自己紹介
絶対に骨折する―――!!
『アホかおんどれは!わっちの主ならそんなことで死にゃぁしやんせん!』
どんな理屈だよと突っ込む暇すら与えず、重力は無情にのしかかる。
『足を出しなんし。膝を曲げて。そう……』
もうどうしようも無い。ほぼ反射で言われるがまま膝を曲げる。
ドゴッという鈍い音と共に地に足がつく。結論、どこも痛くなかった。むしろ地面がひび割れるほどだった。
「えっ……私、なんで??」
『呆けるのはあとにしなんし!森へお逃げ!』
後ろからの騎士たちの怒号にようやく気がつき、弾かれるように走り出す。
騎士たちの声がややばかり遠くなる。そこまで走っても息が切れていないことに違和感を覚えた。
「これって夢でも見てんのかなぁ……」
『寝言は寝て言ってくんなまし。』
「てか、あんた誰よぉ!!」
今更すぎる。ようやく姿を現した女は端的に言うと美しかった。
白い肌にややツリ目気味の大きな目。艷やかな黒髪はさぞ触り心地が良かろう。しかし、それ以上に目を引くのは、女の服装。
横兵庫と呼ばれる江戸吉原の遊女特有の髪型に、目が眩むほどつけられた簪達。中でも一際目を引くのは中央に鎮座する満月を模した簪だ。
だらりの帯という前に下ろした帯には満月と、薄雲、藤とススキが描かれている。
足にはほんとに下駄かと疑いたくなるほどの厚さの黒下駄。
「貴方……花魁ってやつなの?」
女はムスッとしていた顔をぱっと自慢げに華やがせ、胸を張っていった。
『いかにも!わっちこそ、吉原に来て月見をせぬは野暮天、小峯屋の月と呼ばれた、浮月花魁でありんす!』
「存じ上げません―――」