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ニート魔導士、勇者に雇われる  作者: 燕 柿太郎
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3.勇者登場

「もし希望の就職先が見つからなかったら、俺んとこに永久就職しろよ」


 両手に串揚げを持ち、どっちを食べようか迷いながらマックスが言った。


「だから、縁故就職は……」


 しないって、と言いかけ、言われたセリフを頭の中でリピートする。

 え? 永久就職つったか?


「もしかして、いまの、プロポーズ?」


「おう。まだ成人してないんだろ? だったらアリじゃん」


 いっそ清々しいまでのデリカシーの無さだ。

 大いなる欠点を発見してしまった。世界を救ったなんて勘違いした自分が恥ずかしい。


「だとしても、マックスは、ない」


「即答かよ」


「ミスター魔大と結婚なんてしたら、ファンから袋叩きにあうだろ」


「卒業したから関係ないだろ。それに、お前だって次点だったんだから……」


 そう、次点。見た目でもマックスに勝てなかったという僕の黒歴史。

 外見に賭けてたわけじゃないけど、それでも唯一太刀打ちできると思っていた僕はコテンパンに打ちのめされてしまった。

 逆恨みでマックスとの距離をおくようになったのは墓場まで持っていく秘密だ。


「つーか、なんで僕?」


「そりゃ、顔がきれいだし、付き合い長いから気を遣わなくていいし、えっと……あ、顔がきれいだからさ」


 ぶん殴ってやろうかと思ったけどやめておいた。1万歩譲って、僕の容姿に対する賞賛の言葉だと受け取っておく。


 ハザマ族は、30歳の成人を迎えるまで、性別が確定しないという特徴がある。それまでの生き方や身につけたスキル、生活環境が反映されて、30歳の誕生日の朝に性別が確定する。らしい。


 僕は、激強の魔導士になって父さんと魔物退治をする予定だったので、男性に成人できるように生きてきた。


 が、しかし。この、就職もままならない現実を目の当たりにして、女性に成人してそこそこの金持ちと結婚するのがベストなのかもしれない、と思い始めているのも事実だ。


 ただし、マックスは結婚相手の候補には入っていない。入る予定もない。長い付き合いだから、とか、デリカシーがないから、とか、いろいろ理由はあるのだが、一番の理由は……。


「生理的に無理」


「えええええ。レヴィお前、俺と何年つるんでてそんなこと言うわけ?」


 マックスが両手をテーブルにバン! と叩きつける。持っていた串揚げが2つ、卓上でバウンドして床まで転がり落ちた。


「こればっかりはどうしようもないだろ。メシ食ったり遊んだりするのはいいんだよ。ただ、一緒に暮らすとか、お前との間に子どもが生まれるとか……」


 ぞわ、と全身に鳥肌が立った。


「それはほら、まだ成人してないからだろ。女性に確定すれば、きっと感覚も変わるって」


 串揚げを拾い上げ、白魔法で汚れをクリアすると、何事もなかったかのようにソースを付けて食べ始める。ボンボンなのに食べ物を大事にするのは良いところだ。そして生活の中で何気なく魔法が使えるのが羨ましい。


「まあ、このままでいけば男性に成人しそうだけど」


 まだまだ先の話だし、と結論は出さないままで問題に蓋をする。そもそも、僕の本題は就職であって、マックスとの結婚なんかじゃ決してない。


 飲み物のお代わりを注文しようと、目で店員の姿を探す。


 その時。

 視界の隅で、ゆっくりと店の入り口ドアが開いた。


 ざわ、と周りの空気が揺れた気がした。不穏な、負の感情が凝縮されたようなオーラが、音もなく忍び寄ってくる感覚がある。


 僕だけじゃなく、マックスも、店内の客も、禍々しい気配に気づいたのか、吸い寄せられるかのように多くの視線がギルドの入り口に集中した。


 なんだ、この気配……?


 すっかり暗くなった戸外から、闇の一部を切り取ったような人物が現われた。


 漆黒をまとったように全身黒づくめ。顔はフードとその下の長い髪に隠されてよく見えないが、メガネのフレームが見えた。背が高く、手足が長く、なんとも気味の悪い風体だ。


 黒づくめの人物が店内に入ってきた途端、まるで空気中から酸素だけが消滅してしまったかのような息苦しさを覚えた。


 店内は静まり返っている。客も、店員も、いま登場した黒づくめの人物の動向をうかがっている。そっとマックスを見ると、「あいつとは目を合わせるな」という顔をしていた。たぶん僕も同じ顔をしているだろう。


 黒づくめの人物は、店の中ほどまで真っすぐに進んでくると、あまり首を動かさずに左右を見回し、空いている席を見つけて腰を下ろした。

 テーブルに置かれている「本日のおすすめ」のメニューを手に取る。


 誰も口に出したわけじゃないが、なんだ、普通の客か……と安堵の空気が流れた。

 緊張感でぴんと張り詰めていた空気が少しだけ和らぎ、止まっていた会話や食事の動作が徐々に再開される。


 そうだ。お代わりを頼もうとしてたんだった。

 僕は再び店員の姿を探した。


 ……いた。

 店の入り口近く、先ほど入店してきた黒ずくめの人物の斜め後ろあたりに立っている。


 僕は、オーダーの合図で手を挙げた。


 ……え?


 黒づくめの人物と目が合った、ような気がした。

 真っ黒のフードと長い髪に隠れて顔は見えないが、こちらを見ていたような、そして、僕が手を挙げるのに反応したような気がしたのだ。


 いや、違う。あなたのことは呼んでません。

 心の中で訂正したが、黒づくめの人物は立ち上がると、真っすぐにこちらに向かって歩いて来た。


「あいつ、こっちに来るぞ」


 マックスがほとんど口を動かさずに言った。腹話術なんかできたのか。


「僕が呼んだんじゃないからね」


 このへんには空いてる席ないけどな。僕たちのテーブルが店の一番奥だし、トイレも反対側だし。なんでこっちに向かって来るんだろう。


 何となく考えていたら、黒づくめの人物がどこかにつまずいたのか、バランスを崩した。

 その拍子に髪が揺れ、その隙間からメガネだと思っていたフレームがサングラスのものだったことが見て取れる。


 夜なのにサングラス。店の中は薄暗い。そりゃ躓くだろ。


「ふはっ」


 思わず笑ってしまった。


「こら、レヴィ!」


 低く鋭いマックスの声。やばい、と思った時には、黒づくめの人物が歩調を速めて真っすぐ僕に向かって来ていた。背面は壁。絶対に逃げられない。


「は、はやく謝れっ! 早く!!」


 喉が凍り付いて言葉が出てこない。態度で示そうとしたが、体も動かなかった。


 真っ黒の衣装を身にまとったサングラスの人物。オーラまで真っ黒に見える。もしかしてこれはあの悪名高い魔王というやつじゃないのか。


 僕は躓いた魔王をうっかり笑ってしまったがために、市中引き回しの上、打ち首獄門さらし首の刑に処せられて罪人として死んでゆくんだ。


 母さん、親不孝してごめん。立派な魔導士になって母さんに恩返ししたかったです。父さんと一緒に旅もできなかった。あとおばあちゃん……。


 この世の最後になるかもしれない思いを脳内で再生する。


 僕たちのテーブルのすぐ横まで来た黒づくめの人物は、立ち止まると黙って僕を見下ろした。


 そのまま数秒の沈黙。

 そして、言った。


「相席よろしいですか?」

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