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第一話 クソな天使とクソな転生③

「お主、名は何と申す?」


 姿の見えない女の人の声が俺に向かって話しかけてきた。いったいどこから話しかけているのだろうか?あたり一面に声だけが木霊する。


「辻井楽……楽……です」


 偉い人っぽいので一応敬語を使っておく事にする。少なくとも天使よりは位が上のようだし。


「らく、すまなかったの。こちらの教育が足りなかったようじゃ。」

「えっと……貴女は?」

「わしか? わしはリムベール。転生の神としてここに存在しておる」

「転生……」

「色々事情があってのぉ。こやつもイライラしていたようじゃ。どうか許してやって欲しい」

「ま、まぁ。助けてもらったのは事実ですし、良いですよ」

「そうか、そうか、かたじけないのぉ」


 天使とは違い、リムベール様は常識人のようにそう言った。出来の悪い店員がやらかして、店長が客に謝っているような雰囲気だ。言葉遣いはじじいだけど声だけは女性なんだよな。しかも、かわいらしい声。なんなんだ、このギャップは。 


「メズルフよ。信仰心の足りない奴が多くて苛立っていたのじゃろうが、やってはならない事はやってはならぬ。よって、お主は罰を受けよ」

「……かしこ……まりました……」


 絞り出したような小さな声に、俺は少し申し訳ない気持ちにはなる。船を転覆させたのはこいつだけど、地獄の溶岩から救ってくれたのもこいつだ。


「だが困った。寄り道をしたから、お主の六文銭がどう考えても足りぬ」

「……え?」

「三途の川の渡し船に乗るに必要なお金の事じゃ。真田幸村で有名な真田家の家紋で有名じゃろう?」

「ああ、いつ死んでも大丈夫なようにって有名な奴だよな」

「実は、六文銭はな? 本当のお金の事ではない。人に感謝されたときに発生する『善意』を金として計算したものなのじゃ」

「……で、それが俺には足りないの!?」

「他人に感謝されることをあまりしてこなかったじゃろう?」

「う……確かに、感謝されることってあんまりなかったかも」


 俺は自分の普段の行いを振り返る。普通に学校へ行って、普通に家に帰っての繰り返し。他人と関わることもあまりなかったし、あまり乗らない電車で気分が向けばお年寄りに席を譲る程度。それだって感謝と言うほど感謝されるわけでもない。


「って事は……」

「このまま進んでもどの道地獄行ですね!ぷぷっ!ご愁傷様!!」

「てめぇ!!」


 クソ天使が口を挟んでくる。


「らくよ。お前に一度だけチャンスをやろう。」

「チャ、チャンスですか?」

「魂を一か月前のお前に転生させよう。そして、善行を行え。その善行が300円前後なら無事に三途の川を渡り切れるだろう」

「もう一回人生やりなおせるって事ですか!?」

「そうじゃ。まぁ、1カ月だけだがのぉ。」

「え……。やり直しても、死んじゃうんですか?」


 つまりは、俺は生き返って善行を積んでもう一度死ななくてはならないらしい。

 地獄に落とされないだけマシになったと言えばなったのだが正直に言うと全く嬉しくない提案だった。


「それで、善行が足りなかったら、俺、人より多く死ぬだけですよね!? そこを何とかなりませんか?」


 神にすがる思いで、神にすがってみた。すると、リムベール様は少し悩んでから答えを出す。


「まぁ、基本的にチャンスを与えるだけだからのぉ。……だが、再び死ぬために転生と言うのもわしの仕事が増えるだけじゃ……。よし! わしも神の端くれ! 善行が10000円を越えたら死の運命を変えてやろうではないか」

「本当ですか!?」

「ぶふっ!!」


俺の隣でメズルフが噴き出した。俺は思わず睨みつけたがクソ天使は笑いをこらえようと体をプルプルしている。


「おい、クソ天使何がおかしい」

「いや、だって10000円って!! 人が一生で行った善行をかき集めてようやく300円ほどだって言ってるのに……1カ月でなんて無理難題!! リムベール様も人が悪いですよ!」

