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8話 ゆめがたり笑止千万

 マリアとレイノルドは、話しかけてきた男とともに個室へと入った。

 革張りのソファが置かれた室内には、酒が飲めるカウンターがついているが、人払いをお願いしたのでバーテンダーはいない。


「それで、さっきの話だが――」


 スート商会の副社長と名乗った男は、上り調子の業績はすべて自分の手柄だと語った。

 自称・先見の明がある彼が次に目をつけたのが『魔法』。タスティリヤ王国で、誰でも魔法が使えるようになれば人々の生活が豊かになる、と思いついたらしい。


「一般人が魔法を使うには『魔晶石』が必要だ。国内に流通させるために、まずは十分な量を買い付ける必要がある。買付金にあてるため、信用できる方々に投資をお願いしているんだ」

「夢物語のようなお話ですわね。この国では魔法は禁じられておりますでしょう。買い手がいるとは思えないのですけれど……」


「まだ公にはされていないが魔法は解禁されるんだ。解禁に合わせて売り出せば、高値でも買い手はいるし、利益はスート商会が独占できる。投資の見返りとして、二倍から十倍の配当金を予定している。だいたいの金額を算出しようか?」

「金額の前に、解禁になる理由をお聞きしたいのですけれど」


 マリアが問いかけると、ソファにふんぞり返っていた男は、前のめりになって声のボリュームを落とした。


「ここだけの話にしてほしい。じつは、第一王子が『魔法が使えるようになれば国はより豊かになる』と気づいたんだ。そこで、魔法を固く禁じる王や王妃を出し抜いて、この国に革命を起こそうとしている」

「たしかに、生活を助ける魔法が使えたら、人々が豊かになるでしょう。けれど確実に悪用されます。魔法を使った犯罪が多発して国が乱れたために全面禁止された歴史を、第一王子がお忘れになるとは思えませんわ」


「歴史を知ったうえで、『外国では使用されているなら、我が国で解禁しても安全だ』と思っておられる。スート商会も同じ考えだ。我らは共闘しているんだよ」


 共闘といえば聞こえがいいが、アルフレッドがスート商会の手先になっているのは一目瞭然だった。

 王子がむやみに権威をふりかざせば、国民がわりを食うはめになる。


(わたくしがお側にいたならば、そんな愚策はお止めくださいと諫めますのに……)


 以前のアルフレッドなら、優秀な側近たちがいて、彼のやることが度を超さないように苦心していた。第一王子には人望があると評判なのも、献身的な側近がおおいところから来ている。


「第一王子殿下がそうお考えでも、側近たちが認めないでしょう」

「配下は第一王子の側から離れたそうだ。幼い頃からの婚約の破棄を強行したことに怒って、いっせいに辞表を叩きつけたとか。もったいないことをする連中だな」

「なるほど……」


 側近に見放されて、アルフレッドはプリシラの傀儡かいらいになってしまったのだ。

 マリアは、仮面が外れないように注意しながら、隣のレイノルドをチラリと見た。第二王子の彼は、双子の兄が孤立していることを知っていたはず。


(わたくしに、あえて言わなかったのかしら)


 レイノルドの意図を考えるマリアに、男は急く様子で話しかけてくる。


「どうだろう? 投資してもらえるだろうか?」

「今日の勝ち分だけお渡ししましょう。換金をお願いしている最中ですから、ここを出るときに受けとるように話をつけておきますわ」


 得体のしれない投資には近づかない方がいいが、マリアはすでに投資話について詳しく聞いてしまった。この場で拒否すれば殺される可能性があった。

 賛同した振りをしておくのが得策だ。幸い、ここは身分を隠して利用できるギャンブル場なので、マリアの手を介さずにお金を動かすことができる。


 大喜びした男は、マリアの屋敷に契約書を持っていくと言い出した。相手の住所を知っておいて、いざというときのスケープゴートか口止めに使う作戦だろう。


(そうはいきませんわよ)


 マリアは、にっこりと微笑んでパーマシーの屋敷の住所を伝えてあげた。



◇ ◇ ◇



 清々しい風が吹く丘に、マリアとレイノルドは立っていた。

 城下町を見下ろせるここには、『ハートの木』という変わった樹木が生えている。木の根元が二つに分かれて伸びており、互いの枝が折り重なってハート型の枠のように見えるのだ。それにあやかってか、ここに願った恋は必ず叶うと言われていた。


「どうして、わたくしをここへ?」

「今日、あんたを落とすって言っただろ。兄貴との思い出を上書きしてやる」


 ハートの木がある丘は恋人の聖地となっており、ここでプロポーズを経験した民も多くいる。かくいうマリアも、ここをアルフレッドと訪れたことがあった。

 お忍びで、なんてロマンティックな事情ではなく、王子の視察に付き添ったのである。


 当時はお互いに十歳。特にアルフレッドは、恋愛よりも遊ぶことに興味があったので、マリアとは手も繋がなかった。

 ジルや侍女たちから『恋人の聖地』について聞いていたマリアは、ここで婚約者から『好き』と言ってもらえる展開を夢見て、入念にお洒落してのぞんだのだが……。


「上書きしなければならないような特別な思い出はありませんわ。アルフレッド様は、ハートの木に登ってはいけないと分かると、丘を駆け下りていってしまいましたもの」


 木のまえに残されたマリアは、悲しかった。

 悲しいけれど、公爵令嬢たる自分が人前で泣いてはいけないと分かっていたから、涙目でハートの木を見上げて――。


『――泣かないで、マリアヴェーラ』


 忘れ去っていた記憶の奥底から、誰かの声が聞こえてくる。


『ぼくが兄の代理になります。あなたの恋が叶うように、二人で願いをかけましょう』


 あのとき、目を赤くしたマリアの隣で手を組み、一生懸命に願ってくれたのは。

 いつもアルフレッドに付き従っていた、銀色の髪の、大人しい第二王子――。


「レイノルド様……」


 おどろくマリアを見下ろして、レイノルドは優しく目を細めたのだった。

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