3話 てちがいの緊急来訪
宮殿の謁見の間にはそうそうたる面々が集結していた。
玉座に腰かけた国王と王妃をはじめ、段下には正装でめかし込んだ第一王子と第二王子、さらには宰相までいる。
(ルビエ公国は大陸の北部に広大な国土を持つ大国。タスティリヤ王国のような小国が無下にはできない相手だわ)
王子たちの背後に並んだ側近のそばで、マリアはこの事態を冷静に見守っていた。
国王に深くお辞儀をしているのは、光の像で見た通りの姿をした線の細い少女だった。
彼女こそ、ルクレツィア・アンバー・ルビエ公女殿下。
白い髪は蜘蛛の糸のように細く、姿勢を戻すと片腕に閉じ込められそうなほど細い腰にまとわりつく。
目じりの下がったおっとりした顔立ちは世間知らずの公女らしい。
国王に向ける紫色の瞳は、光の加減で砂金がきらめいているように見えた。
そのせいか、人間らしからぬ雰囲気をたたえている。
まるで、妖精の国の女王。
魔法がかかっていた青琥珀のブレスレットは、今にも折れそうな右手首にかかっていた。
「タスティリヤ国王陛下ならびに王妃陛下、お目にかかれて光栄です。私はルビエ公国からまいりました、ルクレツィアと申します」
(なんて美しい声かしら)
ルクレツィアの声は、鉄琴のように高く澄んでいた。
名乗りに合わせて伏せたまつ毛は、マリアの位置から見えるほど長く、三日月のようにくるりと丸まって艶めいている。
いかにも公女らしい容姿と立ち居振る舞いを見て、国王は生半可な扱いはできないと息をのんだ。
「ルクレツィア公女、よくぞおいでくださった。しかし、なぜタスティリヤに?」
「我がルビエ大公家では、勉強のために一生に一度は他国へ行くように推奨されております。雪深い国で育った私は、一年中花が咲き乱れる温暖な国への憧れがあったので、タスティリヤ王国を滞在先に選びました。ルビエ大公から手紙を差し上げたはずですが……。そうよね、オースティン?」
きょとんとしたルクレツィアは、後ろに控えていた従者に問いかけた。
執事服を着たオースティンは、狐のように細い目の青年をさらに細め、抑揚にとぼしい声でもって答える。
「タスティリヤ国王宛ての書状は、一か月前に送られたと記憶しております」
質問に慣れている様子を見ると、二人は付き合いの長い関係のようだ。
オースティンの言葉を聞いて国王と宰相の顔色が変わった。
側近たちにも緊張感が走り、マリアの肌をピリピリと刺す。
(まずいわね)
通常、国主への書状は送り主の使者が厳重な警戒のもとで運ぶ。
途中でなくしたり盗まれたりするのを防ぐためだ。
ルビエ大公も書状を信頼のおける使者に送らせているはずだ。
それが届いていないということは、タスティリヤ王国内で使者が任務を遂行できない状態になったか、もしくは届いているのに国王が無視したかだ。
使者が入国したら、騎士団を護衛につけるのがタスティリヤの習わし。それなのに、今回は動いていない。
公女ほどの要人の移動も補足していなかったとなると、国境との連絡不備を認めざるを得ないだろう。
マリアの予測通り、国王は申し訳なさそうに謝った。
「書状に関してこちらの不手際があったようだ。国を代表して謝罪しよう。ルクレツィア公女のタスティリヤ王国滞在を心から歓迎する」
「ありがとうございます。ついでと言っては何ですが、一つお願いがあるのです。私を王妃様の侍女にしてくださいませんか?」
ルクレツィアの申し出に、王妃エマニュエルは自慢の美貌を曇らせた。
「まあ……。それはどうしてですの?」
問いかけられたルクレツィアは、両手を組み合わせて目を閉じた。
「ルビエ公国にいた頃、王妃様の噂をよく耳にしました。その美しさと振る舞いはアカデメイア大陸で他に並ぶ者がいないと。私もそんな風になりたいのです。侍女として仕える代わりに、王族としての生き方を教えていただけないでしょうか」
「ですが、大国の公女を侍女として使うわけには……」
難色を示したエマニュエルに、マリアは同情した。
たとえ本人たっての希望だろうと、力関係ではるかに上にいるルビエ公国の公女を使用人の立場にはすえられない。
使用人扱いをルビエ大公が許すとは思えないからだ。
(もしも彼女の言う通りにすれば、いらぬ火種になる可能性があるわ)
「いいじゃないか!」
いきなり国王が両手を打ち鳴らしたので、マリアはぎょっとした。
国王は、こいつ正気かという顔つきの妻をどうにかして懐柔しようと、不自然な笑顔で言いつのる。
「お前のそばで勉強したいと言うんだから、少しだけ面倒を見てやってはどうだ? な、いいだろ? いいだろ??」
「え、ええ……。陛下がどうしてもおっしゃるなら」
王妃はしぶしぶと言った様子で受け入れた。
(聡明な方ではあるけれど、調子に乗りがちなところはアルフレッド様の父という感じね)
普段これを諫めているエマニュエルに感服すると同時に、マリアは冷めた目でルクレツィアを見る。
弾けるような笑みを浮かべて喜んでいる世間知らずの公女様。
妖精のように愛らしい姿に、国王はデレデレと、アルフレッドや側近たちも見とれている。
けれど、マリアはわずかな違和感をぬぐえなかった。
(……見た目通りの清廉な人物に思えないのはなぜかしら)
ルクレツィアの雰囲気は、マリアが大好きな甘くてかわいらしい物と似ているのに、それらから感じる幸福感がない。
まるで、とびきり甘い悪夢を見ているときのような、夢みたいな詐欺話にのせられたときのような、心のどこかで鳴る危険信号を無視して手に入れた偽りの愛に溺れるような気分――
眉をひそめていたら、ルクレツィアの視線がこちらに向いた。
(?)
しかし、それも一瞬のこと。
彼女はレース仕立てのドレスをつまみ、うやうやしくお辞儀をする。
「それでは、しばらくよろしくお願いいたします。国王陛下、王妃様、それに双子の王子殿下たちも」