「わしとてそこまで鬼ではない。普通にやっては無理……だからのぉ?」

「は……!」


 メズルフは何かを察知したのかとても嫌な顔をしている。


「メズルフ。お前は罰として地上に降り、らくを導くのです!!」

「えええええええええええええええ!?!?!? そんな! あんまりです!! リムベール様の傍を離れるなんて死んだほうがましです!!」

「良いから、さっさと行きなさい。これ以上問題を起こされてはたまったもんじゃ……」

「思いっきり厄介払いされてるな、クソ天使」

「あんたは黙っててください!!」


半分涙目の天使の怒りの矛先がこちらに向いたが気にしない。こいつはよっぽどこのリムベール様が好きなんだろう。


「メズルフ。これには大事な役目があるのじゃ」

「だ、大事な役目ですか?」

「うむ。お主は少し根詰め過ぎじゃ。これを機に1か月、のんびりと羽を伸ばして来るがよい」

「……!! リムベール様! わ、わ、私の事を心配してくださっているのですか!! ははぁ! あり難き幸せ!!!この天使メズルフ! リムベール様のご好意を無碍には致しません!地上へ行ってまいります!!」

「思いっきり丸め込まれてるな、クソ天使」

「あなた、さては性格悪いですね!?」


 こうしてクソ天使と共に生き返ることが決定した。

 善行さえ積めば、俺は死ななくて済む。

 俺はこの時、終わってしまった未来を取り戻すチャンスをもらったのだ。


「ではメズルフ。頼んだぞ」

「ははぁ!!」

「あ、そうじゃ! くれぐれも『タイムパラドックス』は起こしてはならぬぞ!」

「『タイムパラドックス?』」

「過去に戻って、本来起こるはずの未来と違う行動をすると、現実の未来との間に矛盾が発生することじゃ」

「それが、発生するとどうなるんだ?」

「ちょっとした事なら何も問題ないが……ひずみが大きくなりすぎると、世界が滅亡する」

「はぁ!?」

「起こさなければよいのじゃ。不安ならこれを貸そう」

「これは?」


 俺の手に突然天秤のような道具がポトリと降ってきて慌ててそれをキャッチした。


「これは我々が使っている神器じゃ。真ん中の針が真ん中の緑の範囲なら正常範囲。この正常範囲内なら崩壊の無い微々たる変化しか起こっていないので気にせずともよい。ただし……」

「ただし?」

「どちらか左右に振れて黄色い範囲が危うい状態、さらに針が両極端へ傾いて赤の範囲を指し示すと……」

「指し示すと?」

「矛盾が限界を迎えた時、地球はものの見事に砕け散るじゃろう」

「……そんな」


そんな危ない事になる可能性があるのに、俺を転生させても良いのか神様よ。と言いかけたがここで言ってしまったら、地獄行に戻されかねない。黙っておこう。


「まぁ、脅かしてしまったが、よっぽどの事がないとそんな矛盾は生まれぬ。安心せい」

「は、はぁ……。大丈夫かな?」

「大丈夫! 大丈夫! 私が付いてますから!!」

「それが一番不安なんだっつーの!!」

「さぁ、そろそろ行きましょう!!」


 俺の突っ込みなどお構いなし。

 嬉しそうな声と共に、メズルフはむんずと俺の腕を掴んだ。


「楽、リムベール様にさっさと礼を言うのです!」

「え!? あ、ありがとう……ございました!」

「ふむ。せいぜい頑張るのじゃよ」


 すると突然あたりが光に包まれる。

 俺の視界は眩しい白に覆われた。


 こうして俺は一か月前の俺に転生する……はずだった。


 この時、何かが悪い方向へ転がったのだろう。

 冒頭のように俺は1か月前の祈里となって目を覚ましたのだった。

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