第十三話 緊急事態とホームシック⑤
時は遡ること数時間前。
俺とメズルフは時のあらましを祈里に相談していたのだった。
(そんなことがあったんだね)
「そうなんだよ、どうしたら良いと思う?」
祈りが目覚めているであろう朝方を狙って俺もメズルフも揃って起きた。キッチンで朝食を作るだろうその時間を利用して今日は話し合いをしたいと持ちかけた。
「あの、楽? 私にも聞こえるように通訳してもらえませんか? 私には祈里さんの声は聞こえないんですよ?」
「あぁ、わりぃ」
(紙とペンを用意してくれる? 筆談ならメズルフちゃんもわかるでしょ?)
「紙とペン、だな? ノート持ってくる」
「これは?なんですか?」
「祈里が直接筆談してくれるって」
「自作自演じゃないでしょうね!?」
「んなことするかよ! 俺が自作自演してなんのメリットがあるんだよ!」
「私を騙してー、えっとー……。なんのメリットもありませんね」
「馬鹿なのか?」
俺が蔑むような目でメズルフを見ていると右手が勝手にペンを握った。祈里が動き始めたのだ。その手を見つめるようにノートに描かれていく文字をメズルフと二人で見守った。
(お二人さん、始めても良いかな?)
「おお! 文字が書かれましたね! 楽、ペンを貸してください! 返事を書かなきゃ!」
「いや、お前は口頭で良いんだよ! 聞こえてるから!」
「あ、そっか! そうですよね! 祈里さん、初めましてです」
そういうとペコリと俺に向かってやや興奮気味にお辞儀をして見せる。さっきまで自作自演とか言っていた奴の態度ではない。
俺の右手はそんなことは気にとめずに次の言葉をせっせと書き始めた。
(よろしくね! メズルフちゃん!)
「……メズルフ、ちゃん?」
(え、ダメだったかな!?)
「い、いえ! なんだかくすぐったい呼び方ですが、祈里さんに任せますよ!」
(よかった)
メズルフ自身もちゃん付けで呼ばれると思っていなかったのだろう。親しみを込めてそう呼ばれて、なんだか照れたように笑っている。
俺は女の子二人の空気に入っていけずにただただ黙ってそのやりとりを見守った。
(簡単に状況を整理するね?)
祈里は俺らの置かれている状況をさらさらとノートに書き並べていった。
(楽が修学旅行の最終日に死んだ→メズルフちゃんが問題を起こしてタイムリープ転生→何かが起こって私の体に楽が入っちゃった→本当だったら楽と私が付き合い始めるはずだったのに付き合えなかった→楽がメズルフちゃんと付き合い始めてしまった。)
綺麗にまとめて書いてくれた。その後に矢印で『問題点』と続けると、『過去との矛盾が生まれて世界が滅亡しそう』『楽が善行を積まなければ地獄行き』と大きめにノートに書いた。
「まぁ、地獄行きは私としてはどうでも良いんですけどね」
「よくねぇからな!? 元はお前のせいだっての!」
「世界滅亡という問題を前にしてまだそこに拘りますか!?」
「ぐ、ぐむむ。世界滅亡だって半分はお前のせいなのに」
「いいえ、そこはあなたに問題がありましたー」
(二人とも……喧嘩しないの!)
話が進まないからか、祈里に怒られしてまい俺たちは一度口を閉じた。俺たち二人が口を閉じたのを確認して、祈里は続きを描き始める。
(矛盾は楽が私と付き合わなかった結果、修学旅行の最終日に死なないかもしれないってことだよね?)
「そうだと思います」
(でも、私はその仮説は間違ってる気がするんだ。付き合っているのがメズルフちゃんでも、おまじないをしに私の代わりに楽をあの神社に連れていけば矛盾は起こらないでしょ?)
「……へ?」
「確かに……」
(それなのに決定的に針が振り切れてる。何か別の原因があるのかもしれないよ?)
「別の、原因!?」
俺たち二人はそんなことを考えたことがなかった。最初にメズルフが人一人の生死が大きな矛盾になるって言っていたから絶対にそうだと思っていた。だから、祈里の意見は眼から鱗が落ちた気分だった。
「それはどんな!?」
(私にもわからないんだけど……大事なのが死ぬって形じゃなくて、楽の気持ちなんじゃないかなぁってこと)
「俺が、祈里を愛してるのが絶対条件だって事なのか!? だからメズルフにときめいた時に針が赤に戻っちまったんだ!? ますますどうしよう!?」
「このままじゃ、本当に世界が崩壊してしまいます!!」
理由が明確に解った訳ではないけれども、このままでは崩壊の危機が迫っているのだけは間違いなさそうだった。
(二人とも、落ち着いて!)
「い、祈里さぁあん!! どうしたら良いでしょう!?」
(そ、そうだなぁ。私の話だって推論だからなんとも言えないんだけど)
「それでも、意見を聞かせて欲しいんだ」
(元に戻すしかないんじゃないかな?)
「元に、戻す?」
(そう。メズルフちゃんじゃなくて私と付き合う前の状態に戻すの)
「それって俺が、俺と付き合わなきゃいけないってこと!?」
(それしかないんじゃないかな? 楽が自分にアタックできないのも、気持ちはわかるんだ。私も自分とキスなんて想像するだけで嫌だし)
「でも、もう手遅れかもしれませんよ?」
しょんぼりとしたメズルフの声。もう、手遅れかもという気持ちは俺も一緒だった。今更前楽に俺を好きになってもらえる行動も言葉も俺には思いつかない。今更形だけで告白したところでうまくいくとは思えなかった。
(……わかった。私が一肌脱ぐよ!)
「それってどういう事だよ?」
(私が楽と話をしてみる。でも、力がとても必要なの。だからずっとできるって訳じゃない)
「つまり……?」
(私の思いを楽に伝えるから。そのあとは楽が楽の気持ちを開いていって!)
「!?」
(私の代わりに、楽の彼女をやるの。わかった!?)
「俺は俺と恋愛をしないといけないのか!?」
「ぷぷっ! それはそれで見ものですね!!」
「あ、てめぇ! メズルフ!!」
(あぁ、また!! 喧嘩しないの! できるだけ、頑張ってみるからさ!)
「ありがとう、祈里……力を借りるぜ!」
(うん!楽と話ができそうになったら私に代わってね!)
「よろしくです!」
(ただ、ひとつだけ……)
「うん?」
(体を動かすだけでもかなり疲れるの。だから私が私の体を動かせるのは本当にちょっとの時間だと思う)
「わかった」
(うまくサポート、お願いね)
「任せてください!」
こうして今に至るのだ。
(朝きてすぐだったから驚いたけど、本人からのアタックなら前楽だって心が傾くはず!)
俺は目の前の勝手に動くディスプレイをじーっと眺め続けるのだった。




