今からでも入れる保険ってありますか?
鮮血をにじませたローブを忌々しそうに一瞥した少女。
少女が必死で引きずってきたのであろう少年の足には狼用のトラバサミががっつり食いついていた。
「し、神官長様っ……!」
ローブの悪魔は神官長か。から回っていた思考の歯車が戻り、急激に動き出す。神官長がケガを負ったことに焦った騎士たちは弓を構えた。この距離では余程の下手くそでない限り、外すとは考えられない。
神官長はガタガタと震えている。
「神が……我々を傷つけた……?そんなはずは……だって私たちは……神のっ……!」
「ぶつくさうるせぇよ」『おだまりなんしなり。』
じりじりと騎士たちの距離が縮まってゆく緊張感とは裏腹に、やよいの思考は酷く冷静だ。
後ろには崖。前には敵。じゃぁ諦めて捕まる?
意味もなく飼い殺しにされるぐらいなら死んだほうがましよ!!
おそらくは、浮月との思考のリンク。
あの独特の空気が常にただよっていた、半透明の生ぬるい地獄で育ったやよいと、売り飛ばされた浮月の過ごした、小さな箱庭には濃すぎる愛憎渦巻く地獄。
幼少期の記憶が全力で『自由』以外の選択肢を厭う。
遂に崖まで追い詰めた兵士は、これ以上逃げられないだろうと高を括ったらしい。頭部の甲冑を外した。
「ははっ……!悪いなぁ、これでも聖騎士としての仕事なんだ。まぁ、戻って体が慣れた暁には可愛がってやるから……」
あからさまに下卑た表情にやよいの中の浮月とリンクした部分がおぞけだつ。
対称的にやよいはどこまでも冷静だった。
その時ボーンボーンと鐘がなる。時計塔だろうか。
その瞬間、やよいは弾かれたように走り出し、泣き震える少女と意識が無い少年を抱き抱えて崖にダイブした。
驚愕した騎士達の顔、焦点が定まらない神官長、そしてやよいの頭上で見下すようにこちらをみている満月が、スローモーションで瞳に映っていた。