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2話 せいじょは結婚反対

 天使の天井絵が描かれたサロンには、色とりどりのドレスでめかし込んだ令嬢たちの姿があった。

 白いクロスを引いた長テーブルで、薫り高い紅茶をすすり、三段皿にもったケーキや焼き菓子を口に入れながら、とりとめもない会話に興じている。


「ねえ、お聞きになりまして。稀代の悪女の噂!」

「ジステッド公爵令嬢のことなら、第一王子に婚約破棄されて、即座に第二王子へ乗り換えられたとか」

「王子の婚約者としてチヤホヤされるのが、そんなにお気に召したのかしらねぇ」


 可憐な顔をよせる様子は小鳥のようなのに、話題はえげつなかった。可憐なケーキとは食いあわせが悪そうな噂が、テーブルのあちらこちらで飛びかう。


「王位継承権を第二王子に横取りさせるために、第一王子の恋人を魔法でおじさんに変えて、心神を衰弱させてしまったって本当なの?」

「本当よ。あたし、その場面をこの目で見たわ!」


 取り皿に銀のフォークを投げ出した一人の少女に、令嬢たちは好奇の目を向けた。


「ネリネ様は、第一王子の婚約式典にご出席されておられましたわね」

「当然でしょう。あたしは、この国でたった一人の〝聖女〟なのよ?」


 肩先で切りそろえた髪を手で払ったネリネは、預言の力を持っているとして、王家に召し抱えられている。

 大きな吊り目が印象的な小柄で、子猫のように無邪気な愛らしさを持った少女だ。聖女らしく白いドレスを身につけているが、お淑やかと言うより気まぐれそうな雰囲気が強い。


 庶民の出ながら貴族の子息が集まる学園に通っていて、婚約こそしていないものの第二王子レイノルドとの結婚は確実だと、社交界で囁かれていた。


「アルフレッド様にフラれたから、今度はレイノルド様を誘惑するなんて、ジステッド公爵令嬢ははしたないわ。あんなの高嶺の花じゃなくて、枯れどきを知らない毒花よ。あたし、あんな女を未来の国母とあがめるなんて嫌! あなたたちもそうでしょう!?」

「ええ。もちろん」

「私たちはみんな、ネリネ様の味方ですわ」


 令嬢が心にもなく同調すると、ネリネは満足そうな顔で席を立った。


「まあ、うれしい! 今日は、みんなに新しい肖像画を見せたいと思ってきたのよ。流行の肖像画家レンドルムに描いてもらったの。彼の手にかかると、どんな冴えない男も煌びやかに、美しい女はより美しくなるという噂通りの実力だったわ!」


 お世辞で「見たい」と盛り上がる令嬢を引きつれて、ネリネは別室に向かった。


 サロンの場となっている王家の別邸は、後見する芸術家が個展を開くギャラリーになっていて、現在は、レンドルムが描いた肖像画が展示されている。

 持ってきた肖像画は、家臣に命じてギャラリーのメインルームに飾らせた。


「ここよ!」


 ネリネがメインルームの扉を開くと、中には先客がいた。


 体のラインがはっきり出るタイトなドレスを着こなし、鼻筋の通った横顔をさらして絵を見上げる女性は、まるで彼女こそがギャラリーのメインのようだ。

 とびきり美しく描いてもらった肖像画のなかのネリネを、背景にしてしまえるほどの美貌の持ち主は――。


「マリアヴェーラ・ジステッド……!」


 ネリネが震えながら名を呼ぶと、マリアは気づいて振り向いた。


「こんにちは、ネリネ様。まさか、こちらでお会いできるとは思っておりませんでした」


 姿勢を低くしてお辞儀するマリアに、ネリネは内心で毒づく。


 なぜ、よりにも寄って火事場の泥棒猫が、このギャラリーに。

 しかも令嬢たちが集まってお茶会を開く今日、ここにいるの。


 チラリと令嬢たちを見ると、みんなバツが悪そうに縮こまっている。せっかく楽しく悪口を言っていたのに、当の本人が堂々と目の前に現われたから興ざめだ。


「あたしも、ここでお会いするとは思いませんでしたわ! ジステッド公爵令嬢ともあろう者がエスコート役もなく一人で町をぶらぶらだなんて、レイノルド様と喧嘩でもなさったのかしら?」


「レイノルド様とはとても良い関係を築けておりますし、もしもわたくしがギャラリーに行くと手紙に書いたら、忙しい合間を縫ってエスコートしてくださったでしょう。そうしなかったのは、一人で確認したいことがあったからですわ」


 マリアは、ネリネの後ろに連なった令嬢に視線を向けた。


「最近、わたくしを面白おかしい異名で呼ぶ輩がいるそうですわね。貴族のご夫人たちに話をうかがったら、ここのギャラリーで開かれる令嬢サロンから広まったと分かりましたの。皆さま困っておいででしたわ。娘が口さがなくて恥ずかしいと」


