両親登場
タウンハウスに着くと、すぐに執事であるショーンが出迎えてくれた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。お早いお帰りですが、いかがなさいましたか?」
と、尋ねてきたので、ダラオに婚約破棄されたことを伝え、その件で領地にいる両親に連絡してほしいと頼んだ。
ショーンは風魔法の使い手で、領地まで手紙を送るのに通常では3日かかるところを即日で送ることが出来るのだ。
「承知いたしました。お嬢様を侮辱するなど万死に値しますが、あの方との結婚がなくなることは ご当主様や奥様もお喜びになるかと。さっそくお伝え致します」
と、すぐに手紙を送ってもらった。
専属侍女のリンダも話を聞いて憤っていたが、気にしていない様子の私を見て
「お嬢様の魅力が分からない方は、お嬢様に相応しくありませんので、これでよかったのですね」
と、温かなレモンティーと焼きたてのフィナンシェを出してくれながら、にっこりと笑顔を見せてくれた。
婚約破棄宣言の日から3日後、両親が突然飛竜に乗ってやってきた。
「お父様、お母様! お二方がこちらに来ていただけるとはありがたいのですが、領地を空けて大丈夫なのですか⁈」
まさか両親が領地から出てくるとは思わず、吃驚して挨拶もそこそこに叫んてしまった。
「ミーシャ、我が娘は相変わらず元気そうで安心したぞ。なぁに、領地はお前の兄のダンテに任せておけば大丈夫だ。今回は我が娘、我が家を侮辱する行為。可及的速やかに対応する案件だったからな!」
父は豪快にワハハハハ!と笑いながらも目の奥は全く笑っておらず。
「ミーシャ、大丈夫? ホントにあの伯爵家のボンクラ令息! うちの娘によくもこんな仕打ちをしてくれたわね!」
と、母は私に駆け寄り、優しく抱きしめてくれた。
両親はダラオの学園での素行を調べ、非があるのはダラオであることを明確にし、その上でこの政略結婚を取り決めた国王陛下を始め重鎮、官僚たちに責任の所在を突き詰めた。
真っ赤なくせ毛の髪にアメジストの瞳、屈強で大柄な父ユクラディアス・ラバンティ辺境伯と、白銀のロングヘアを緩く編み込んで纏め、琥珀色の瞳を持つ妖艶な美女である母レイラ・ラバンティ辺境伯夫人は、滅多な事では辺境地を離れる事はない。
社交界にも滅多に姿を見せず、普段より只の田舎者と侮られていたが、娘の受けた屈辱に憤慨し、通常では乗りこなす事の出来ない飛竜に乗って王都にやって来たこと、そして迅速に詳細を調べ、国王相手に相手側の非を認めさせ、この婚約を国が取り決めた責任を追求する手腕に、変わり者の辺境地の田舎貴族と馬鹿にしていた者も恐れ慄いた。
そして、あの婚約破棄騒動からたった一か月。相手側の全過失による婚約破棄と認めさせ、王家とマルホン伯爵家より慰謝料と迷惑料をせしめ、意気揚々と両親は領地に戻っていった。
父はマルホン伯爵家を潰さん勢いであったが、母は以前から目をつけていた伯爵家所有の魔石鉱山を巧みな話術と計略で慰謝料としてまんまと手に入れ、王家からは再度婚約を見直してほしい、若気のいたりだと説得されたが、最終的には多額の迷惑料を受け取って大満足していた。
呆れた顔で見ていると
「ミーシャ、どうせあなたもあのボンクラ令息のことなんて、好きではなかったのでしょう? うちは始めから王家からの打診とはいえ、あそこの家との縁を結ぶメリットは全くなかったから、乗り気ではなかったですしね。唯一魅力的だった鉱山も手に入った事だし、心配しなくても、あの家は緩やかに没落していきますよ」
と、笑っておっしゃった。
閑話休題
「ミーシャ、領地の東側の結界に穴が開いてるようだ。そこから数匹の魔物が入り込み畑や家畜を荒らしているらしい。領民は今のところ避難して被害はないが、時間の問題だ。今から討伐に行くぞ」
