心霊体験怪綺談9
七
正雄はいつもの様に帰宅していた。 原チャリである。 自動車メーカーの下請け工場で働いている手前、本当は車が欲しいと思って居るのだが、車など夢の又夢である。 そんなことを思いながらいつもの交差点で信号待ちをしている所で、眼が合った。 霊である。 またかと正雄は思った。 案の定その霊は憑いて来た。 原チャリだろうが、車だろうがお構いなしだ、しっかりと付いて来るのだ。 作業服のひょろりとした眼鏡のおっさんの霊だ。 そのおっさんの霊は結局家まで付いて来た。 しかし、コレは良くあることだ。 だが、犬や猫じゃあるまいし、元は人間なのである、眼が合っただけで付いてこられては溜まったものではない。
「おっさんよう、何の用?」
「・・・」
「おい、お前の事や!」
「え、私の事ですか?」
「お前しか居らんやろ!」
「はぁ、何の用でしょうか」
「何の用って、家まで来ておいて何の用もなにも、どう言うつもりか」
「あぁ、いえね、呼ばれましたものでね」
「はぁ、初対面の人間(幽霊)誰が家まで呼ぶの?お前頭おかしいやろ?」
「またまたぁ~、お兄さん呼んだじゃないですか」
「いつ?何時何分何秒?(子供か)」
「さっき私の方を観たじゃないですか」
「ちょっと待て、そりゃあ、おかしいぞ!一瞬目が合っただけで家まで付いて来る奴が居るか?」
「はぁ」
「何をしているの・・→いや別に・・→家に来る?・・→良いの?・・→良いよ遠慮しないで・・→ではお邪魔しようかな・・→どうぞ、どうぞ、みたいな図式になるやろ?」
「・・・」
どう考えたらそうなるのか、結構な割合で不思議な考え方の霊が多い。 そんなやり取りが暫く続き、面倒になってほったらかす事にした。 そうしたら、何時まで経ってもそこにいる。 正雄は業を煮やした。
「おい、おまえ」
「はい、何でしょう」
「名前は」
「木村と申します」
「そうか、じゃあ木村」
「はい」
今から説明することを、良く聴いとけよ」
「は、はぁ」
確か前にもこんな感じの事があった。
たしか、木戸と名乗る幽霊だった。 木村に効くかどうかは分らないが、同じ様に教えて行くしかない。
「お前は死んでいる」
「またまたぁ」
「成仏しなさい」
「どうやってですか?」
「それは分らん、しかし成仏しろ」
「そんなぁ、無茶な」
「死んでいるのだから、成仏する方が良い」
「死んで居ないですって」
「じゃあ、飯食えるか?」
「出されれば食べますけど、今はお腹が空いて居る訳じゃないですけど」
「じゃあ、最後に飯食ったのはいつか?」
「・・・」
「ほら、見て見ろ、覚えてないくらい食べて無いやろ?生きていたら腹が減って耐えられないはずやぞ」
「ホントですね、じゃあホントに私・・・」
「そうやろ、そうやろ、やっと悟ったか」
「でも死んだら何も無くなるはず・・・」
「そうか、お前もそう思っていたか」
「違うのですか?」
「今お前がそこに居るのが、その証拠よ」
「じゃあ私は幽霊なのですか?」
「そう、お前は幽霊で、俺はそれが観えると言う事よ」
「え~、じゃあ私は迷惑を掛けていると」
「お、正解よくできました、その通り」
「どうしたらよいのでしょうか、私」
「知らんがな、お前の問題やろ?」
「そうですが、他に行く所がないです、暫くここに置いてもらう訳には行きませんか?」
木村が競願して来た。 ここには他にも霊が沢山居る。 木村は可愛げもある。 正雄は束の間考えて、了承してやった。
「有難う御座います。出来る事は何でもさせて貰いますから」
「そうか、色々とルールは守って貰うぞ」
「勿論ですとも」
「ここには、他にも色んな霊が居るからな」
「え~、マジですか?怖い事言わないで」
「おまえ、幽霊なのに分らないの?」
