2.ギルドにて
重い足を引きずるように歩いて来たが、ギルドに着いて時計を見ると、家を出てから1時間も経っていなかった。
近い。近すぎる。行くべきか行かざるべきか逡巡する間もなかった。
ギルドは2つのフロアに分かれている。
片方は、求人や職業訓練の資料を閲覧したり、相談員さんに話を聞いてもらえるフロア。
もう片方は、飲食スペースになっており、求職と求人の情報交換ができるフロア。酒も出すので雰囲気としては居酒屋と変わらない。
とりあえず壁に貼ってある求人のチラシを目で追う。
資格条件さえ合っていれば何でもやる! という覚悟だ。
来たれ白魔導士! 未経験歓迎! 制服貸与あり
一緒に働く仲間を探しています。学歴不問。青魔導士は時給アップ。
働きながら勇者を目指しませんか? スキルに応じて出来高制
魔物一掃事業オープンスタッフ募集。赤・黒魔導士優遇。
スキルに自信がなくても大丈夫! 残業週100時間以上可能な方。
応募できそうなのは最後のやつだけかな……。今日こそはせめて面接でも決めないと家に入れてもらえなさそうだし、ブラック企業でも仕方ない。申し込んでみるか。
チラシに手を伸ばしたところで、後ろから肩ポンされた。
「そこはやめといたほうがいいと思うぞ」
振り返ると、少し高い目線に、小・中・高・大と一緒の見慣れた顔があった。
マックスだ。
大学を卒業してからはしばらく会ってなかったので、半年ぶりぐらいか。
「え、この会社知ってるの?」
「そのチラシ、ここ半年以上ずっと貼ってあるんだ」
僕が中途半端に伸ばした手の先にあるチラシを、指先で抑えるようにトンと叩く。
常に求人を出しているということは、それだけ人が辞めてしまうということで、つまりは長く働くのが難しい職場、ということなんだろう。
すごすごと手を引っ込める。
「……って、あれ? 半年前もここに来たってことは、マックスも失業したのか?」
仲間? と、ちょっとだけテンションが上がる。
「なんで嬉しそうなんだ。俺はこっち」
求人広告の申込書を持っている。募集する側だったのか。
「そっか、おまえんちの店で修行して、いずれは経営者になるんだっけ」
「まだ見習いだけどな。よかったら、就職先決まるまでうちでバイトしないか?」
マックスはいいやつだ。大手レストランチェーンの会長だか社長の息子で、ボンボンだけど偉そうにしない。
ボンボンのくせに成績優秀で、赤青白魔法のスキルを持っている。しかも白は賢者認定だ。
ボンボンといえば裏口入学するべきなのに、成績優秀だとか、ビンボー人なめてんのかって思ったこともある。
これでカブトガニの腹みたいな顔だったら何となくプラマイゼロかなって思えるのだが、なんと、大学では4年連続ミスター魔大に選ばれたほどの容姿だ。
ここまでくると、どれだけの欠点があればバランスを保てるのか想像もできないが、きっと前世で世界を救ったとか、そういうアドバンテージがあるんだろう。
「見習いなのに人事の裁量できるのか?」
「さすがにまだ決定権はないけど、これからシーズンだから人手が足りなくてさ」
「声かけてくれたのは嬉しいけど、縁故就職はちょっと……自分の力で決めたいんだ」
就職に苦労してきた者の最後のプライドか。金持ちで親切な友人の申し出を素直に受け入れることができない。
「そっか、相変わらずマジメだな」
申し出を断ったのに、なんだか嬉しそうだ。
「とはいえ、いつまでも無職ってわけにもいかないんだよなぁ」
「国立魔大出てるんだから、いくらでも就職口ありそうなのにな」
不思議そうに見下ろされる。
カチン、ときた。
「就職に使えそうなスキル、取得できなかったからな。攻撃も回復も攻撃補助も援護補助も罠を見破るも、何ひとつ使えないんだ。こんなダメ魔導士、誰が雇うかよ。真夏のストーブだって何か使い道あるだろってぐらいだ」
頭の中のもう一人の自分が、久しぶりに会った同級生相手に八つ当たりしてどうするんだ、と止めようとするが、言葉が流れ出して止められなかった。言ってしまってから後悔する。
マックスは苦笑しながら僕の頭をポンポンとはたいた。
「自虐がすぎるって。何か特技あるだろ。あやとりとか射撃とか……」
ない。長い付き合いなんだから分かるだろ。なあ、分かるだろ? と、口に出すのも情けなく、じっとマックスの目を見つめる。
「そうか、まあ、働きながら勉強するとか、資格とるとか、ありだと思うんだけど……」
マックは僕の心中を察したのか、目をそらしてモゴモゴと言った。語尾がフェードアウトする。何か有用なアドバイスでも考えてくれてるんだろうが、気を遣われてるのが情けない。
「久しぶりだし、一杯飲もうか」
アドバイスを手放したか、マックスはギルドの反対側のスペースを指さした。
夕刻が近づき、照明を落とした居酒屋スペースには、職業安定のことはまったく考えていないような客も集まり始めている。
「おう、飲もう飲もう」
「そこの串揚げ美味いんだよな。これ終わったら行くから、先に行って場所取ってて」
マックスはほっとしたような笑顔になると、求人の資料を掲げ、足早に受付カウンターに向かって行った。
僕も踵を返し、居酒屋スペースの空きテーブルを確保しに行くことにする。
マックスとは、小学校の頃は、何をするにも競い合っていたし、実力もトントンだった。走っても泳いでも歌っても勉強しても、勝率は五分五分だったと思う。
中学、高校と上がるにつれて、どんどん差が開いてしまった。体力も学力も身長も。
まぁ……種族が違うから仕方ないんだけど。
僕は、この世界の数ある種族の中でも成長が遅いと言われている「ハザマ族」だ。14、5歳までは人間と同じような成長速度だが、そこからハザマ族の成人である30歳までは、ほぼ身体的に成長しない。30歳を超えたあたりから、寿命となる200歳頃までゆったりと成長していく。
勉強はすればするほど身につくと言われ、大学に入ったものの、同級生から一目おかれるほどに成績がふるわなかった。背も小さいままだった。
マックスは人間だ。たぶん100年ぐらいの寿命を全うするんだろう。あと15年ぐらいは何をやっても勝てないけど、40年後ぐらいには……。
やめよう。じいさんになったマックス相手に勝ち誇っても仕方ない。
奥まった席を確保する。マックスが来るまで、失業者の財布にも優しい価格設定のメニューを熟読することにした。