7話 まけなしの五番勝負
「これは……」
マリアは広がる光景にあっとうされた。
寂れた外観とは異なり、内部は宮殿のようになっていた。壁に肖像画がかけられ、天井からはクリスタル製の豪奢なシャンデリアが下がっている。
きらびやかな内装とは対照的に、照明は絞られていて辺りはうす暗い。
スタンドで照らされたテーブルには、マリアとレイノルドのように目元を仮面で隠した男女が複数いる。
立っている者は手にアルコール入りのグラスを持ち、テーブルにかけた者の手にはトランプやダイスがある。
どのテーブルにも、蝶ネクタイを付けたスタッフがついている。
ジャラジャラと崩れるコインや、ルーレットを回すコールを聞いて、マリアの頭から血の気が引いていった。
「ギャンブル場ではありませんか。この国では、お金や物品を賭けることは、禁じられていますのに」
「だから、隠れてやってるんだ。人前ではご立派に振る舞っている貴族たちも、こういうところに来て憂さ晴らしをしてる。あんたが知らないだけだ」
「嘆かわしいこと……」
集まっているのは若者が多い。それなりの名家の出と思わしき男性は、仕立ての良いジュストコールをさらしている。
連れられている女性は皆、流行の小花柄のドレスを身につけているので、マリアが埋没しているのは幸いだった。
目立たないのは、エスコートしているレイノルドが、それとなく盾になって周囲から隠してくれている効果もある。
よほどのことが無ければジステッド公爵令嬢だと気づかれることはないだろうが、あまり長居したくない場所だ。
「こんなところに連れてきて、わたくしをどうなさるおつもり?」
「あんた、変な呪いにかかってるみたいだから、荒療治するためにきた」
「呪いなんて身に覚えがありませんけれど」
「自覚がないのが一番こわいんだ。あのテーブルにしよう」
レイノルドは会場の隅にあったルーレットテーブルにマリアを座らせた。
若い男性ディーラーがホイールを回していて、周りに腰かけた客はチップを積み重ねている。マリアは、他のテーブルと違ってここだけ客層が高いのが気になって、レイノルドに視線を送った。
「心配するな。このテーブルだけ他の十倍の勝負ができるだけだ」
「大問題ではありませんか。わたくし、初心者ですのに」
「俺の言う通りに賭ければ大丈夫だ」
ディーラーは、マリアに多額のチップを渡した。
赤と黒の2色に塗られた円いルーレットの溝には、0~36までの数字が書かれている。同じ数字のマス目がテーブルにあり、客は目当ての数字にコインを乗せる。
ルーレットの球が賭けた数字に入れば、倍額の配当が得られる。
ルールは簡単だが、的中させるのは難しそうだ。
「必勝法でもありますの?」
「初心者なら、赤か黒のどちらかに賭けるのがいいが、それではつまらない。0に全額」
「37分の36通りは負けますわよ。わたくしなら……赤に賭けますわ」
言い争っていると、18にチップの半分を置いた老紳士に嗤われた。
「ご令嬢、迷っているとツキが逃げますぞ。ギャンブルと恋愛は直感が大事ですからな。いいと思ったときにつぎ込まないと、チャンスは風のように過ぎ去ってしまうものです」
「ご丁寧にどうも!」
お節介を焼かれてやけになったマリアは、手持ちのチップを全部0のマスにのせた。ディーラーが勝負のホイールを回す。
すると、銀色の玉はマリアが賭けた0に落ちた。
「か、勝ってしまいましたわ……」
「次は19、その次は24、次は7、そのあとは好きに」
レイノルドが囁く通りに賭けると、かならず勝った。おかげで、マリアの手持ちはどんどん膨らんでいく。
あまりの勝負強さに、他のテーブルの客まで集まってきてしまった。
(目立ってはいけないのに……!)
5回目のチップを持ち上げたとき、レイノルドに後ろから抱きしめられた。
「な、なんです、急に……」
「静かにしてろ。左斜め後ろにいる、青いジュストコールの男。あいつは、お前からアルフレッドを奪ったプリシラの従兄弟だ。スート商会の急成長は、ほぼこいつの手柄らしい」
「!」
マリアの手に力が入った。
スート商会といえば、タスティリヤ王国に『魔晶石』を流通させようとたくらんでいる会社だ。パーマシーが騙された投資話の元締めである。
スート商会の取締役はプリシラの父親で、プリシラを通して第一王子アルフレッドを動かし、禁じられている魔法を解禁させようとしている。
レイノルドに顔を向ける振りをして、そっと後ろをうかがうと、シャツの衿を胸元まではだけさせた男性が、化粧の濃い美人を両脇にはべらせていた。
「ここで派手に負ければ、あちらから話しかけてくる。いい投資話がある、今の負けを取り戻して見ないか、と」
「それが目的でしたのね」
レイノルドが、マリアをここに連れてきた理由が分かった。
しかし、なぜレイノルドが勝てるのかまでは見当が付かない。5回目は好きにしていいと言われたので、マリアが好きな数字である5にチップをのせる。
客が置き場を決めると、ディーラーがルーレットの玉を回した。円周にそってくるくると回っていた玉は、速度を弱め――5に入った。
「勝ったわ!」
マリアが見ると、レイノルドは驚いた顔をしている。まさか勝つとは思わなかったのだろう。丸くした目を鋭く尖らせて、ディーラーを睨みつけた。
「お前……」
ディーラーは、それを無視してマリアのチップを増やしてくれた。
「幸運なお嬢さん、お連れの方が怖い顔をしておられますよ。そろそろ上がっては?」
「そうしますわ」
換金を頼んで席を立つ。腕をほどいたレイノルドは「あいつ適当に回したな」と愚痴をこぼした。仕掛けが分かったマリアは呆れてしまう。
「あのディーラーは共犯でしたのね。あなたが言った数に玉が入るような小細工をなさったんでしょう?」
レイノルドは、勝ちを当てたのではない。ディーラーに勝たせてもらっていたのだ。5回目で負ける計画だったので、最後は操らずに回したら、マリアの強運で勝ちを引き寄せてしまったというわけである。
「人を手駒に使うなんて。噂通りの悪辣ぶりですわね。けれど、ご愁傷さま。わたくしは簡単に利用できる令嬢ではなくてよ」
「利用はしていない。ただ、どうせ復讐するなら一枚噛んでいた方が楽しいだろ」
「ふくしゅう?」
マリアが眉をひそめるのを、レイノルドは愉快げに見下ろした。
「――素晴らしい勝ちだったね」
いきなり話しかけられてマリアはドキリとした。
会話に入ってきたのは、プリシラの従兄弟だという男性だった。ニヤニヤした顔つきでマリアの勝負強さをほめたあと、こう切り出す。
「――新しい事業の出資者を探しているんだ。この国で魔法を使えるようになるかもしれない夢のような話に、興味はないかな?」




