第二十二話 俺と俺③
大粒の涙をこぼすメズルフを目の前に、俺は立ち上がった。
(なぁ、俺。変わってくれるか? 一か八か……そろそろ勝負にでようじゃないか!)
「お? さっき言ってた作戦か? あ、メズルフ、俺は一回死んだ方の楽と変わるな? 俺たちを信じろ! アイツなんか思いついたみたいだ」
「ふふっ……わかりました!」
一言メズルフと挨拶を交わすと前楽と俺は意識を入れ替えた。
いざ、矢の矛先がこっちに向かって定められているのを見ると若干怖くなる。
「よっ!」
「あなたは、楽? に変わったんですね」
「ま、そゆこと。早速で悪いが、メズルフはその矢を俺に打ってくれ」
メズルフのジトっとした視線はさっき巴投げをくらった直前に見た気がする。
「……やっぱり、楽はそう言う趣味……」
「じゃねぇってさっき言っただろ!? ちげえっての! 良いか? さっきソノラが足を打てって言ってたろ? 多分足を打たない限りその命令は終わらない」
「そんなことしたら歩けなくなってしまいますよ……しかもこの距離……絶対当たるじゃないですか」
俺はあたりを見渡してそれなりに丈夫そうな木を探していた。
「この距離だからだよ。足のつま先を狙って打ち抜いてくれ。それなら足を打ったことになるだろ?」
「ふふっ……まるでトンチですね! 毎日言い訳ばっかりしている楽だからこそ思いつく作戦です!」
「うっせぇよ! それ半分くらい俺の事ディスってるって!」
「そんなこと……まぁ……」
「良い淀んでんぞ!! 暗に肯定すんなよ!!」
「あはは!」
少し緊張がほぐれたメズルフはいつもの調子で笑った。泣いているよりも100倍マシだが、立ち直りの速さはギネス級だなと思う。俺はふざけつつ、枝の太そうな木に目星をつけてそこに向かってひょこひょこと移動した。足を狙ってもらうためには照準を合わせなくてはいけない。
「さっきみたいに手元狂ったりしないでくれよ? じゃ、俺がこの木の枝にぶら下がったら最大出力でよろしく!」
俺はそこそこ太くてちょうどいい枝にぶら下がった。薮にいるメズルフが俺の正面に立つと、ちょうど真後ろに神社の本堂がある。
「最大出力!!? 私の最大出力舐めてますよ! そこの建物吹き飛びますっ……って、楽、まさか?」
メズルフが自分の発言で俺の意図を悟ったらしい。本堂の向こうには朝日が見えるだろう。
「ま、そゆこと。俺、長くぶら下がれねぇから早めによろしくな。ポイントは『爪を掠るくらい』で……頼みます」
「なるほど! 爪だって足ですもんね! 了解ですよ! あ、もうちょっと足を上げれます? そうそう、もうちょっと右かな? それでも少し低いです……まぁそこは私がしゃがむとして。じゃ、いきますよー!」
「それ完全に記念撮影する時のノリじゃね!? 不安なんだが!?」
「いっきまーす!! はい、チーズ!!」
ふざけたメズルフの掛け声とはうらはらに、放たれた矢の威力はオノマトペで形容するなら『ちゅーどん!!』がふさわしいものだった。
光る一本の線が俺の足ギリギリをかすり、通過したと思ったら真後ろにあった神社が大爆発を起こしたのだった。
ガラガラと崩れ落ちる木の柱は吹き飛ばされ、矢が衝突したであろう場所を中心に放物線状に散らばっていた。その衝撃は本堂の屋根を支える大黒柱をもへし折ってしまったのだろう。屋根が地面に落ちる大きな振動へと変わり、みるみる内に本堂はペシャンコになった。
「あ、あわわわ。ほ、本堂が!! え!? お、俺の足!! 俺の足ある!?」
「足の爪を狙いました。まぁ、足の先を怪我したかもしれませんが……どうでしょう?」
「ま、マジだ。なんか爪が綺麗にまっすぐになってる……しかも足は無事じゃねぇか!! すげぇ、ありがとうメズルフ! 失敗したら足消え失せるかと思ってたから、めちゃくちゃ安心した」
「そ、そんな決心してたんですか!?」
「まぁな。どのみち死ぬし……。作戦は大成功だな。神社の本堂の向こうの朝日を拝むのが一番の目的だったから」
俺は後ろを見るとそこには思いっきり崩れて崩壊した神社があった。俺はこんな恐ろしい力を秘めた天使と一緒にこの一ヶ月暮らしていたのか。怖すぎる。
「だが正直、ここまで壊れるなんて思ってなかったんだよな……」
