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【3/14コミカライズ開始】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい  作者: 来栖千依
第3部

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11話 よこどられ令嬢慟哭

 レイノルドから贈られたドレスを身にまとって、マリアは、姿見の前に立った。


 肌はふっくら柔らかそうな質感を取り戻した。

 髪は頭頂部でシニヨンを作って蝶の飾りをつけ、残りは下ろしている。

 入念なトリートメントで絹のような指通りになったので、シャンデリアの明かりを受けて艶やかに輝くはずだ。


 しっとりとした艶を放つ真珠色の肌に、サファイヤ色のドレスはよく似合った。

 これで舞踏会場に降り立てば、誰もがマリアこそ今日の主役だと思うだろう。


「なんとか間に合ったわね」


 時計を見ると午後六時を過ぎている。

 そろそろレイノルドが迎えに来てもいい頃だ。


 玄関ホールに下りたが、待っても待っても馬車はやってこなかった。


(何かあったのかしら?)


 トラブルか。それとも事故だろうか。


 嫌な予感がして、マリアはジステッド公爵家の馬車で会場に向かった。


 辺りはもう暗い。

 すれ違うランタンをぶら下げた馬車は、招待客を運んだ帰りだろう。台数が多いのは、タスティリヤ王国の有力者も招待されているからだ。


 高いヒールを鳴らして会場に入ったマリアは、きょろきょろと辺りを見回した。


(レイノルド様は……)


 まだ来ていないようだ。

 巨大なシャンデリアを吊り下げたダンスホールには着飾った男女が多数いたが、美しい銀髪は見えなかった。


(事故だったらどうしましょう。誰かに確認しようかしら)


 事情を知っていそうな人間を探すと、国王と王妃の姿が壇上に見えた。

 二人ともマリアには目もくれずに、周囲の貴族たちと歓談している。


 和やかな様子なので、レイノルドに何かあったわけではないようだ。

 となると、遅刻だろうか。宮殿に迎えに行った方がよかったかもしれない。


 マリアは、知り合いの貴族令嬢がいるのを見つけて声をかける。


「こんばんは、お聞きしたいことがあるのですけれど――」


 その時、ざわっと会場が揺れた。


「第二王子殿下とルクレツィア公女殿下が到着されました!」


 案内の声に続いて会場に入ってきたレイノルドは、王子の正装を身につけていた。

 手袋の先でエスコートするのはルクレツィア。


 彼女の姿を見た瞬間、マリアの血がさーっと引いた。


(え……?)


 ルクレツィアは、レイノルドの瞳色のドレスを身にまとっていた。

 銀糸の刺繍もスカートの広がりも、マリアとまったく同じデザインのドレスを。


 それに気づいた招待客たちは、マリアと距離を取って小声で話し始めた。


「国賓であるルビエ公女殿下と同じドレスだなんてけしからん」

「レイノルド殿下を取られた腹いせに嫌がらせしたのでは?」

「まあ、婚約者から心変わりされたという噂は本当だったのね」


 陰口に耳を澄ましながら、マリアは扇をぎりぎりと握りしめた。


(やられた!)


 他の招待客は、ルクレツィアがサファイア色の衣装で来ると掴んでいたのだろう。

 その証拠に、誰一人として青を身にまとってはいなかった。


 外国の公女と公爵令嬢では公女の方が格上になる。

 上流階級の儀式やパーティーでは、装いが被らないように、下の者が違う色をまとうのが暗黙の了解だ。


 ルクレツィアとマリアが同じドレスを着たら、顰蹙を買うのはマリアである。


 恐らく、このドレスの送り主はレイノルドではない。ルクレツィアだ。

 マリアはまんまと罠にはめられた。


(わたくしを貶めたのは、レイノルド様が自分に乗り換えたとアピールするためだわ!)


 忌ま忌ましげにルクレツィアをにらんだマリアは、はっとする。

 レイノルドが嫌悪感をむき出しにしてこちらを見ていた。


 誤解されていると気づいて、慌てて近寄る。


「レイノルド様、違うのです! このドレスは、貴方のお名前でジステッド公爵家に届いたもので、ルクレツィア様と同じとは知りませんでしたの!」


「嘘をつくな。礼儀知らずが。ルクレツィア公女殿下、我が国の者が失礼した」


 レイノルドが目を伏せて謝る。

 彼が見ていないのをいいことに、ルクレツィアはマリアに向けてにいっと唇を引いた。


「私は少しも気にしていません。ですが、レイノルド様が悪いことをしたと思ってくださるなら、今日は私とだけ踊ってくださいませんか?」

「そんなことでよければ」


 マントをひるがえして、レイノルドはホールの中央へ向かう。

 オーケストラの伴奏に合わせてワルツを踊り始めた二人に、会場は釘付けになった。


 いずれ国を継ぐと約束された美貌の王子と、大国からやってきた妖精のような公女。

 ターンするたびにふわりとなびくドレスの色は、王子の瞳を写し取ったよう。


 夢のように美しい光景を、国王と王妃も満足げに眺めている。

 胸を痛めているのはこの広い会場でマリア一人だけ。


(わたくしは必要ないのね)


