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第二十話 無慈悲な結果と賜りし救い①

 どんどんと暗くなる空は世界の終わりを予期させる。


 大きくなった穴は徐々に地上の物を吸い込みはじめていた。ここが山奥の神社なかったら、吸い込まれていたのは木々ではなかっただろう。今はまだ山を吸い込んでいる大きな穴はきっとあっという間に人里をも吸い込み始める。そしてそのまま世界はこの穴に吸い込まれ終焉を迎えるに違いない。


「何が起こってるんだ……」

「世界が崩壊を始めたんです」

「は!?」


 朝日は未だ登らず、夜が明ける事さえないまま世界は終わってしまうんだと確信した。祈里は震えながら自分のしてしまった事に懺悔している。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」

「いや、全然わかんねぇんだけど……まじ?」

「楽さんの所為ですけどね?」

「俺の所為なの!!?」

「ち、違う!楽の所為じゃない。私が勝手な事をしたから……」


 俺は身動きもできないまま、モニターをただじっと見つめ、絶望に打ちひしがれた祈里の心を痛いほどに感じていた。


 その時、朝日が崖の向こうから顔を出す。


 世界で最後の日の出だった。


 そう言えば、この朝日に向かって願いを言えば叶うっておまじないだったよな。だったら……


「誰か……誰か助けてくれよ。世界が終わっちまうじゃねぇか! 祈里はただ俺を助けたかっただけなんだ! お願いだ、どんな神が居るのはわかってんだよ! 今こそ人々を助けてくれ!」


 柄にもなく俺は全力で願い事を叫んでいた。祈里の中で誰にも聴こえるはずのない声。それでも全力で叫んだ。


 俺の声は祈里にだけは届いていた。


「皆んな!朝日のおまじないに世界を救ってくれるようにお願いしよう!?」

「……!!! わ、わかりました! これだけ噂になったおまじないです。他にできることもありませんしやりましょう!」

「俺、神様とか信じてない……それよりも逃げた方が……」

「空気を読んでください!!」

「わ、わかったよ!」


 そう言うとメズルフは両膝をついて胸の前で指を組んだ。

 祈里は両方の掌を合わせて頭を下げた。

 前楽はどうしたらいいか分からず、両膝をついて掌を、合わせて大きな声で叫んだ。


「よくわからないけど……神様が居るなら世界を助けてくれ!!」

「お願いです。神様!!」

「リムベール様……いえ! ここに居るとしたら……ソノラ様!!この事態をお納めください!!」


 みんなが各々に神に祈りを捧げた。


 最後の最後に人間ができることと言ったらこれしかないのかもしれない。


 祈里の中の俺も黒く染まる天を見つめながら俺たちは心を一つに祈った。



(((世界を救って下さい!!)))


 ……


 …………


 ……………


 祈りを捧げて数分。

 世界が崩壊する音だけが辺りを包む。

 山のど真ん中に空いた穴が木々を次から次へと吸い込んでいく。


 それでも俺たちは空に向かって祈り続けた。


 無駄かもしれない。


 頭では正論が邪魔をしてくる。

 自分達が起こしてしまった過ちを都合よく救ってくれる神様なんているはずが無い。


 それでももう、これしか出来ることがなくて、俺は心の奥底から神にすがる。



 ……その時だった。



「あ、あれを見ろよ!」

「!?」


 前楽の声に空へ目を向けると突然後光が差し、天から光り輝く女性が優雅に舞い降りてくる。俺はモニター越しにみるそれをもっとよく見ようと目を見開いた。その女性は天女のような羽衣を纏い、漆黒の髪を卑弥呼のような結い方で束ねている。風貌からは30代くらいの印象を受ける。日本古来の神様を彷彿とさせる風貌に俺は息を呑んだ。


 間違いない。神様が天から舞い降りてきたのだ。


 神様なんてつい1ヶ月前まで信じていなかった俺の祈りが届いたようだった。驚きと感動が心を包み込む。それはもう一人の俺も同じようだった。


「う、うそだろ?」


 あんぐりと口を開けた前楽はポツリと呟いたまま呆然と立っている。メズルフは降りてきた神様に、一度悔しそうな表情を浮かべたかと思うとすぐさま膝を突き地面を向いた。



 舞い降りてきた神様はとおと、ゆっくりと辺りを見渡してから大きくため息をついた。大きく空いた穴を見ると目を細め、どこからか取り出した扇を口元に当てるとクックと笑った。


