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ニート魔導士、勇者に雇われる  作者: 燕 柿太郎
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4.採用

 気づいた時には、僕と黒づくめの人物はサシで座って酒を飲んでいた。


 さっきまで僕の向かいに座っていたはずのマックスは、黒づくめの人物から「相席よろしいですか?」と尋ねられた次の瞬間、バネ仕掛けのように立ち上がると「どどどうぞ!」と言い残して僕の視界から消えていた。


 直前にプロポーズした相手への仕打ちとは思えない、と思ったが、テーブルの端に店中の会計ができそうなほどの金が置かれていたので許すことにする。今度会っても釣りは返さない。


 黒づくめの人物は、店員が置いて行ったばかりのコップの水を一気に飲み干すと、お代わり、とコップを掲げてアピールした。


 僕も、店員も、店内の客も、この黒づくめの人物が入店してきたときの禍々しい空気に当てられた記憶が新しく、なるべく目を合わせないようにしている。


 そのせいで、黒づくめの人物の水のお代わりは全店員からスルーされることとなった。


 しかし黒づくめの人物は、怒るでもなく、苛立つでもなく、困ったようにコップと店員を交互に見ている。

 なんだ、悪い人じゃないのか。招かれざる客みたいな目で見てごめん。


「どうぞ。まだ口つけてませんから」


 僕は自分の水を差し出した。1杯目から酒を飲んでいたので、水は手つかず……いや、口つかずだ。氷は溶け切っているが、どうせ水だ、味が変わるわけでもないだろう。


「あぁ、ありがとう。助かる」


 コップを受け取り、2杯目も一気に飲み干す。やむにやまれぬ事情があって断水でもしていたのだろうか。もしくは友人を救うために不眠不休で走ってきたのだろうか。


 ようやく落ち着いたのか、黒づくめの人物が正面から僕を見る。といってもサングラスをしているので、顔はこっちを向いているが、目線は隣のテーブルの美しい婦人に注がれているかもしれない。それは分からない。


「名前は?」


「レヴィです」


「仕事を探しているのか?」


「はい、まぁ……探してます」


 ここは職安併設の酒場だ。ここで飲んでる人の大半が求職中だから珍しいことではない。

 まさか、この黒づくめの人物、求職中の若者を悪い仕事にスカウトしているのでは? ……と、少し心配になってきたところで。


 黒づくめの人物は、ようやくフードとサングラスを外し、代わりに懐から取り出した銀縁の普通のメガネをかけた。それだけで全体の印象が穏やかな雰囲気に塗り替えられる。


 そこで初めて、輝くような金色の眼をしていることに気づいた。

 金色の眼はサイキョウ族の特徴だ。その名の通り体力知力魔力に秀でており、勇者の排出率は群を抜いてトップの種族だ。


 黒づくめの人物、もとい銀縁メガネの人物は、メガネを出したのと同じところから、続けていくつかのファイルとペンを取り出した。


「学歴とスキル、実務経験は?」


「半年前に大学を卒業して、就活中です。スキルは緑魔法……のみ、です」


「緑魔法、ね。何ができる?」


「カエルの言葉が理解できるのと、カエルの言葉を話せます」


「カエルと会話できる、と」


「あ、そこはまとめないでください。スキル1つになっちゃうんで」


 銀縁メガネの人物は、あまり感情豊かな様子ではなかったけれど、それでも「どうでもいいだろう」と思っているであろうことがありありと読み取れる表情になった。僕にとっては重要な問題なのに。


「卒業証明書とエントリーシートは提出できるか?」


「はい、持ってます」


 就職先を探しに来たんだから、当然持っている書類だ。むしろそれしか持っていない、と言っても過言ではない。

 僕は内ポケットから封筒に入った書類を出し、テーブルに置いた。銀縁メガネの人物が封筒を開け、中の書類に目を落とす。


「この大学出てるのに、緑魔法のみなのか?」


「あ、えと……学費のためにバイトしてたら単位ギリギリになったっつーか、これでも頑張って勉強したんですが、やっと取れたのが緑だけだったんです」


 成長の遅いハザマ族だから、という言い訳も追加しようと思ったが、さすがに情けなさすぎるのでやめておいた。どうせエントリーシートを見てるから僕の種族は分かってるだろうし。


「霧の湖のドラゴンを知っているな?」


「トリプルSランクの双頭のドラゴンですか?」


「質問に質問で返すな」


 睨まれた。メガネの奥から鋭い視線を向けられる。僕はあわてて居住まいを正した。


「はい、もちろん知ってます。勇者しか挑むことのできないトリプルSランクの中でもトップクラスだと聞いています。伝説の勇者が挑んで帰って来なかったとも」


「そいつを倒しに行く。出発は明日の朝だ」


「はい?」


 幻聴だろうか。勇者レベルの魔物を倒しに行くのに、ピクニックに行くような気軽さで誘われたような気がするのだが……。


「明日の朝6時、町はずれの教会に集合だ。遅れるな」


「え、何が? なんで?」


 冗談を言っているのだろうか。銀縁メガネの人物は、にこりともせずに手元の書類に何かを書き込んでいる。


「採用だ」


 ぽん、と書類を渡される。大きな文字で「採用通知書」と書かれていた。

 これが、あの、夢にまで見た採用通知書なのか! ……と、一瞬だけ喜んでしまった。


「あと、これが就業規則、こっちが基本給と手当の説明だ。研修期間は3ヵ月、その間は時給制だ。何か質問はあるか?」


 次々に書類を渡される。これ全部持ち歩いてたの? 懐にどんだけ収納スペースあるの? 異次元につながるポケットとか? 次々に疑問がわいたが、聞くべきことはそれじゃない。一番大事なことを忘れている気がする。


「トリプルSランクに挑むということは、勇者のパーティってことですよね。ほんとに僕なんかが入っていいんですか?」


「問題ない」


「そもそも、僕応募してないんですけど……」


「仕事を探すためにギルドに来てるんじゃないのか?」


「ええ、まあ、それはそうなんですけど、何と言いますか、僕のスキルは戦闘には向いてないので、そっち系のお仕事をするのは自信がないというか足でまといというか……」


 自分で言ってて悲しくなってきた。途中から声が小さくなる。

 銀縁メガネの人物は、メガネを外して書類と一緒に懐にしまうと、感情の読めない金色の眼で僕をじっと見つめた。


 そして、言った。


「今回、初めて供を雇うから、最初の1ヵ月はオープニングスタッフの待遇で時給2割増しだ」


「よろしくお願いします!」


 就職決定。

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