「そうでしょうね、だから最大出力とか言っちゃったんですよね?」
「ははは……」
「足を打つという命令は達成したのに天命の輪がまだ光ってます。きっと、楽を崖のところに連れていくまで命令解除にはならないんでしょうね」
「そっかぁ、まぁ、そうだろうな」
「それで? 次の案は?」
「またメズルフに頼みがあるんだ」
「えー……」
明らかに嫌そうな顔をする天使の顔はまんざらでもなさそうな顔で若干安心した俺がいた。
「俺をおぶって、できるだけゆーっくり崖に向かって歩いてくれ」
「おんぶ!? 私があなたをですか!?」
「他に誰がいるんだよ。おれ、足怪我してんの」
「はぁぁぁ。で、ゆっくりって言うのは時間稼ぎですか?」
「そうだ。 もう一つ条件がある」
「条件?」
「壊れた神社の本堂を通過してくれ。じゃないと朝日が見えない」
「……えー……」
「人生最後の頼みなんだ、頼むよ!」
「はぁ……しょうがありません」
今度は本当に嫌な顔をしたメズルフメズルフに俺は頼み込む形で了承してもらった。メズルフは俺のぶら下がっている木に近づいて黙って背中を見せてくれる。羽は一瞬のうちにパッと消えて、一応怪我人を扱うように優しく背中に乗せてくれた。
「さんきゅ」
「この恩はいつか返してくださいね?」
「はは、まぁ、そうだな。うまいハンバーグでどうよ?」
「乗りました!」
『もう死ぬのにいつ作ってくれるんですか?』なんて野暮な会話はなく、俺は体重全てをメズルフにゆだねたまま崖に向かって運ばれていく。華奢な体つきのメズルフに密着しているのが若干照れくさい。俺は、変な気になる前にすぐさま次の作戦に気持ちを切り替えた。
「えっと……悪いけどさっきあっちの楽が言ってた通りメズルフのスマホについてるリムベール様人形が必要なんだ」
「ああ、私の左ポケットにあります。手、届きますか?」
「おっけ、届いた」
俺はメズルフのポケットから真心のスマホごと手に取り、ストラップと化しているリムベール様人形を握りしめた。
メズルフが建物を吹っ飛ばしてくれたおかげでどこからでも朝日が拝める。
「ちょっとでも穴が空いていればいいと思ったんだけど、まさか建物ごと吹っ飛ばすなんてな」
「天使の力、舐めてました?」
「いや、知らなかっただけだ。メズルフにそんなすごい力があったなんて」
「す、すごいですか?」
「ああ。すごいよ? 俺には天地がひっくり返ってもできない」
「……私、ダメ天使じゃないってことですか?」
「こんな力を持っててダメ天使もクソもないだろ」
「……ふふっ! 生まれてきて初めてそんなこと言われました」
「……そっか」
「はい♪」
今まで転生の天使だと思い込んでたメズルフだが、話を聞いている限りでは転生の仕事ができなかったのだろう。愛の弓矢をここまで使いこなせて、初めて褒められたのだとしたら、愛の天使だって悪くないのかもしれないと思ってしまった。
「メズルフはさ、ソノラとリムベール様どっちが好きだ?」
思わず俺はメズルフに質問していた。もし、メズルフが愛の天使のままでいいと思っていたならば俺のこの行動は思いっきり無駄だ。作戦決行前にメズルフの意志をメズルフの口からききたかった。
「なんですか急に?」
「いや、俺お前についてる天命の輪を取ろうと思ってるから……それが余計なお世話だったら嫌だなって」
「楽って本当に馬鹿ですね」
「なっ……気を利かせてるんだっての!」
「リムベール様に決まってるじゃないですか」
何の迷いもなくメズルフが笑うもんだからこっちもついつい笑ってしまった。杞憂も杞憂、コイツはリムベール様が大好き天使だった。
「……はは。そう、だよな!」
「愚門過ぎますよ、その質問は」
「そっか……それもそうだな! 今回ばかりは俺が馬鹿でいいや」
「ついに認めましたね!ばーかばーか」
「ったく、うるせぇっての……」
はしゃいだ子供のようにはやし立ててくるメズルフの頭を軽くチョップした。チョップされても笑ったままのメズルフが朝日に照らされて輝いて見える。
今こそ、リムベール様を復活させるべき時だろう。
「じゃぁさ、一緒に朝日に向かって祈ってくれ。俺の中の俺も一緒に頼むぞ?」
「はい!」
(お、俺もか!? 分かった!)