「あらあらまぁまぁ? さすが、出来損ないと名高い天使はやる事が違いますわねぇ!」


 これほどまで妖艶な声は人生で一度も聞いたことのない声だった。出来損ないの天使と言うワードは間違いなくメズルフの事を差しているのだろう。随分と棘のある言い方だ。


 ここに居る神様はリムベール様と敵対していたという話は聞いていたがこんな言い方をする神に俺は若干の嫌悪を抱く。


「楽さん、祈里さん。このお方は……ソノラ様です……歴とした神様なので跪き、頭を下げてください」

「分かった、こうで良いかな?」

「はい。ほら、楽も!」

「天使? 何の事だ??」

「良いから!! もうこの状況を私達には止められない。世界が崩壊する前に早く!」

「わ、分かったよ。こうか?」


 祈里と楽とメズルフは頭を下げたのを見てソノラは満足そうに笑った。


「ふむふむ。悪くない光景ね。さて、メズルフ。状況の説明をしてくれるわよね?」

「はい……実は三途の川で不祥事を起こしてしまい……リムベール様よりこの者の転生を付き人として支援するよう申し付けられておりました」

「不祥事ねぇ? くっくっく……それだけではこうはならないわよねぇ?」


 ねっとりと絡みつくような声。

 この神様に頭を下げ続けるのがだんだんと嫌になってくる。

 唇を噛み締めて我慢するメズルフの姿がなおの事ソノラへの嫌悪を募らせた。


「……この者の魂が、本人ではなくこちらの娘に転生を果たしてしまいまして……矛盾生じ、遂には終わるはずだったこの者の人生が終わらず……正道の道を大きく外れ穴が開きました。すべて私の責任です」


 絞り出すようなメズルフの声はいつもの明るさなど微塵も感じさせない。

 心が締め付けられるような気持ちになりながら、気がつけば俺は頭を下げ続ける金髪を画面越しに凝視していた。


【すべて私の責任です】


 この言葉の意味が分からない程俺はアホではなかった。

 いつもおちゃらけてばかりいる天使はこの事態の責任全てを自分一人で背負おうとしているのだ。


 その意思をもちろんソノラも気がついているだろう。ソノラは再び目を細めて、クックと押し殺したような笑い声を扇子で覆った。


「前々からメズルフは役立たずだと噂で聞いていたけど……ここまでとはね。これは消えてしまったリムベールの奴も報われないわねぇ」

「……」


 また棘のある言い方をソノラがしてくる。祈里はメズルフが心配になったのか、メズルフの方をチラッとみたが、メズルフは頭を下げたままで表情は見えない。


「確かに人の生死は大きな矛盾になる。どうしてそうなったか、もう少し詳しく教えてくれるかしらん?」

「……はい。こちらの楽と祈里は本来の運命では一か月前に告白をする事になっておりました」

「ま、まじか!?」


 メズルフは一度冷たい視線を前楽に向けてから、もう一度ソノラに向き直った。


「告白が成功するはずだったにも関わらず、この男の笑顔がキモすぎるせいで失敗して……そこから徐々に矛盾が大きくなりました。告白が成功したのは予定より一か月後の昨日となります」

「あらあらまぁまぁ!」

「オイ! 説明に悪意あるだろそれ!!」

「状況は……分かったわぁ? 告白が原点なのねぇ? そうねぇ……私なら世界の崩壊を止められるかもしれないわよぉ?」


 扇で口元を隠しながらソノラはニヤリと笑った。俺はその笑顔をみて背筋にゾワっとする物を感じたのだが、隣の天使は心からの安堵の表情を浮かべていた。


「本当ですか!? ありがとうございます。ありがとうございます! ほら、皆さん頭を下げて!」

「あ、ありがとうございます!!」

「ありがとうございます!!」


 3人が深々と頭を上げている中ソノラはゆっくりとこちらへ近づいてくる。空を飛んでいるのかすーっと音もなく近づいてくるソノラの顔は女神と言うにはあまりにも歪んだ笑みを浮かべていて、嫌な汗が吹いてくる。


 何かがおかしい。


「けどねぇ、ただで世界の崩壊は防げないのぉ………代償が必要だわぁ?」

「え? だ、代償ですか!? それなら、私が!」

「そうね、ダメ天使ちゃんは私の元で働いてもらおうかしら?けど、それだけじゃイヤよ。私にもご褒美が欲しいもの」

「え……?」


 ソノラが俺らの目の前まできた時、パチンとセンスを閉じて先端をこっちに向けて……つまり祈里に向かって突き出してきた。


「祈里ちゃん、って言ったかしらぁ?」

「わ、私ですか!?」

「そう、あなた」


 ソノラは扇子の先端で祈里の顎をあげるとを見定めるようにじろじろと眺める。絡みつくような視線はまるで獲物に巻きついた大蛇のようだった。



「あなたの魂をくれたら、世界を救ってあげるわよぉ」


 世界で一番、無慈悲な慈悲の言葉が俺らの心に突き刺さった瞬間だった。

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