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【3/14コミカライズ開始】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい  作者: 来栖千依
第3部

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29話 えっけんは捲土重来

 ルビエ大公は、御年七十歳と高齢だ。

 子どもは公子が七人、公女が五人いて、二十歳のルクレツィアが末子になる。


 大公の三男ルーイは、タスティリヤ王国の王妃の密書を携えてきたダグラスの話を聞いて、すぐに大公に申し入れを行った。


(お兄様とわたくしは、タスティリヤ王国からの使者ということになっているわ)


 日程のすり合わせをしている最中に、ルクレツィアがレイノルドを連れて城にやってきた。

 彼女たちが塔に追いやられたのは、マリアたちの存在を気取られずに大公へ密書を渡すためだったのだ。


 そして今日、ついに大公に謁見する。


 宮廷服に身を包んだダグラスにエスコートされて、マリアは城の大広間に入った。

 ルビエ公国の気候に合わせて持ってきた上質なビロードのサーキュラードレスは、足取りに合わせて美しい陰影を作りながら広がる。


 畳んだ扇を手にして優雅に進んでくるマリアに、集まった貴族たちは惜しみない拍手を送ってくれた。


(ここに集まっているのは、大公一族と上流階級の方々だと聞いているわ)


 真正面の玉座では、白に黒い点が混じったもふもふの毛皮をまとった大公が、歓迎の笑みを浮かべていた。

 大公のそばには、ふくよかな体に毛皮のケープをまとった大公妃が寄り添っている。

 ルクレツィアの母である側妃の姿はない。すでに亡くなっているそうだ。


 壇の下にはジーンとルーイ、他の公子たちが並んでいた。

 こちらもマントや腕章に毛皮を使っている。雪に閉ざされた国だから、温かい毛皮が豊かさの象徴なのだ。


 ダグラスはルーイに目で合図してから、大公に向かってひざまずいた。


「ルビエ大公閣下、ならびに大公妃殿下、お目にかかれて光栄です。私はダグラス・ジステッドと申します。彼女は私の妹のマリアヴェーラです」


 紹介されたマリアは両手でスカートをつまみ、ダグラスより頭の位置が低くなるように深く深くお辞儀する。

 ファサッと揺れる亜麻色の髪に目を奪われた大公は、感心した様子でマリアを褒めた。


「久しぶりだのう、ダグラス殿。妹君もこの雪深いルビエにようこそ。これほどまでに美しい令嬢がいるとは知らなんだ。ぜひ我が息子たちの妃に迎えたいものだ。どうかね、お嬢さん」


「ありがたいお話ではございますが、わたくしには婚約者がおります。タスティリヤ王国の第二王子、レイノルド様です」


 マリアとレイノルドが婚約関係にあると聞き、ジーンは白皙の顔をしかめた。


「ルクレが連れてきた王子じゃないか。あいつは婚約者がいる男を結婚相手として連れてきたのか!」

「怒らないで、ジーン。ルクレが突拍子もないのは今に始まったことじゃないよ」


 清潔感ある短髪をかき上げて、ルーイは大公を振り返った。

 首にかけた青琥珀のネックレスがシャランと揺れる。


「我が友ダグラスが使者となり、タスティリヤ王妃からの書状を運んできました。大公、お受け取りになりますか?」

「しかと受け取ろう」


 ルーイはダグラスから密書を受け取って、壇上へ運んだ。

 書状を開いた大公は、しげしげと読みながら白いひげを撫でる。


「我が息子レイノルドはタスティリヤの次期国王となる王子。必ず国に返してくださるようにお願い申し上げます、と書かれているな」


「大公閣下、恐れながら申し上げます」


 ダグラスは真剣だ。

 ここで大公を説得できるかどうかに、タスティリヤの未来がかかっている。


「レイノルド王子はタスティリヤ王国の宝です。ルクレツィア公女殿下とご結婚されてルビエ公国に留まられれば、小国のタスティリヤは大打撃を受けます」


「それが、何だね?」

「何、ですか……」


 あ然とするダグラスに、大公は大国の主上らしい狡猾な牙をむく。


「ダグラス殿は子どもはいるかね?」

「息子と娘が一人ずつおります」


「そうかそうか。では儂の気持ちもわかってもらえるに違いない。外国に出ていって心配していた末娘が、結婚相手を連れて戻ってきてどれだけ安心したか。はっきり言って、小国が愚王を立てて滅ぼうとルビエ公国は少しも困らん。それよりも、娘が好きな相手と結ばれて幸せに暮らしてくれれば、その方がいいと思わんかね」


「それは、そうですが」


 口ごもる兄の脇を、マリアは肘で小突いた。


(お兄様、ここは丸め込まれていい場面ではありませんわ!)


