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2話 うそまこと公女殿下

 マリアの婚約者である、第二王子レイノルドの話をしよう。


 彼はオオカミのような白銀の髪に、凪いだ海より青い瞳を持つ青年で、大勢でいるより一人きりでいることを好む。

 頭脳明晰で身体能力も高く、しかし町の小悪党とつるんでいた過去があって〝悪辣王子〟と呼ばれていた。


 不良になったのは環境のせいだ。

 レイノルドの周囲にいたのは、無能な兄をちやほやする父王や側近たち。

 自分を見てくれない彼らに愛想をつかして街に下りるのも仕方がなかった。


 けれど、それも過去の話。

 現在の彼は、いずれ国王となるために日夜勉強に明け暮れている。


 双子の兄アルフレッドが持っていた継承権第一位の座を与えられたのは、そうなるようにマリアが働きかけたからに他ならない。


 レイノルドが国王に。

 そしてマリアが王妃に。


 遠くない未来を目指して、二人は離れていても切磋琢磨していた。

 

(今日はレイノルド様にお会いできる日!)


 ジステッド公爵家で暮らしているマリアがレイノルドに会えるのは、もっぱら来年に迫っている結婚式の準備を行う日だ。


 カレンダーに記したこの日に向けて、マリアはコンディションを整える。

 恋人に肌荒れやクマなんて見せられない。


 身につけた三段フリルのツーピースドレスは下ろしたてだ。

 レイノルドに一番に見てほしくて今日まで着るのを我慢してきた。


(かわいいと言ってくださるかしら)


 髪飾りに大きめのリボンを選び、胸元にはスズランのブローチを付けたマリアは、そわそわと宮殿に向かった。


 馬車を降りると、ちょうど扉が開く。

 そこに立っていたのは会いたかった張本人。


「レイノルド様!」


 まさか玄関で会えるとは思っていなかった。

 びっくりするマリアの手を、レイノルドは、そうするのが当たり前のように取って指にキスをする。


 柔らかく触れる感触に、鼓動がはずむ。


「予定より早かったな。道中、何もなかったか?」

「ええ、何も。レイノルド様は……」


 レイノルドがいつもいる執務室からここまではかなりの距離だ。

 馬車が到着したと一報を受けて移動しては、この速さで姿を現すことは不可能である。


「ひょっとして、ここでわたくしの到着を待っていてくださったのですか?」


 問いかけると、レイノルドの薄い頬にほんのり朱が差した。

 きまり悪そうに目を細めて、歪んだ口元を腕で隠す。


「別にいいだろ。早くあんたの顔を見たかったんだから」


 思いがけない照れ顔に、胸がきゅ~~んと締め付けられた。


 かわいいという言葉をありがたがる男性は少ないだろう。

 でも、今のレイノルドは絶対かわいい。


「わたくし、レイノルド様のそういうところが大好きです」

「どういうところだ」

「いつか教えて差し上げますわ。結婚式の打ち合わせに遅れてしまいますから、早くまいりましょう」


 マリアがレイノルドの手に手を重ねたとき、急に正門の方がざわついた。


「なんだ?」


 控えていた側近も知らないようだ。

 正門を守っていた衛兵が慌てて駆けつけてきて、レイノルドにひざまずく。


「申し上げます! 正門の前に、宮殿に入りたいと交渉する馬車がおります。乗っているのは女性。ルビエ公国の公女だと名乗っています!」


 ルビエ公国といえばアカデメイア大陸の極北に位置する大国だ。

 広大な国土のほとんどは永久凍土という寒い国で、温暖なタスティリヤ王国とはだいぶ離れている。


「レイノルド様、ルビエから要人がやってくる予定なんてありまして?」

「ない。が……もしも名乗った通りだった場合、宮殿に入れなければ問題になる。身分を証明する物は持っていたか?」


「はっ。こちらを見せればわかるそうです」


 衛兵の手のひらにはブレスレットがのせられていた。

 武骨な手には似合わない繊細な作りに、マリアの視線が吸い寄せられる。


「青琥珀だわ……」


 ブレスレットは、透明な宝石をつなぎ合わせていて、その一粒一粒の中で金の粒子がキラキラと輝いている。


 これは正確には宝石ではなく化石だ。

 太古の樹液が長い時間をかけて変質したもので、本来は飴色をしているが青琥珀は無色透明なのである。


「青琥珀は、ルビエ公国でしか産出されない希少な品ですわ。あまりに希少すぎて市場には出回りません。わたくしもこれまでに一度しか見たことがございませんわ」


「公女が持つには十分な品と言うことか」


 何気なくブレスレットを手に取ったレイノルドは小首を傾げた。


「青琥珀なのに青くないんだな」

「太陽の光に当てると青くなるのです」


 言われて玄関に進み出たレイノルドは、降り注ぐ光にブレスレットをかざした。

 宝石はぽわっと青い色味を帯びたかと思うと――突然、光を照射した。


「これは魔法?」


 石畳を丸く照らした光が、ずずずっと盛り上がって人の形になる。


 ドレスを着た細身の女性の姿だ。

 女性はスカートをつまんで深くお辞儀している。


『――突然の訪問をお許しください。私はルビエ公国の第五公女、ルクレツィア・アンバー・ルビエ。タスティリヤ王国の国王陛下にお目通り願います』


 砂嵐のようなノイズ交じりの声は若々しい。


 ブレスレットを握っていたレイノルドは、光の像から目を離さずにマリアに問いかけた。


「ルビエ公国は確か、魔法が使われている国だったよな」

「ええ。魔法によって大国に発展したとも言われておりますわ」

「となれば、相手は本物の公女か……」


 レイノルドは光の像が薄れるのを見届けて、声高に命じた。


「馬車を通せ。相手の身柄はまだはっきりとしないが、国賓と同等の扱いでもてなす。……マリア、すまない。今日の打ち合わせはキャンセルだ」


 眉を下げられたが、マリアは少しも気にしていなかった。


「できましたら、その謁見を見学させていただくことはできませんか?」


 レイノルドと結婚して王家に入る身として、国賓への対応が見られる機会は逃せない。


「いつか王妃になったとき、国の恥とならないように経験を積みたいのです」

「本当にお勉強好きだな、あんた。交渉してみよう」


 レイノルドは、恋人を出会い頭に帰さずにすんで、どこかほっとした様子だ。

 彼がマリアを大切にしていることは、スズランのラベルピンから十二分に使わってくるのに。


(さて、ルビエ公国の公女殿下とはどんな方かしら)


 マリアは甘い恋人から凛とした公爵令嬢の顔になって、正門の方角を見つめる。

 うまく挨拶できるかしらと、のん気に考えながら。

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