8.友を助けに
空間をすっ飛ばしてるんじゃないかと思うほどの速度で歩いてゆくワダさんに追いすがるように歩く。いや、ほぼ走っている。
「レヴィの雇い主は、随分と足が速いんだな」
僕の肩に載っているテッドが感心したように言う。
「さっきまでは普通の速度だったのに、テッドに会ってから速くなったんだよ!」
「もしや、俺の仲間たちが襲われてるって聞いて、急いでくれてるのか?」
「さぁ……それはどうだろう」
テッドの言う通りなら、いまいち何を考えてるか分からなかったワダさんに少し好感を持てそうだ。
どれくらい進んだだろうか。遠くに見える山の形やあたりの木の種類が変わってきて、ずいぶん遠くまで来たんだと気づく。
「湿地帯が見えてきたぞ」
テッドが僕の耳につかまって立ち上がった。カエルの中にも微妙に魔力を持っている個体がいて、二足歩行できるぐらいは珍しくない。
「そうか、じゃあそろそろお別れかな」
湿地帯の手前で北に向かって折れているのが竜巻の平原へ続く道だ。僕とワダさんのとるルート。
「ああ、ありがとうな。助かったよ」
ぴょん、と肩から飛び降り、テッドはワダさんに向かって大声で言う。
「大将! レヴィを貸してくれてありがとな! 良い旅を!!」
そこそこ遠くで立ち止まって見ていたワダさんが、小さくうなずいたように見えた。人見知り……もとい、カエル見知りか?
テッドはひらりと手を振ると、二足歩行で湿地帯に向かって駆けて行った。
その小さな後姿を見送り、僕は北へ折れるルートに向かう。
……が、一歩が踏み出せない。
テッドが心配だった。
「心配なのか」
いつの間にかワダさんが隣に立っていた。
「あ、はい。昔からの友だちなんです。テッドは少し魔法が使えるから大丈夫だとは思うんだけど……」
僕に何ができるわけでもないし、と思いつつ気掛かりだ。
「休憩にする。俺は町の方で情報収集してくる。1時間後にここで集合だ」
「え……?」
僕が聞き返そうとしたときには、ワダさんは大鷲の姿になって空に舞い上がっていた。
大きな青紫色の翼が陽の光に反射し、旋回して飛び去って行った。
「一緒に行ってほしかったのに……」
もし超ド級アナコンダみたいな魔物だったら、僕が行ったところで太刀打ちできないし、そもそも僕は戦闘要員じゃないんだ。
「様子を見るだけなら大丈夫かな」
せめて50センチ以内のアナコンダでありますように、と祈りつつ、先ほどテッドが駆けていった方向に歩き出す。
少し歩いたところで、傷だらけのカエル、弱ったカエルの集団に出くわした。
「みんな、大丈夫?」
「ああ、なんとかな。さっきテッドが助けに来てくれたんだ」
「凶悪な魔物が出たって聞いたよ」
「もう少し奥に入ったところにいると思うが、あれは魔物なんかじゃない」
「どうゆうこと?」
「早く行ってやってくれ。テッドが説得してるはずだ」
「説得? 言葉が通じる魔物……?」
よく分からなかったが、とにかくテッドが心配で、僕は礼を言って湿地帯の奥に向かった。
生い茂る植物に邪魔されながら、なんとか進んでいく。
しばらく進んだところで、話し声が聞こえてきた。
「みんなをさらうのはやめてくれ! ここは俺の故郷なんだ!」
テッドだ。
「こんなにいるんだから、少しだけならいいだろ」
なんだか聞き覚えのある声だ。
「食用に養殖されてるのがいるじゃないか!」
「天然物が人気なんだよ。全部とは言わないから、ほんと、少しだけだからさ」
ひょいと茂みから顔を出すと、テッドと話していたのは……。
「マックス?」
昔なじみのカエルと話していたのは、昔なじみの人間だった。
大学では優秀な成績を納め、カエルに限らず動物の言語を履修している大手レストランチェーンの跡取り息子だ。
「つまり、マックスは、店で提供する料理の食材を集めに来ていた、と」
マックスの働いている店は、カエル肉専門の焼肉レストランだ。
本来なら食用に養殖されている個体を使用するのだが、ここ最近天然ものの人気が出てきたため、捕獲しに来ているらしい。
「ノルマ確保しないと先輩から怒られるんだよ」
社長の息子とはいえ、修行中なので先輩からの圧がキツいらしい。
「いやいや、こっちは生きるか死ぬかの問題だから」
テッドが必至で反論している。
「そうだぞ、マックス。僕の友だちとその家族を食材にしないでくれ」
見かねてテッドとマックスの間に割って入る。
マックスは「困ったな」とぼやきつつ、僕とテッドとカエル捕獲用の網を順々に眺め、最後に小さくため息をついた。
「わかった、ここでの調達はやめるよ」
ここでの、という言い方にちょっと引っ掛かったが、ひとまずカエル狩りを中断してくれるならそれでいい。後のことは後で考えよう。
マックスは渋々、傍らに置いてあったカゴの蓋を開けた。
途端に、勢いよく青や緑のカエルたちが飛び出してくる。
テッドと抱き合って喜んでるのは、家族か友だちだろうか。
最後に1匹、真っ黒のカエルが飛び出してきた。
僕の足元で立ち止まると、「どうも」と頭を下げ、茂みの奥に消えて行く。
「いや、助かったよ、レヴィ。ありがとな」
黒いカエルの後を追うように、テッドも茂みに消えて行った。
「僕らも行こう」
マックスを促し、もと来た道を戻り始める。
マックスは、カエル捕獲用の網と空になったカゴを抱えて、憮然とした顔で僕の隣に並んだ。
「あーあ。食材の調達に失敗したなんて、先輩たちに何言われるか」
「てゆうかさ、そもそも天然のカエルを捕獲するのって許可制だよね。免許持ってるのか?」
「……」
「そんなグレーな商売してるといつか痛い目見るぞ。レストランなんだからまっとうに味で勝負しろ」
「そっか。料理の味で勝負か。素材は二の次ってことだな」
「良い素材を使いたいならルールに則って調達しろってこと」
「お前そんな固いこと言うやつだったか?」
「僕から真面目を取ったら何が残るんだよ」
「えー。顔?」
危ない危ない。思わず肘でどつくところだった。
「ところでさ、レヴィ。こんなとこに1人でいるなんて、さっそくクビになったのか? やっぱり俺んとこで働かない?」
「やだよ、カエル料理の店なんて。活け造りとかマジ勘弁だし。それに、いま休憩中でクビになったわけじゃないし」
「そう言わずに考えてくれよ。カエル捕獲免許取るから」
「受験がんばれ」
「あと、永久就職の件も諦めてないから」
「ファールで粘ればホームランが出ると思うなよ」
「こんな優良物件そうそう出くわさないと思うんだけどなぁ。学歴も将来性も一級品ですよ、お客さん」
ばーか、と言い返そうと口を開いたところで、突風が吹いた。マックスの持っていた網とカゴが風に巻き取られるように上空に飛んでゆく。
「うわっ!」
僕とマックスはバランスを崩してその場にしゃがみ込んだ。