心霊体験怪綺談5
このアパートに越して来てから一年が過ぎた。 相変わらず霊達は正雄の前に現れる。
どんなに疲れて居ようとお構いなしだ。 そして自分の言い分だけを述べて来る。 聴いて貰う事で楽に成るのだろうか?それとも只言いたいだけなのか、本人じゃ無いから分らないが、こんな生活に慣れてしまって居る自分が不思議で成らない。 霊達は優しく接すると付け上る。 だから正雄は冷たく、そして強気で接する事を心掛けている。 これは女性差別の様に聴こえるので余り言いたくは無いのだが、女性の霊は苦手である。 正雄がいくら正論を言っても、中々認めようとはしない。 でも、嘘だ、それはおかしい?と言って話を聴こうとしない。 怨が深いのも女性の霊だ。 男性の霊、特に昔の侍だとか
だと正論を言えば物分かりが凄く良いのだ。
規則正しい教育を、受けて居るからだろうか?だからと言って女性が教育を受けて無いと言って居る訳ではなく、侍のそれは、日本に古くからある武士道精神と言う教育を受けて居るからに他ならない。 潔いのだ。 佐代子と名乗る霊が居る。 この部屋で自殺した霊だ。 時々現れるのだが、先ほども述べた様に、このアパートに住み始めて一年になるが、未だに正雄の話は聴かない。 自殺者の霊はその場所に呪縛されてしまうらしい。
縛り付けられて何所へも行けないのだそうだ。 自分の気持ちも自殺した当時のまま呪縛されてしまって居るのかも知れない。 一度田島に成仏させてやってくれと頼み込んだのだが、田島の返事は「自分でやって見なさい」と言うクールな言葉を貰っただけだ。
正雄の所に居るのだから、正雄に縁があるのだそうだ。 江藤さんの家から持ち帰った額縁だが、あれは効果覿面である。 前に正雄の所へ来た武士の霊が一度も現れないのだ。
観た瞬間に土下座をしてしまう程の悪寒を感じてしまうのだ、悪霊だったに違いない。
魔除けとして、今も正雄の部屋の一番目立つ所に飾っている。 正雄の隣の部屋には、同じ年頃の男の人が住んで居るのだが、正雄と眼を合そうともしない。 まぁそれはそうだろう、毎日霊達に叫んだりして居るのだ、きっと正雄の事を頭のおかしいヤツと思って居るのであろう。 夜中に独りで話して居るのだと・・・。 この間廊下ですれ違う時に挨拶をしたが、逃げる様にして自分の部屋へ飛び込んで行った。 今度一回シメテやろう。
1年かぁ、早いものだ。 もう一度思い返して正雄は呟いた。
一
最近残像思念のババァがトイレに現れる様になった。 夜中にトイレに行こうと思った時に、中でババァが座って居たのだ。 正雄はビックリして飛び上がってしまった。
ホント行儀の悪いババァの思念である。 このババァは一度現れたら、数時間は消えないのだ。 用も足せない。 絞め殺してやりたい気持ちを抑え、風呂場で用を足した。 そんな事よりも、今日工場裏の河川敷で何かを連れて帰って来てしまったのだ。 左肩辺りが重くなったので気付いたのだ。 仕方なく正雄は夜まで待つ事にした。 なぜ夜まで待つのか?それは、向こうから来ない事にはどうにも出来ないからである。 偉そうな事を言っては居るが、正雄は只の受け身体質なのである。 夜寝る前に金縛りが来そうな予感もあったのだが、もう夜中の2時である。 もしかして今日は来ないのかも知れない。
寝床へ戻り、うつら、うつらしていた時の事だ、ようやくゆる~い金縛りが来た。 この金縛りの強弱で大体の力が正雄には分かる様に成って居た。
「ふん、ザコか」
正雄は金縛りを解く一連の動作を放った。
バチン! きっとこれは正解の解き方では無いのだろう、ホントに身体に悪そうな音だ。
早速飛び上がって叫んだ。 コイツのお陰で一日中左肩が重かったのだ。
「おりゃぁぁぁぁぁ!」
すると肩を窄めた小さなおっさんが、ちょこんと座って居た。
「コラおっさん!お前だったのか?」
「・・・」
「何か言えや、ゴルァ!用が有るのやろぅ」
この時発音したゴルァ!は読んだ字のままで大丈夫である。 しかし、おっさんは何も言わない、それどころか怒られて居るのに半笑いなのである。 説教の途中で何度も「何が可笑しいのや、おぅ!」と何回も付け加えてしまった。