「いえ、さっきから存在は感じてはいますけど、兄さんの言い方が・・・」
「ここは元々佐代子と言う自殺して死んだ女の霊の縄張りなんやで、感じるか?」
「え、はぁ、何となく負のオーラって言うのですかね、そんなモノが少しは・・・」
「お、筋が良いのぅ、じゃあその内観える様になるから」
マジっすか?怖ぇ~」
「前もそうやって自分が死んだ事を気付かない霊が居ったが、立派に成仏したぞ。木村も頑張ればきっと成仏出来るから」
「そうですか、じゃあ頑張ってみます」
こうして、木村との共同生活が始まった。
木村は気の良いおっさんで、可愛げもあり、正雄は本気でどうにかしてやりたいと思った
のだが、どうする事も出来ない自分が情けなく思った。 そんな木村との生活も2カ月くらいは続いたろうか。 その間に田島に相談したが「自分で何とかしてみろ」と言う冷たい返答だった。 このおっさん最近なんかムカつく、正雄の事を避けて居るのか、それともほったらかす事で力を付けさそうとしてくれて居るのか分らない。 橘姫に至っては、電話すら通じなく成っていた。 (御かけになった電話番号は・・・)のガイダンスが流れている、どうなって居るのか・・・。
そんなある日、以前ちなみが置いて行った雑誌、ムーが眼に飛び込んで来た。 今まで読む気もしなかったのだが、その日は何故だかページを開いてみたくなり、パラパラとめくって見た。 あるページで指が止まった。
除霊します、太刀原霊山、TEⅬ・・・・。 広告のページに名前と電話番号だけである、
いかにも怪しいのだが、なにか意味がある様な気がした。
「なんか怪しそうですね・・・」
「でも他に方法はないぞ」
心配そうな木村を横に、正雄は電話を掛けてみる事にした。
「もしもし広告を見て電話したのですけど」
「解ります。今日貴方から電話が有る事は私の守護霊から聴いて居ましたから・・・」
太刀原霊山は開口一番にそう言った。 なるほどね、そう言う事ねと正雄は思った。 名前は怪しそうだが、頼りになりそうだ。 日時を指定して正雄は合う事にした。 原チャリを飛ばして会いに行った。 太刀原霊山はどこにでも居そうな普通のおばさんだった。
会うと行き成り木村を観ると「貴方がそうですね」と言った。 正雄は何も説明していない。 何とも便利な力だ。 早速除霊をすると言う。
「・・・ええぃ!・・・」
終りである。 さっきまでいた木村が消えて居る。 あっという間の出来事に嘘でしょと
思ってしまいそうな後継であった。 2カ月から一緒に生活を共にして来たのだ、感動的な最後を想像して居ただけに、正雄は呆気に取られていた。
「随分聞き分けの良い霊でした」
「え、もう成仏したのですか?」
「はい、間違いなく私の守護霊が霊界へと連れてまいりました」
「あんまり早いのでビックリしました」
「それよりも、貴方も大変高い霊格をお持ちになっていますよ」
「そうなんですか」
「ええ、何か切掛けでもあれば、私の様な事はすぐ出来るでしょう」
「そうですか、切掛けですか」
「ええ、それよりもお布施の方を頂いて良かしら?」
「え、はぁ、幾らですか」
「金額など幾らでも構いませんよ、貴方のお気持ちで結構です」
この力で金儲けをしては成らない。 だからお布施、気持ちなのだろう。
「気持ちと言われても・・・」
「そうですね、皆さま大体2万円くらいのお気持ちが相場にはなって居ますが」
相場まで決まっているのか、いい商売じゃないかと正雄は思ったが口には出さない。 金の無い正雄だが、3万円を包んで渡した。
木村は良いヤツだった。 その木村が幸せになるのならお金は惜しくはない。 正雄は独りの帰り道をホント寂しいと思った。
「木村さん、幸せになってくれ」