しばらく俺たちのやり取りを傍観していただろう前楽に声をかけると慌てて返事が返ってくる。
「じゃぁ、せーので行くぞ! せーのっ! 転生の神、リムベール様……どうか、俺らに救いを……」
「リムベール様どうかその姿を現してください……!」
(リムベール様……)
風通し良くなった神社の向こうにある朝日を見ながら俺と前楽とメズルフの三人は祈った。
祈ったはずだった。
だが待てども待てども誰も来たりはしなかった。
「……」
「……」
(誰もこねぇな)
「いうな、俺よ。お前の作ったリムベール様人形じゃどうやら力不足みたいだ」
(なんだって!? じゃぁどうすんだよ!? リムベール様呼んで、メズルフの輪っかを外すっていう作戦じゃねぇのかよ!?)
「そうだよ! メズルフの輪っかを外してすぐにリムベール様に救ってもらおうと思ったんだよ!」
「え!? そうだったんですか!? じゃ、じゃぁ作戦失敗ですか!?」
前楽が解説した通りだった。
メズルフの天命の輪の効力を落としつつ、神社に穴をあけて朝日を拝めるようにして、このリムベール様人形にお祈りしてリムベール様を呼んで、メズルフの輪を力付くで取り上げる。あの一瞬に考えた割にはいい作戦だと思っていた。
「リムベール様人形じゃ御神体の代わりにできないかぁ」
「御神体の代わりにしようとしてたんですか!? これを!?」
「なんだよ、悪いかよ」
「い、いや、無理ではないんですけど……」
「じゃぁ、どうしてリムベール様は現れないんだ?」
「布はあまり適していない素材なので、御神体としての力が弱いのかも……」
「もう、この御神体しか用意できねぇんだ。何とかならないか?」
(じゃぁ……祈る力を上げるとかどうよ?)
「なるほど、祈る力を上げる……なぁ、メズルフ? 祈る力を上げるにはどうやったらいいんだ?」
ご神体がだめなら、信仰心を増やすしかない。俺はその増やし方が分からなかったので、ここはプロフェッショナルである天使様にご教授願おうと聞いてみた。
「そうですね……信仰心を単純に上げるには、やっぱり信仰している人数やリムベール様を信じる人が増えることが大事です」
「信じる人を増やす……」
「でも、邪気に満ちた信仰だと、神様の魂も汚れていくんです。なので、清らかな信仰でないといけないんです。だから、ソノラ様はああも汚れてしまわれて……」
「ん? ソノラが汚れてる? 魂がか?」
「はい。この神社を見ていただければわかるでしょ? ソノラ様は急にインターネットで流行ったおまじないによって急激に力を手に入れてしまわれた。神なんて信仰していない、ただ願いを叶える道具のような信仰心はソノラ様の魂を汚していった。誰も敬ってないんです、彼女のことを」
「なるほどな……だからリムベール様は『ソノラは悪い奴じゃない』って言いにきたんだ。急激な悪質な信仰で汚れてしまってるだけだって」
悲しそうにメズルフはそう言った。きっと、リムベール様が心を痛めていた様子をメズルフも見てきたのだろう。
(ん? SNSでおまじないが流行ったから、ソノラは力を手に入れたのか? ってことはよ! リムベール様だっておなじことができるんじゃねぇか!?)
「………あああ!! それだ!!! よく気づいた!! さすが俺!! あったまいい!!」
「突然の自画自賛……?」
「ちげぇよ!! ややこしいなぁ、もう!!」
前楽の一言で、俺はリムベール様を復活させる禁じ手を思いついてしまったのだった。