領主である父に言われ、ミーシャは意気揚々と立ち上がり、すぐさま戦闘の準備をするために自室に戻った。
侍女のリンダがすでに用意してくれていた動きやすい白シャツに黒のハイウェストパンツ、黒のロングブーツに着替え、装備を整える。
婚約破棄後、ちょうど学園の夏期休暇に入ったこともあり、私は両親と共に領地に帰っていた。
「お嬢様、お気をつけていってらっしゃいませ。怪我をなさいませんよう無事にお戻り下さいませ」
「ありがとう。行ってくるわね」
心配そうな表情のリンダに笑顔で返答し、厩舎に向かった。
厩舎は馬専用と、飛行用の飛竜専用があり、飛竜の厩舎に入る。相棒である飛竜に 「フォース、今日もお願いね」
と、声をかけて、素早く飛び乗ると早々に現場に向かった。
遡ること300年前。
魔物が蔓延る森に国が隣接していたため、多くの犠牲者を強いられながら人間と魔物の戦いが続いていた。
そんな中、聖なる力を持った一人の少女によって魔物除けの結界がかけられ国全体を覆った。
それにより魔物からの脅威は収まったが、その後結界を張れる力を持った人間が生まれてくることはなく、300年経った現在では今にも結界が消滅しそうなアトラン王国。
魔物の森と隣接する辺境地の領主である辺境伯家にミーシャは生まれ、小さい時から屈強な父と兄、父率いるラバンティ辺境伯騎士団と共に魔物討伐に明け暮れる毎日を送っていた。
この世界は魔法があり、四元素である火・水・土・風属性魔法をベースに氷、木、雷などの分枝魔法があり、聖属性魔法や闇属性魔法は特殊魔法として、まれであるが、持っている者もいた。
聖属性魔法は主に治癒やシールド魔法などがあるが、国全体を覆うような結界を張る事は出来ない。大きな結界を張ることが出来る力は、聖なる力として聖女だけが使えるものと考えられていた。
庶民は生活魔法である弱い魔法しか使えないが、貴族は魔力量が多く、攻撃魔法や防御魔法に特化しており、ここ辺境地では、比較的魔力が高く、魔物の討伐に適した者ばかりだ。
その中でもミーシャの魔力量、魔法技術は群を抜いて高かった。
「ミーシャ! 来たか! さっそくだが、第二騎士団のフォローに回ってくれ! 結界の穴を塞ぐように防壁を作ってるが、魔物が入って来ようとするから攻撃するのに力が分散して時間がかかってるんだ!」
現場に到着すると、指揮を執っていた兄の指示がすぐに入った。兄率いる第一辺境伯騎士団は、村に入ってきていた魔物を駆逐していたが、運悪く他の小型の魔物につられて、大型の魔物が入り込んできたらしい。そこにほとんどの人員が集まり、総大将である父も兄と共に大型の魔物に挑んでいるため、防壁担当の第二辺境伯騎士団の防衛まで手が回らないようだった。
私はすぐに結界壁のある場所に赴き、結界穴から入って来ようとする魔物に苦戦していた第二騎士団と合流した。
「魔物駆除は任せて!」
そう叫ぶとすぐに無詠唱で火魔法を放ち、小型の魔物数匹を一気に焼き消滅させる。結界の外に出て、結界穴に近づいてきていた魔物達の意識を自分に向けさせ、その隙に防壁を作ってもらうのだ。
結界の外でミーシャと数人の第二騎士団員とで魔物駆逐をしていると、魔物の森の入り口近く、結界穴よりやや西方寄りでまた別の戦闘の音が聞こえた。
「他の団員があそこまで戦闘に行ってるの!?」
ミーシャが近くの団員に尋ねると、
「いえ、ミーシャ様が来られるまでは結界外には出て戦っておりません!」
との返答がきた。
「ちょっと見てくるから、ここを任せたわ! 危なくなったら結界内に入ってて!」
防壁が半分以上出来上がってきていた為、結界穴からはほぼ入って来れないだろうと推察したミーシャは、すばやく西方の森の入り口に向かった。