第三話 告白と不一致②
目の前に現れたのは紛れもない俺だった。
右斜め上に着く寝ぐせは相変わらず。部活はやっていないので健全ではない色白の肌に、走ってきたのか、汗ばんだ肌がYシャツにくっついてて気持ちが悪い。朝から疲れ果てた表情。
うん、控えめに言って……ないな。
祈里は俺のどこを見て付き合ってくれる決心をしたのだろうか。当人である俺はそりゃぁものすごく喜んだんだが。正面にいるさえない男を見てため息を尽きそうになった。
俺って、はたから見たらこういう風に見えていたんだ、とげっそりする。
(待てよ……俺、これから俺と付き合い始めるんだよな!?)
考えたくもない現実が目の前にある。俺は思わず前楽を見た。
これでも意外と健全にお付き合いしている段階だ。やましいことはまぁ、キスくらい……
(ん? まてよ、キス!?)
そうだ。俺、祈里とキスしてる。俺は背中に冷たいものを感じた。悪寒だ。
ただでさえさえないと思っている自分の顔が徐々に目の前まで迫ってきて……俺と……唇を重ねる……
(うええええええええ!!!!)
想像して一瞬で吐きそうな衝動に駆られて口を押えた。
いや、あくまで平常心。平常心を保って祈里のふりをしなくてはいけない。
そんな俺に気が付くはずもなく、前楽は俺の隣の席に座った。
前楽が隣の席に座ると、俺の方をちらっと見たてくる。一人で心の中で悶絶しているのがバレたのかと一瞬ヒヤッとしたが、そんな素振りは無い。ただひたすらに肩で息をして呼吸を整えているようだ。
俺はなるべく、祈里の普段を思い描きながら前楽に接触する。
「お、おはよう。大丈夫?」
「……おはよう。走った……!」
よく見ると前楽は汗だくだ。家までの道のりは学校から2kmほど。
全速力でのダッシュがきついことは俺が一番知っている。
「寝坊?」
「いや、色々あって……」
そう、真剣な顔で言い出した前楽を、俺は不思議そうな顔で眺めた。祈里に告白した日、なにかあったかなと真剣に悩むがだいぶ昔の事なので覚えていない。
「それより、信楽。今日の放課後空けてくれてる?」
「う、うん」
やっぱりだ。今日、この日。丁度修学旅行の一か月前に俺は告白する。校舎裏の既に花びらが落ちて葉桜となっている、大きな桜の木の下に呼び出すはずだ。
「放課後、校舎裏の桜の木の下で待っててくれないか?」
「わ、わかった」
ほぉら、やっぱりだ。どうしよう、やっぱり俺はこのまま俺と付き合って俺とキスすることになるのか!?
最悪な事に初めてのキスは、付き合った直後。幸い口にではなく頬に留めておいたが、忘れるはずがない。どうしよう、俺。最早、吐きそうなんだけど。
「信楽? 今日体調悪いのか?」
青ざめた顔をして口を押えていたのだろうか、前楽は俺を心配して覗き込む。
お願いだ、そんな顔でこっちを見るな!気色が悪い!!
「大丈夫。授業始まるから、前向こう?」
「お、おう」
精一杯の作り笑いはしてみた物のかなり不審がられてしまったが何とかバレずには済んだようだ。
その日、俺は授業中は最低限しか話をせず、休み時間は人のいない屋上などで隠れて過ごした。
◇◇
そして、時間は過ぎ、放課後。
校舎裏で前楽が待っているはずだ。
避けられない告白。さらに拒否も出来ない告白に俺は身震いした。
このままでは数分後に頬にとはいえキスをされてしまう。
カッコつけて、そんな事しなければよかった。と俺は昔の俺を殴ってやりたい衝動に駆られるがどうしようもない。
ため息交じりに校舎裏にとぼとぼと歩いて行くと、そこには既に前楽が居た。
緊張しているのか、鼻息が荒い。
俺、はたから見るとこう見えてたのね。
カッコいい方だとは思ってなかったけど、それにしても気持ちが悪い。
もう、嫌だ。帰りたい。
そう思っていると、一本奥にある少し離れた木の上に目が行った。
目立つ金髪の天使がいる。
おいおい、マジかよ。見に来ちゃったのかよあのアホ天使。
あのアホ天使にこの告白&キスシーン見られるのかよ!!
どんな公開処刑だよこれ! もう、勘弁してくれよ!!
俺は心の中で嘆くが、もう、後戻りはできないのだった。