 レイノルドと踊るのも、彼のまなざしを一身に受けるのも、マリアでなくていいのだ。

 これからタスティリヤの人々は、可憐なルクレツィアに熱狂して、レイノルドとの結婚を望む声は高まっていくだろう。


 そうなれば、もはやマリアになすすべはない。


 脱力して、マリアは踵を返した。


 ホールの外に出て、人気のない控室に入ったところで、ストンと床に腰を下ろす。


 そして、すーっと深く息を吸い込むと、


「うぇええええん、レイノルドさまぁ!」


 卒業パーティーの後、裏庭の奥の奥でしたみたいに大声で泣き出した。


「わたくしのことを大好きだって言ってくださったのにぃいい! 嘘つきぃいいい!」


 涙をボロボロこぼして泣きわめくと、控室のすみで人影が動いた。


「なんだなんだ大声を出して。って、貴方かマリアヴェーラ!」


 泣き声を聞きつけてやってきたのは、アルフレッドだった。

 レイノルドと色違いの正装で、緋色のマントを肩掛けにしている。


「アルフレッド様、ダンスホールにいなくてよろしいのですか?」

「あそこにいると私は針のむしろになる。第一王子なのにレイノルドの側近の側近として働いている私に、親切な貴族がいるわけないだろう?」


 それも自業自得だ、とアルフレッドは開き直った。

 愚かな王子だと思っていたが、役割を与えられて努力するうちに、少しは自分を客観視できるようになったようだ。


「貴方が泣いているのは、レイノルドがルクレツィア公女殿下を連れているせいだな?」

「……いいえ」


「違う? では何が理由なんだ」

「相手の術中にはまって、恋人を奪われた悔しさにですわ!」


 ドン! とマリアは、拳を床に叩きつけた。

 すさまじい勢いに、アルフレッドがぎょっとするが火がついた憤りは止まらない。


「このドレスはレイノルド様の名前で届きましたの。てっきり、彼がわたくしに贈ってくれたと思い込んできて来たらば、ルクレツィア様が同じドレスをお召しになっていました。わたくしを礼儀知らずの捨てられ婚約者に仕立て上げるために、彼女がわざと送ってきたに違いありませんわっ!!」


 悔しくてバンバンと床を叩きながら、マリアはわんわん泣いた。


「レイノルドさまぁ、その女は悪女なんですのよぉ! うえぇええん!!」


「れ、レイノルドをかけて女の闘いが繰り広げられていたんだな……。高嶺の花と呼ばれた貴方がこんな風に感情をあらわにするとは知らなかった。大声を出しては、みっともなく泣いている姿を誰かに見られてしまうぞ。私が拭いてやろう」


 若干引いた顔でハンカチを取り出したアルフレッドの手首を、マリアはぱしっと掴んだ。


「ひえっ!?」


「アルフレッド様。レイノルド様は、今日のルクレツィア様のドレスに関わっていらっしゃいましたか……?」


「急に真顔にならないでくれ! レイノルドは何も知らなかったはずだ。最近は執務室に近づくのも難しいが、彼女のドレスを見て自分と同じ色だと呟いていたから間違いない」


「近づくのが難しいのは、何か理由があるんですの?」


「気味が悪くてな……。レイノルドと他の側近たちが、まるで貴方を忘れたようにルクレツィア公女殿下相手の結婚式の準備を始めているんだ」

「何ですって?」


 思いがけない話に、マリアの涙は引っ込んだ。


 来年の春に予定されているマリアとレイノルドの結婚式は、国を挙げての儀式である。

 準備も相応に進められてきたが、ルクレツィアがやってきたせいでスケジュールは遅れている。


 そんな状況で、なぜルクレツィアとの式を並行して準備し始めたのか、まったく意味がわからない。


 アルフレッドは、途方に暮れた顔でマリアの向かい側に腰を下ろした。


「私はどうにも納得できない。ルクレツィア様は素晴らしい女性だが、あれほどマリアヴェーラ一筋だったレイノルドが心変わりをするだろうか。たしかに彼女は美しいし、私も惚れそうになった。けれど、レイノルドは見た目で人を判断しない。大切な人間を邪険にしない。今のあいつは別人のようで、とても心配だ」


「アルフレッド様……」


 彼がこんなにもレイノルドを気にかけているとは知らなかった。

 やはり双子というのは、性格や考えが違ってもどこかで繋がっているのかもしれない。


 アルフレッドは、様子のおかしいレイノルドを思い出してため息をつく。


「私とレイノルドは幼い頃から一緒に育ったんだ。弟に異変が起きているのはわかる。そのせいで貴方が苦労していることも。私に何かできることはあるだろうか?」


「できること……」


 マリアの唇が震える。今の状況で何ができるのかわからない。

 でも、願いは途方もなく湧き出てくる。


「……以前のレイノルド様を取り戻したいです」

「協力しよう。まずは、レイノルドに何が起きているか確認しなければな。私は推測が苦手なので貴方に頼みたい」


「で、ではレイノルド様のスケジュールと、ルクレツィア様との接触回数を教えてください。できれば二人の会話の内容も」

「そんなことでいいのか。任せてくれ。この第一王子アルフレッドに不可能はない!」


 力強く言い切って、アルフレッドはマリアと固い握手を交わした。


 学園にいた頃はマリアがアルフレッドを支えていた。

 しかし今は、彼がマリアの力になってくれる。味方でいてくれる。


「ありがとうございます。アルフレッド様」


 感謝の気持ちで胸が温かくなった。

 同時に、ルクレをやり込める実行部隊は、マリア自身でなければならないと思う。


 アルフレッドはタスティリヤ王国の第一王子だ。

 これ以上の醜聞は、彼自身の身の破滅を招く。


 マリアは、涙をぬぐって遠くの歓声を振り返った。


「高嶺の花がなぜ手折られないか、思い知らせてやりますわ」

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