同じく高い能力があり、王族である自分と同じ視点でものが見える女王の器だ。
「いいか。よく聞け。一度しか言わんぞ」
「いいから、さっさと言いなさいよ」
サイファーは好戦的にこちらを睨んでくるイシュタルの耳に唇を近づけて。
「―――フランベルジュの土地の一部を俺によこせ」
「…………。今なんて?」
「俺は人間界が気に入った。竜にも住める土地をよこせ」
これがとんでもなく馬鹿な要求だというのはわかっている。
だが、竜が自由に日光の下で暮らせる世界が欲しかったのだ。
サイファーのこの要求は少なからずイシュタルの頭をショートさせるには十分だった。
今回長くなったw
明日テストなので早く寝ます。
ではでは。
人物紹介
クロムウェル・ドラグーン
種族 竜人
年齢 456歳
身長 201cm
体重 99kg
レベル 223
竜人最強。陸海空ほとんど全ての騎竜を操れる。
二刀流でその刃に触れたもの全て粉微塵へと変える。
この爺さん、若い頃はマジで最強。もしかしたら断争の剣なしの戦女神なら倒せたんじゃないのかな。天才的な武芸の達人で、フランベルジュ一の成り上がり者。
詳しくはまた本編で。