「すんまへん・・・」
「何て言った!声が小さいわ、コラ!」
「すんまへん・・・」
「もっと大きい声で言わんかい」
「す、すんまへん・・・」
「すんまへんじゃないわ、おうコラ!」
言った瞬間、パッっと消えてしまった。 人間で言えばピュ~っと逃げる感じだろうか。
「おぃ、コラおっさん!」
正雄は自分の怒りで震えてしまった。 ホント腹立たしいとはこの事だ。 自分で勝手に憑いて来て、怒られたら消えるとは・・・。
何か用が合って憑いて来たのだろうに、何も言わないまま消えるとは。 まぁ、何も言えない状態にしたのは正雄本人ではあるが、消えるとはどう言う事だ。 それから暫くは怒りで眠られなかった。
二
昨日は小さなおっさんの霊のせいで余り眠れなかった為、今日の仕事に差し支えてしまった。 また、ポカをやらかしてしまったのだ。 今日の夜中も金縛りが来そうな予感がする。 今日と言う今日は絶対に許さない。
案の定寝入ったと思ったら、ゆる~い金縛りに掛かった。 今日は逃がさんぞと思い、金縛りを解く力にも気合が入った。
「えぃっ!」
バッチ~ン! 嫌な音と共に身体が自由になった。 これで準備万端だ。
「コラ、おっさん」
と言っておっさんの後ろを観て凍り付いた。
おっさんの後ろにもう一人恐ろしい顔をした男が立って居たのだ。 一瞬でこの男はヤバイと思った。 やべ~ヤツだ。 なるほどね昨日のおっさんの半笑いはコレだったのだ。
その証拠にまた半笑いを浮かべている。
恐ろしい顔の男がゆっくりと近づいて来た。
よく観ると腰に刀を差して居る。 身なりは汚いが、背筋は伸びて居て動作には機敏さがある。 多分武士だ。 武士には武士の対処のやり方がある。 兎に角下から攻めてプライドをくすぐってやるのだ。 正雄は覚悟を決めると、素早く土下座を披露した。
「私に何か手違いでも御座いましたでしょうか、申し訳御座いません」
横で小さいおっさんがニヤ付いて居るが仕方ない、緊急事態だ。
「ははぁ~・・・申し訳ございません」
いきなり頭を下げる正雄に、武士少し驚いた様子で居た。 そして、顔を緩めた。
「かような真似は致すな」
そして、男の癖に土下座などしてはイケない的な言葉が返って来た。 正雄は勝ったと思った。 やはり武士には下からの攻撃なのだと再確認した。
「いえ、私が悪う御座いました故」
わざわざ時代劇風に話さなくても伝わるのだろうが、そこは気分を出す為である。
「かしらを上げられい」
頭を上げて下さい的な意味だが、正雄はそれでも土下座の体制を崩さなかった。
「上げられい!上げられい!」
ちょっと怒っている感じなのですぐ上げた。
すると、さっきまで恐ろしい顔だったのが笑顔に変わっている。 よし今だ、と正雄は反撃の狼煙を上げる事にした。 ここぞとばかりに正論をぶち込むのだ。
「お武家様、実はですね・・・」
そこからは、正雄の独擅場だった。 小さいおっさんが用も無いのに河川敷から正雄に憑いて来た事。 仕事で疲れている正雄を、用も無いのに金縛りに掛けて苦しめた事。 用も無いのに睡眠を妨げる行為に至った事。
そのおかげで体調が悪くなり、大事な作業をミスして会社に損害を与えた事。 特に正雄はこの“用も無いのに”を大いに主張した。
小さいおっさんの方が悪いのだと印象付ける為だ。 武士の霊は正雄の話を一々最もだと言うスタンスを取って聴いて居た。 先程まで半笑いであった小さいおっさんの顔が、段々と恐怖の色に染まって行くのが分った。
「相分かった、お主の言い分は一々最もである、悪いのは皆この与次郎である」
与次郎と言うのは、小さいおっさんの霊の名前だろう。 武士の霊は大岡越前張りの名捌きを見せてくれた。
「与次郎が迷惑をかけて済まなんだ」
武士の霊はそう言うと、小さいおっさんの霊の襟首を掴み、引きずる様に暗闇へと消えて行った。 この後、あのおっさんの霊はいったいどんな目に遭わされるのかと考えると、思わず笑ってしまった。 溜飲が下がる思いがしてスッキリとした。 今日は良く眠れるだろう。 武士の霊は物分かりが良い、竹を割ったような考え方はやはり、武士道精神から来るモノだろう、気持ちが良い。 自分もそうありたいと正雄は思った。