 何名かの肩がビクッと震えた。恐らく、サロンで聞いたあだ名を、家に帰って使用人に話してしまった令嬢だ。


(口は禍のもとと言いますけれど、まさか本人が探り当てるとは思わなかったでしょうね)


 彼女たちの不幸は、当のマリアが悪口に憔悴しょうすいするような気弱ではなく、売られた喧嘩は残さず買う主義だったことである。


「わたくし困っておりますのよ。だって貴方たちが広めた異名ときたら、〝稀代の悪女〟〝火事場の泥棒猫〟〝枯れぎわを知らない毒花〟……センスの欠片もない名前ばかり。どうせなら、もっと悪役めいた名前を考えていただきたいの。発案者はどなた?」


 マリアがにこやかに追求すると、令嬢たちはネリネからそっと離れた。

 まるで、この人がやりました、と指し示すように。


「な、なによ、あたしがやったっていうの? 悪口を考えたのはあたしでも、喜んで使ったのはあんたたちじゃない!」


 憤慨したネリネは、顔を真っ赤にして扇で令嬢を叩き始めた。

 悲鳴を上げる令嬢を見ていられなくて、マリアはツカツカと歩み寄る。


「令嬢への八つ当たりはお止めください、ネリネ様」

「うるさい!」


 バシッ、とマリアの頬に扇が当たった。

 玉の肌が傷ついたのを見て、ネリネは、はっと我に返る。


「あ…………」

「聖女らしくない行いはつつしむべきでは? 行き過ぎた我がままを振りかざしていては、いつか心から後悔する日が来ますわ」


 第一王子の婚約者として持て囃されていたマリアが、婚約破棄されると一転してイジメを受けたように、一度でも賞賛のタガが外れてしまえば聖女だって標的になる。


 味方に付くはずの貴族令嬢からヘイトを溜めている現状では、その日は遠からず来ると、マリアにも予想がついた。


「仲間外れの恐ろしさは、わたくしの悪評を流した張本人が誰より分かっていらっしゃるはず。誰がやったか分からないように相手を貶める手段はいくらでもありますのよ」

「偉そうに……! それであたしを脅しているつもり?」

「つもりではありませんことよ――ああ、痛い!」


 マリアは、頬の傷に手を当てて、オーバーに背を丸めた。


「なんて酷いことをなさるのです、ネリネ様! わたくしの顔に傷が付いたら、レイノルド様はお怒りになるでしょう。ネリネ様は国王陛下からお叱りを受け、加担した令嬢たちはお仕置きを受けることになるかもしれません。例えば、反省するまで家から出してもらえなかったり、年老いた貴族に無理やり嫁がされたり……」


 名演技におののいた令嬢は、いっせいに「やったのはネリネ様ですわ!」「わたくしたちは被害者です」「悪口は聖女のご命令で広めました」と口にする。


 誰一人としてネリネの味方にはならない。

 この調子では、サロンが解散次第、聖女が第二王子の婚約者に怪我を負わせたと、声高に喧伝けんでんして歩くだろう。


 追い込まれたネリネは、怒りでプルプルと震える。


「あんたたち不敬よ! あたしが国王の後見を受けている聖女だと忘れたの!?」

「ご自分の立場をお忘れなのは、ネリネ様の方では」

「は?」


 あ然とするネリネに、マリアは憐れみの視線を向けた。


「少し未来が分かるだけのくせに、威張っても許されるなんて勘違いもはなはだしいですわ。お側にいる令嬢たちはみんな、お腹の底でネリネ様に不満を抱えておいでです。王家が守っているから手が出せないだけで、貴方自身を尊んでいるわけではありません。このままでは、いずれ誰にも相手にされなくなるでしょうね」


 マリアは、学園内で威張ったりはしなかったが、心から打ち解ける友達は少なかった。〝高嶺の花〟と持ち上げられていた分だけ、周りより高いところにいたからだ。


 聖女として崇敬されているネリネもまた同じ。真の友達を作るのが難しいのに、さらに嫌われる真似をしていては、いつか大きなしっぺ返しが来る。


「ネリネ様、心を入れ替えてくださいませ。心からの謝罪をいただけましたら、聖女の主導で悪評が生み出され、広められた一切合切を秘密にいたします。頬の怪我は、自分で引っ掻いたということで始末しますわ。いかがでしょう」


 慈愛の微笑みを浮かべるマリアを、ネリネはギッと睨みつけた。


「あたしからレイノルド様を奪ったあんたに謝るだなんて、ぜったいに嫌! 覚えてなさい。どんな手を使ってでも、あんたを破滅させてやるんだから!!」


 そう言って、ネリネはメインルームを飛び出していく。

 令嬢は騒然とするが、嫌がらせの原因が分かったマリアは清々した。


「やはり、ネリネ様がわたくしに悪評を立てたのは、レイノルド様との関係を妨害するためでしたのね」



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