9.巨人戦前夜
しゃがみ込んだ僕らの目の前に、バサリと翼の音を響かせて大鷲が飛来する。
青紫の美しい羽根をたたんだかと思うと、次の瞬間には人の形になっていた。
「ちょうど1時間だな」
いつの間にか、ワダさんに指定された集合場所まで戻って来ていた。
「はい、休憩ありがとうございました。……じゃ、マックス、また」
「おう。またな!」
挨拶もそこそこに、マックスは飛んで行った網とカゴの後を追いかけて行った。
ワダさんは不思議そうにマックスの後姿を見送りつつ、まだしゃがんだままの僕を見下ろした。
「で、友だちは無事だったのか?」
「はい、襲ってきたのが話の通じる相手だったので、交渉で解決しました」
「そうか、話して通じる相手というのは稀有なものだ。運が良かったな」
「僕、運と視力だけはいいんです」
さて、と。気合を入れ直して北へ向かうルートに向かう。
この先が単眼の巨人が棲む竜巻の平原だ。
「少し行くと町がある。今日は初日だから早めに業務終了にしよう」
半歩先を歩くワダさんが振り返らずに言う。
言われて初めて、辺りが薄っすらと暗くなってきていることに気が付いた。
真っ暗になる前にたどり着いたのは、村と町の中間ぐらいの規模の町だった。
人っ子ひとり見当たらないというほどではないが、人でごった返しているというほどでもない。
ぽつぽつと食堂や雑貨屋のある通りを進み、宿屋の看板を見つける。
幸い空き部屋があったので、今夜はここで一泊することになった。
「先に支払いしてるから、これ書いとけ」
宿泊カードを渡される。言われるままに自分の住所氏名を書き込み、ワダさんの分は「他1名」と書いた。
見ると、ワダさんはフロントの端末でカードで支払いをしている。
その手元には真っ黒のカード。あれは、選ばれし者……勇者しか持てない憧れのブラックカードだ。
「ほんとに勇者なんだなぁ」
チェックインが済み、通された部屋は最上階のツインルームだった。
最上階と言っても4階建てなので、窓からのロケーションは申し訳程度の民家の灯りだけだ。
夜景を諦めて窓のカーテンを閉めながら、部屋の中央に立っているワダさんを振り返る。
「夕飯どうします?」
「昼のうちに買っておいた」
「え、どこに……?」
相変わらず手ぶらだったが、そういえば、と思い出す。
どうゆうスキルなんだか、旅の荷物すべてを収納できるポケットを持ってるんだった。
ワダさんは黒衣の懐からいくつかの包みを取り出すと、テーブルの上に並べた。
たらこパスタ、鉄火巻き、わらび餅、フルーツ牛乳。
圧倒的に野菜が少ない。
栄養バランスとか考えずに好きなものだけ買ってきたであろうラインナップだ。
かく言う僕も、食に対してさほどこだわりはないので、ありがたくいただくことにする。
「ワダさんって、サイキョウ族ですよね?」
「たぶんな」
「たぶんって……」
「親がいないから出自が分からん」
さらっと言われたので、返す言葉に戸惑ってしまう。
わらび餅に苦労してピックを差していたワダさんは、僕が言葉に詰まったのを察したのか、視線を上げずに続けた。
「まあ、この見た目だからな。十中八九はサイキョウ族だろうと思って、試しに勇者のパーティに参加してスキルを鍛えてみたら、勇者になった」
「試しになれちゃったんですね。時間とお金を注ぎ込んで受験戦争を勝ち抜いて大学に入っても勇者なんてなれない人の方が多いのに」
「学歴不問・初心者可でパーティに入れてくれた勇者のおかげだ」
「珍しいですね。普通は勇者のパーティつったら、複数の攻撃スキル持ちとか回復スキル賢者クラスとか、かなりの条件をクリアしないと採用されないのに。その勇者って強かったんですか?」
「ああ。伝説クラスだ。強くて厳しくて、美しい人だった」
ワダさんは、形を変えて逃げ惑うわらび餅の一つにようやくピックを差すことに成功する。
「で、その勇者はいまどこに?」
わらび餅を持ち上げると、飛び散ったきな粉がふわりと舞った。
この会話の止まり方は、よくない質問をしてしまった可能性が非常に高い。
少しだけ沈黙があって、そしてワダさんは声のトーンを変えずに言った。
「死んだ」
勇者だって不老不死ではない。すべての種族には多かれ少なかれ寿命があるし、不測の事態でその生に幕を引くことだってある。
返す言葉に詰まってしまう。
しかしワダさんの様子は変わらず、わらび餅に満足したのか、今度は鉄火巻きにピックを差そうとしていた。
「それは手か箸で食べましょう。てゆーか、デザートからいくタイプですか?」
僕は苦笑しながら箸を差し出した。
翌朝。
宿を出て小1時間も歩くと、いくつもの竜巻が発生している平原が見えてきた。
空気の流れが安定していないのか、竜巻の規模や進行方向はバラバラだ。
「これも巨人の仕業なんですかね」
一番近くの竜巻までまだ数百メートルあったので、僕は油断していた。
巨人の姿が見えないかと遠くを眺めていたら、すぐ近くで突風が巻き起こり、それはたちまち竜巻に成長した。
「うわぁぁっ!!」
「レヴィ!」
成す術もなく竜巻にさらわれ、空中に巻き上げられる。
僕の名を呼んだワダさんの声がたちまち遠ざかった。
息が詰まる。目が回る。きっとこのまま地面に叩きつけられるんだ。
僕の人生こんな終わり方なのか……。
手も足も出せないので諦めかけたところ。
不意に空気の渦の圧力が消え、下方に投げ出された。
「イテッ!」
上空何百メートルも巻き上げられたと思っていたのだが、それほどの高さではなかったらしく。
地面に転がった時の衝撃は、普通に歩いてて転んだ程度だった。
死を覚悟したものの、膝を擦りむいた程度で済んだ自分の強運に感謝する。
「あー、びっくりした。死ぬかと思いました」
近くにいるだろうと思って振り返るが、しかしワダさんの姿はない。
まさか、ワダさんも竜巻にさらわれてしまったのだろうか。
「ワダさん! 社長!! どこですか!?」
見渡す限り何の目印もない平原なので、来た方向もわからない。
もちろん位置情報を感知するスキルも使えなければ、方位磁石も持っていない。
僕は途方に暮れてしまった。
迷子になったときの鉄則は、その場から動かないことだ。
お互いに探して歩き回るとすれ違ってしまう。
ここで待っていれば、きっとワダさんが探しに来る。
探しに来る、はず。
探しに……。