38話 おわらせぬ愛憎凶刃
ジーンは集まった魔法使いの中に、模造太陽の実験に参加していた若者たちを見つけて怒鳴った。
「お前ら、誰の許可を得てここにいる!」
ビクッと肩をはねさせる若者を、マリアは腕をかざして守った。
「彼らを招集したのはわたくしですわ。ご意見はこちらでたまわりましてよ」
「いや、私は……」
マリアの機嫌を損ねれば、コベント教授に会うチャンスがなくなる。
短気でも計算はできたようで、ジーンはろくに弁解もせずに口ごもった。
しかし、ルーイの方は黙らなかった。腰にはいた剣に手を当てて叫ぶ、
「なぜ魔法使いをここへ集めたんだ。貴方の目的を教えてくれ! マリアヴェーラ嬢!」
「わたくしの目的は――」
マリアは、不安そうなルクレツィアと視線を合わせて、彼女の手をぎゅっと握った。
「――魔法使いを人間と認め、自由に生き、好きな相手と結婚する権利を与えることですわ。ルクレツィア様は、大公閣下がこれをお認めになれば、タスティリヤとの交換条件をのむと約束してくださいました」
「お父様、魔法使いを解放してください!」
真正面から判断を迫られた大公は、苦渋の表情でうつむいてしまった。
「こんなことになるとは……」
エマニュエル王妃が、ルビエ大公に出した条件は単純だ。
レイノルドをタスティリヤに返せば、食糧を融通するというもの。
そこに、マリアは一つの条件を付加した。
大公だけでなく、ルクレツィアもレイノルドを返す約束をしなければならないと。
しかし、レイノルドを返せば、ルクレツィアは公女として再始動するための手札を失い、魔法使いを解放する目的が果たせなくなる。
今のままでは絶対に合意しないため、エマニュエル王妃はレイノルドを取り戻せず、ルビエ大公は食糧を手に入れられず、ルクレツィアは公女としての面目が立たない。
マリアは、たった一つの条件を加えることで、複雑な三すくみ状態を作り出したのだ。
(自由に動けるのはわたくしだけ。これがわたくしのやり方よ)
自らが仕掛けた罠に、自分の手で解決の糸口を与え、この場を掌握する。
ルクレツィアの懸念である『魔法使いの解放』をマリアが代行し、誰一人として敗者を生み出すことなく、レイノルドを取り戻すのが真の目的だ。
(そのために、ずいぶんと多くの人間を騙してしまったわ)
大公をはじめとしたルビエ公国の貴族には、今のマリアは悪人として映っているだろう。
騙されているのは、集まった魔法使いたちも同じだ。
ミオが作った薔薇の造花にメッセージをたくして、ルビエ公国中に、ルクレツィアに代わってマリアが魔法使いを解放するから共闘してくれとお願いした。
(大公に酷使されていた魔法使いとオースティンが参加すると聞いて、都近辺にいる魔法使いは主に歯向かってまで駆けつけてくれたわ)
自らの目的のためなら大嘘だってつけるマリアだが、虐げられている彼らを利用した分は、恩を返すつもりだ。
マリアは眼光を鋭くして、再び大公に呼びかけた。
「大公、ルビエ公国の転換期が来たのです。魔法使いたちにも平民と同じだけの権利と日常をお与えください」
「ならぬ! タスティリヤの使者に、我が国の何がわかるというのだ。魔法使いは、虐げられるだけの理由があるのだ! それが条件なら、タスティリヤの食糧などいらぬ!」
大公は唾を飛ばして拒否した。
食糧より不変を選んだ大公に、ルクレツィアは落胆した。
「これでもだめですか……」
「あら、勝負はこれからですわ」
愉悦を抑えきれない様子で、マリアはミオを手招いた。
「わたくしの薔薇をいただける?」
「マリア様のはこれだよ」
ミオが手渡してきたのは、魔法使いたちが服につけたのと同じコサージュだった。
マリアは、それを天に高く掲げた。
「大公がわたくしの要求をのまない場合、赤薔薇を身につけた魔法使いを全員、タスティリヤに亡命させますわ」
「なんだと!?」
会場に今まででいちばん大きな動揺が走った。
ルビエ公国は大公一族と貴族によって治められている。
その実、彼らの生活や仕事の大部分は魔法使いに依存しているのだ。
(つまり、魔法使いを取り上げてしまえば、ルビエ公国は崩壊する!)
赤薔薇の印をもって魔法使いを解放しようとするマリアを、若者たちは大いに盛り立てた。
「マリアヴェーラ様は、我々を救うために立ち上がってくださった女神だ!」
「ルビエで虐げられるなら、みんなでタスティリヤへ行こう!」
「マリアヴェーラ様! マリアヴェーラ様!」
魔法使いたちは何度もマリアの名前を呼んで喝采した。
次第に大きくなるかけ声に、ルクレツィアは胸がいっぱいになった。
自分の手では起こせなかった革命の風が、マリアの手によって今、ルビエ公国に吹き荒れている。
魔法使いは虐げられるだけでなく、強い存在なのだと信じてきた。
手を取り合って戦えば奇跡は起こせると信じて、行動して失敗して。
それでも諦めきれなかった景色を、マリアが見せてくれたのだ。
感極まって震える肩をオースティンが抱き寄せる。
「すごいですね。マリアヴェーラ様は」
「ええ。素晴らしい人です……」
勢いを増すマリア信者に押されて、大公は一気に十歳は老いたようにしょぼしょぼと問いかける。
「なぜだ。なぜ、そなたは母国でもないルビエ公国の魔法使いのために体を張るのだ」
「レイノルド様を取り戻すためです」
マリアのローズ色の瞳が揺れた。見つめる先にはレイノルドがいる。
これだけ遠ければ、マリアを視界に入れても頭痛はしないはずだ。
「わたくし、彼に恋しておりますの。離れ離れには耐えられそうにありません」
「マリアヴェーラ……」
気丈に笑うマリアに、レイノルドはきゅっと唇を噛みしめた。
彼女のことは何も覚えていないのに胸が苦しい。体は覚えているからだ。
レイノルドが駆け寄ろうとしたその時、口を引き結んでいたルーイが動いた。
「マリアヴェーラ嬢、私を弄んだのかっ!」
ルーイは、剣を抜いて一足飛びでマリアに斬りかかる。
剣聖の急襲に、近くにいたダグラスもミオも反応できなかった。
「っ!」
攻撃に気づいたマリアは、自分めがけて振り下ろされる剣に目を見開いて硬直した。
死を覚悟したマリアの前に、白銀の影がすべり込んできた。
両手を広げ、体で剣を受け止めたのは――
「レイノルド様……?」
目の前で上がる血しぶきを、マリアはぼう然と眺めた。
衝撃的な光景は、スローモーションのようにゆっくり進んだ。
ルーイとマリアの間に飛び込んだレイノルドは、肩から斜めに斬られた。
赤い血がぶしゃりと吹き出す。
体は、真後ろに傾ぐ。
倒れた体を抱きとめて尻もちをついたマリアは、苦悶の表情を浮かべるレイノルドに必死に呼びかけた。
「レイノルド様、どうしてっ!」
薄目を開けたレイノルドは、マリアの情けない泣き顔を見て小さく笑った。
「……あんたの泣き顔、久しぶりだな」
吐息交じりの優しい声は、マリアを忘れてしまう前の彼の言葉だった。
記憶が戻ったのか。
確認する間もなくレイノルドは気を失ってしまう。
マリアは血まみれの彼を抱きしめて、半狂乱で叫んだ。
「誰か、レイノルド様を助けて!」
 