正雄は、そう心に問い帰り道を急いだ。
八
井口と言う先輩がいた。 その先輩は霊が観えるのだ。 正雄がそれに気付いたのは、
ある日おじさんの霊が柱の陰から此方を覗いて居た時があるのだが、正雄はいつもの事なので気付かない振りをしていた。
すると、井口が近寄ってきて正雄に話しかけて来た。
「おい正雄、後ろの柱見て見ろよ。ゆっくりやで、ゆっくりと気付かれない様に確認してみろや」
「え、井口さんも観えるのですか?」
「おう、やっぱり居るか?」
「はい、おじさんですね」
「そうやろ、やっぱりな、あれは刑事や」
「え?」
「あの刑事ずっと俺を張っとるんやで」
「あれは幽霊ですよ」
「は?お前バカやろ?そんなモノがこの世に居る訳無いやろ」
そう、この先輩は霊感があり、ちょくちょく霊を観て居るのだが、心霊の世界を全く信じないのだ、そんなもの在りはしない、死んだら無に成るのだと言うのが口癖である。
少し前の正雄もそう思って居たのだが、観える様になってからは変わった。
しかし、井口さんはそうは成らなかった。
自分の考えは変えない、筋金入りの頑固者なのだ。 井口からすれば、霊は刑事になり、泥棒に成るのだ。 金縛りは、身体が寝て居るのに脳が起きている状態だと、それこそ昔正雄が思って居た通りの回答が返ってきたときは、笑ってしまった。 しかし、この井口の様な考えの持ち主は結構多い。 正雄は今では、霊の存在を信じて疑は無いが、信じない人から見れば、正雄は頭がおかしい人に思えるのだろう、そう考えると少し悲しい気持ちに成ってしまった。
先程井口から電話があり、天井裏に泥棒が居るのだと言う。 今から来て捕まえるのを手伝ってくれと言われたが、正雄は丁重に断りを入れた。
「そうですか、頑張って下さい」
そう言って静かに正雄は電話を切った。
九
きみひこ、5歳 最近正雄の所に現れる霊の名前である。 子供の霊だ。
「お兄ちゃん来たよ」
「お~う、きみひこ、来たかぁ」
「なにしてあそぶぅ?」
「今日は一緒にⅮⅤⅮ見ようか」
「でぃ~ぶいでぃ?」
「アニメのヤツ借りて来たから」
「えいが?ねぇ、えいが?」
「そう、映画やでぇ」
「やった~、えいが、えいが~」
きみひこが家に迷い込んで来たのは2週間ほど前の事である。 お母さん、お母さんと泣いて居た。 正雄が何を話しかけても泣いて居たのだが、そこは子供である、すぐに正雄になついてしまった。 そこからは毎日の様に遊びに来る様になった。 正雄には子供は居ないが、これくらいの子供が居てもおかしくない歳である。 霊達の時間と人間たちの世界での時間は違う。 きみひこがいったい
どれだけの時間を彷徨って居るのか正雄には分らない。 きみひこに聴いても分らない、自分が死んだ事すら理解出来ないはずだ。
両親に逢いたいと言う執着が、この世を彷徨わせて成仏出来ない理由なのだろうが、子供なら当たり前であろう。 もし、神様が本当に居るのならば、何という酷な事をするのだろう。 そこに意味があるのだろうか、直接聴いて見たいものだ。 罪のない子供の霊は
本当に可哀そうである。
「きみひこ、死ぬって事わかるか?」
「死んじゃうのでしょ、わかるよ」
「きみひこは今、死んでいる?」
「いきているよぉ~、ほら、手も足もうごくよぉ、ほらぁ」
きみひこは、両手足をヒラヒラとさせた。
「きみひこ、魂ってわかるか?」
「たまし~?」
俺は5歳の子供を捕まえていったい何を質問しているのだろうか、解る訳が無いのに。
しかし、どうにか分らせてあげたい。 理解させてあげたい、成仏させてあげたいのだ。
心に語り掛ける事が出来れば、きっと言葉なんか要らない。 正雄は明日、太刀原霊山に電話を掛ける事に決めた。