5.旅立ち前夜
「祝いだ。1杯奢ろう」
「あ、いや、それは大丈夫です」
マックスの置いて行った軍資金がある、と視線で示す。きっちり使い切ってやるつもりだ。
店員を呼び、店で2番目に高い酒をボトルで頼む。1番高い酒じゃないあたり、僕の小心者ぶりが発揮されていて我ながら悲しくなるが、それはまあいい。
ギルドの討伐案件には難易度ごとにレベルが設けられており、難易度が高いほど賞金も高い。トリプルSランクともなると、家が何件建つんだろう? というレベルだ。
勇者しか挑むことを許されていないトリプルSランク。
今日話したカエルのセトが、「西の国から勇者が来てる」「霧の湖のドラゴンを倒しに行くらしい」と言っていたのを思い出した。この黒づくめもとい銀縁メガネも外したので金色の眼の人物は、魔王ではなく勇者なのか?
「あの……、あなたが勇者なんですか?」
「ああ、そうだ」
「なぜ霧の湖のドラゴンを倒しに?」
それまで淡々としていた金色の眼の人物は、初めて言葉に窮したように視線を泳がせた。
「あー、まぁ、なんというか……。老後の生活のため、かな」
「リアルですね。そんな簡単に倒せないでしょうに」
勇者になってなお、老後の生活に不安があるなんて。勇者を目指している少年少女たちには絶対に聞かせられない発言だな。
「俺は強いから楽勝だ」
「霧の湖に行くってことは、竜巻の平原と炎の滝を越えるんですよね」
「そうだな。霧の湖までは1本道だから、竜巻の平原にいる単眼の巨人と、炎の滝にいる闇夜の錦鯉を倒していかないとな」
単眼の巨人は、計測不能なほど巨大すぎて誰も顔を見たことがないと言われているにも関わらず、「単眼」ということが分かっている胡散臭い魔物だ。Sランクで、賢者認定が2つ以上あると挑むことができる。
闇夜の錦鯉は、住んでいる場所からして「炎の滝」という燃えてるのか水場なのかよく分からない上に「闇夜」と付くことで本当に錦鯉なのかすら疑わしい魔物だ。SSランクで、賢者認定が4つ以上で挑むことができる。
最終目的である双頭のドラゴンは、現時点で確認されている魔物の中でも最高峰のトリプルSランクで、名立たる勇者が何人もチャレンジしては敗れているらしい。
僕が生まれる前、父さんが勇者のパーティーに所属していた頃、討伐にチャレンジしたが敗れたと聞いたことがある。その時の勇者は、今でも「伝説の勇者」と呼ばれるほど強かったらしいが、双頭のドラゴンに敗れてからは消息不明とされている。
そして父さんは、別の勇者のパーティに所属し、今も遠い国で魔物の討伐を続けている。
ラスボスまでの道が一本道だなんて、不親切設計すぎる。嫌が応にも積極的に討伐したいと思っていない魔物とも戦わなきゃいけないじゃないか。
それに……。
「僕、何度も言ってますけど、戦闘も回復も援護もできませんからね。本当にいいんですか?」
「必要ない。長旅だから荷物持ちを探していた」
「本当に本当に、カエルの言葉が分かるのと、カエルの言葉が話せる、しかスキルなくていいんですね?」
「俺とも会話できるだろ。まあ、荷物持ち兼、退屈しのぎの話し相手だな」
何とも言えず複雑な気分だった。勇者のパーティに参加して霧の湖のドラゴンにリベンジするのは僕の夢だ。
昔、父さんが勇者のパーティに所属していた頃に挑み、破れたというトリプルSランクのドラゴン。
強くなるために努力したが実らず、夢をかなえることは諦めていたのに、こんな降ってわいたような話で、勇者のパーティに同行できるなんて。
霧の湖のドラゴンにまみえることが嬉しいような、戦闘に参加できないことがもどかしいような、何とも言えない感情だ。
「どうした、難しい顔して」
「あ、いえ、すいません。就活全滅だったので、採用通知もらったの初めてで」
「そうか。不採用にしたやつは、お前の価値が分からなかったんだな」