 大公が末娘ルクレツィアの顔を見て安心したのは本心だろう。しかし、彼女を満足させるために、他国の次期国王を国に留めるのは不誠実だ。


 完全なる国際問題だが、ルビエ公国はタスティリヤ王国のような小国に恨まれてもかゆくも痛くもない。


 たとえ戦争になっても、魔法が使えるルビエ公国の方が圧倒的に有利なので、エマニュエル王妃の要求をのむ理由はないというわけだ。


 大公の身になってみれば、娘をなだめすかして手元で見守りたいのが親心だろう。


(それはこちらの王妃もわかっておいでよ。だから、わたくしを遣わせたのだわ)


 マリアは、すっと立ち上がった。


 使者として謁見するなら頭は低く。

 しかし相手と交渉する場合は、舐められないように大きくでなければならない。


 突然の行動に、ルーイとジーンが目を丸くし、ダグラスは青ざめた。


「何をしている。マリアヴェーラ」

「お兄様、黙っていらして」


 小声でぴしゃりと言ったマリアは、両手を重ね合わせて堂々と微笑んだ。


「ルビエ大公閣下。兄ダグラスに代わりまして、わたくしからもエマニュエル王妃のお言葉を伝えさせていただきます」


「伝言もあるのか?」


「ええ。ですが、その前に……ルビエ公国は今年、穀物が不作だったと聞いておりますわ。貴族の皆さま方はそうでもなさそうですが、都に来る前に滞在した屋敷や食堂では、少ない食べ物をやりくりしていました」


 ループレヒトの屋敷があった村は人口が少ないためか、保存している食糧もわずかだった。

 それを村全体で分け合いながら春が来るのを待ち望んでいる。王都の近くでこれならば、遠い領地や村はもっと苦しいはずだ。


「お兄様が留学していた頃から、食糧問題があったそうですね。ルビエ公国は、なぜ広大な国土と魔法がありながら、わずかな穀物しか収穫できないのか。それは、魔法で気候は変えられないからですわ」


 火炎の猫が雪を溶かして回っているのを見て、マリアは、どうして大規模に炎を当てないのだろうと思った。

 魔法で野焼きのように広範囲に炎を広げるか、村全体を温暖な空気で包んでしまえばいいのではと考えたのだ。


 そのアイデアはミオに却下された。魔法はそんなに万能ではないのだと。


「最近仲良くなった魔法使いが言っていました。大地や空といった自然に影響を及ぼすような魔法はないと。自然の力は大きくて人間が小手先で操作できないため、植物の生育は自然に任せるよりありません。ですから、ルビエの短い春と夏、あっという間に過ぎる秋では、国民全体が満足に食べられる量を収穫できないのです。そうですね?」


 図星をつかれた衆目に動揺が走った。

 ルーイは、困惑ぎみに紫色の目を細める。


「そうだね。そのせいで、ルビエ公国は毎年のように飢饉にさらされている。飢餓で大量の死者が出た年もあった。その時は、城に貯蔵されていた食糧を配給しようとしたけれど、大雪が降って大量の荷を運ぶのは不可能だったんだ」


「それはお気の毒でした」


 悲嘆いっぱいに告げて、マリアは口元を扇で隠した。


 寒冷地ゆえに食糧問題を抱えたルビエ公国に対して、小国ながら温暖なタスティリヤ王国が勝負を仕掛けられるのはここだ。


「それを踏まえて、タスティリヤ王妃のお言葉をお伝えします。ルビエ公国が望むなら、我が国から毎年決まった総量の穀物を、ルビエ公国に優先的に運び入れる用意がありますわ」


「ほう」


 大公の表情が変わった。

 今までは、どこかダグラスとマリアを見下すような視線であったのが、前のめりで食らいつく。


(王妃殿下の先見の明ね)


 今年のタスティリヤは暑かったが大陸の北の方は冷夏だという情報を掴んでいた王妃は、これを交渉の好機だと読み、マリアに調停役をするように命じたのだ。


(密書はあくまで大公と謁見するための小道具。本来の目的はこちらだったのよ)


 ダグラスには悪いが、ここからはマリアの独壇場だ。


「大公がレイノルド様を返してくださるなら、毎年ルビエ公国の国民が飢えずに一冬過ごせるだけの食糧を、他国に売り渡す三分の二の値段でお運びしましょう。ただし、この取り決めに関しては、大公閣下ならびにルクレツィア様に同意していただかなければなりません」


「ルクレツィアにもか」


 ジーンが忌ま忌まし気に呟く。

 たとえ大公が同意しても、ルクレツィアがレイノルドを手放すのを嫌がれば意味がない。


(彼女は、ふびんな魔法使いたちを救おうとしたせいでルビエ公国内での立場が危ういわ。ここで、何かしらの功績を噛ませておかなければ、この後の手が打てなくなる)


 マリアの意志の強さが伝わったのか、大公は泰然とした様子で王妃や公子たちを見た。


「誰ぞ、ルクレツィアを説得できる者はいるか?」


 公子たちも貴族たちも、そして大公妃も首を振った。

 それだけで、いかにルクレツィアが生まれ故郷で孤立していたかわかる。


 彼女がレイノルドに固執するのは、何も掴めない手で大きな事柄を成し遂げるためなのだ。


「大公閣下。わたくしがルクレツィア様とお話いたします。タスティリヤではお茶をご一緒した仲なのですわ」


 短時間だけだけど、とは言わないでおく。


 ジーンが「使者に行かせるくらいなら私が!」と慌てたが、マリアに考えがあると見抜いたルーイが止めた。


「大公、ダグラスの妹君はかなり聡明で、国で評判だったそうですよ。ここは彼女に託してみませんか。もしもルクレツィアが抗議したら、そのときはまた魔法使いを仕向けましょう」


「そうだな。マリアヴェーラ殿、よろしく頼むぞ」

「かしこまりました」


 マリアは深くお辞儀しながら、心の中で舌を出した。


(貴方たちに手出しはさせないわ)


 レイノルドの記憶を取り戻し、ルクレツィアとオースティンを救うため、マリアはいよいよ動き出した。

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