気のせいかもしれないが、金色の眼の人物がすこし笑った気がした。
会ったばかりなのに、僕の価値が分かるとでも言いたげだ。
唐突に、母さんの言葉がよみがえった。
「外見だけで食べていける仕事もあるんだからね!」
……いや、まさかな。
「あ、明日早いので、そろそろ帰りますね!」
立ち上がると、僕は支払いもそこそこにギルドを飛び出した。
採用は嬉しいけど、本当に荷物持ちなのかな。魔物除けのエサとか魔物を呼び出すイケニエとか魔物を倒した後の供物にされるんじゃ……ま、まさかな。
店に入って来たときは怖い感じだったけど、同じテーブルで酒を飲んでいたときは、穏やかな空気だった。悪い人じゃないよな。魔王とか言ってごめん。
そういえば。
大事なことを聞き忘れていたことに気づく。
「名前……明日、聞かなきゃ」
家への道を歩いていると、道端にマックスが落ちていた。
何かに使おうと運んで来たけど途中で諦めました、みたいな中途半端な場所に置き去りにされた石に、ぽつんと座り込んでいる。
通行の邪魔ってわけでもないので、僕はその前を通り過ぎようとした。
「レヴィ!!!」
足音に気づいたか、マックスが石から転げ落ちる勢いで駆け寄って来る。
「ごめん、置いてきて。心配してたんだ。無事だったか?」
「あぁ、うん、まぁ……就職決まったよ」
「え?」
目を丸くするマックスに、黒づくめからの銀縁メガネ転じて金色の眼の人物とのやりとりをかいつまんで伝える。
「荷物持ちだって? そんなうまい話あるもんか。おおかた食料かイケニエか……」
「え、僕が勇者の食材ってこと?」
「直接的な食糧か、もしくは魔力補充用に使われるか、どっちかだな」
「僕の魔力なんて、薄っすらしすぎてて人間と大差ないのに。吸い取ったところで勇者の攻撃の糧になんてなるもんか」
「その話、断った方がよくないか?」
「今日も仕事決まんなかったつったら、今度こそ母さんに叩き殺される……」
行くも地獄、引くも地獄。どっちの地獄がいいか選べと言われてるようなものだ。
「レヴィの母さん、美人だけどおっかねえもんな」
「僕なんか魔法使えないし他に取り得もないから、きっとメイン食材の付け合わせの食べても食べなくてもいい飾りに使われるんだ」
「落ち着け、レヴィ。やっぱり俺のとこで働かないか?」
いろいろ考えてるうちに、それが一番よい選択に思えてきた。
バイトしながら次の就職先を探せばいいし、何かの資格を取ってもいい。
「そうしようかな……」
言って、マックスを見上げる。いまいちデリカシーはないし、いざとなったら僕を置いて逃げ帰るようなやつだけど、こうして待っててくれるあたり、悪いやつじゃないんだ。長い付き合いだからよく知っている。
「そうしろって! さっそく明日から来てもらってもいいし!」
「マックスんちってレストランだよね。なんのお店だっけ?」
「あれ? 来たことなかったっけ? 焼肉屋だぞ」
長い付き合いなのに何で行ったことなかったんだっけ? 不思議だという気持ちの背後で、何か嫌な予感がする、それ以上聞くな、と警鐘が鳴っている。
「焼肉屋さんか……」
「そう。カエル肉専門店だ」
ちょっと想像しただけで意識が遠のきかけた。
「マックス、お前、僕のスキル知ってるよな? 無理に決まってんだろ。断末魔の中で働いてたら発狂するわ」
「そ、そうか……」
「心配してくれてありがたいけど、今回はドラゴン討伐行ってくるわ。あと、今夜の飲み代サンキューな」
片手を挙げ、お釣りは? と聞かれる前に踵を返す。
背後でマックスの「気をつけてなー」という声が聞こえた。
数歩歩いたところで、唐突に先ほど聞いた黒づくめの人物の声がよみがえってきた。
「不採用にしたやつは、お前の価値がわからなかったんだな」
僕の価値、あなたには分かるんですか?