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第一話 クソな天使とクソな転生②

 遡る事、一か月前の俺が死んだ日。

 

 俺は気が付けば水に揺れる木の船の上にいた。

 遠くの方では綺麗なお花畑が見える。

 進む方向の対岸は見えないほど遠かった。


 舟をこいでいるのは白い布を頭からすっぽりとかぶった人。

 俺が起きた事に気が付いていないのかその人はブツブツと何かを言っている。


「どうして……私がこんな下働きを……!!」

「あ、あの」

「恋愛の神だか何だか知らないけど急に大きな顔して……!! 許せません!!」

「あのってば!!」

「へ!?」


 ようやく俺の事に気が付いたのか白布の人はこっちを振り返った。


「ああ。起きたのですか?」


 そして、つまらなさそうにそう言った。

 俺の事なんてどうでも良さそうに白布の人は進行方向に視線を戻した。

 俺は状況を唯一聞けるこの人に仕方がなく声をかける。


「あの、ここ、どこですか?」

「ここは三途の川です。あなたはお亡くなりになりました」

「……そっか。なんか……そんな感じだよな」


 どことなく崖から落下した恐怖の記憶が残っている。

 幸いなことに途中で意識を失ったのか、目が覚めたらここだった。


「あーあ。あんな場所行かなきゃよかった。神社なんてクソくらえだ」


 ボソリ、俺は本心を呟いた。

 そして、たった一言の呟きが目の前の白い布の人の怒りの琴線に触れたのだ。


「今、『神社なんてクソくらえ』って言いました……?」

「え!? ええっと……」


 白い布の人の声に怒りがにじみ出ているのを察知してハッっと顔を上げる。

 目の前のそいつは乱暴に体を覆う布を脱ぎ捨てた。


 そこにいたのがさっきのクソ天使、メズルフ。


 メズルフに怒りに満ちた顔で睨まれ、俺は困惑した。

 怒られる理由があるとすれば、『神社』を否定したような発言だったと言う事くらいだ。


 もともと無宗教な俺には神社の存在価値もよく分かっていないが、目の前の人には羽が生えていて頭の上に輪っかがある。もう、『非科学的な事は信じない性質なんで』なんて言ってられそうにない。


 結果、慌てて弁明を入れた訳だ。


「実は、陸日神社にさえ行かなければ、俺は死ななかったんだ! だから別に神社を否定した訳じゃ……」

「陸日神社あぁぁぁぁ!?!?!」


 この一言が更に怒りを助長さえるとはだれが予測できただろうか、いや、誰も予想できないだろう。

 俺はたった二言でここまで目の前の天使を怒らせられたことにある種の才能を感じたが、そんな悠長なことを言ってられはしなかった。


「あんたなんて運んでやるもんか!!」


 奴は羽を広げて空を飛び、船の先端を宙へ持ち上げ始める。片方だけ持ち上げられた船はどんどん水面に対して垂直になっていく。


 どんどん斜めになっていく船。俺は何とか船の縁にしがみついた。

 重たいのか息を切らしながらメズルフが叫ぶ。


「どうせ!! お前みたいな信仰心もない!! 善行も積んでいない者は!! 対岸にたどり着けない!! さっさと落ちてください!!」

「落ちるって!? どこに!?」

「地獄に! です!!」


 そう言われて足元を見ると確かに、川底で何やらうごめいている物が見えた。

 あぁ、あれは見てはいけないものだ。俺は必死で船の縁にしがみついた。


「やめろ!! どうして!? 俺そんな悪いこと言った!?」

「存在が悪です!! あなた達のような人がいるから!! リムベール様があんな事に!!」

「リムベール様?? 誰だよそれ、知らねぇよ!! やめろ!! 本当に落ちる!!」


 船はメズルフに持ち上げられ垂直どころか、もっと角度がきつくなる。


「落ちる!! おちっ!! あっ!」


 俺の指先はあっという間に限界を迎えて船の縁から三途の川にバシャンと落ちた。

 俺は泳げない。不格好に藻掻くがどんどんと沈んでいく。


「メズルフ!!! 何をしておるのじゃ!!!」


 俺が三途の川に落ちた瞬間、綺麗な女性の声が辺りに響いた。

 メズルフは肩を震わせたように見えた。


「あ! いえ! これは……その!!」

「早く、その人を救うのじゃ!」

「で、でも、こいつは!!」

「良いから救うのじゃ!」


 そんな、会話が宙で行われていたその時、俺の足に何かが絡みついて一気に引っ張られた。

 口に水が入ってきてまともに叫ぶ事さえ出来なかった。


「ゴボッ!! アガッ!!!」

「!!!」


 俺はそのまま深く深く引っ張られる。

 引っ張られて、水底に足が着くかと思いきや、地面が無い。深い水底が終わりを迎えると俺は足が水から出て空気を蹴ったのを感じた。俺は引っ張られる先に目を凝らす。


 川の下に広がっていたのはあの有名な『地獄』だった。


 溶岩が真っ赤に燃え盛る風景が広がっていた。

 溶岩の中には米粒みたいな人間がたくさん居て、這い上がろうとする人を赤や青の鬼たちが棒でつき戻され再び溶岩に落としていく。

 その度に聞こえる人々の叫び声。

 ここまで届く溶岩の熱気。

 それに、血の匂い。


 どれもこれも本物の地獄でしかなかった。

 

 「ここに落ちるのか!? 冗談じゃない!!!」


 俺は顔を青くして叫んだ。


「た、助けてくれ!! 何かの間違いだ!! 俺は善良な市民だあああああ!!!」


 俺は助けを求め、可能な限り三途の川に向かって手をつき上げた。

 すると、つき上げた俺の手を誰かが掴んだ。


「しっかり捕まってください!!」

「!!」


 メズルフの声が頭上でした。

 三途の川に突っ込んだ俺の手を何とか引っ張ってくれているのが分かる。


「私は、地獄にはいけない!! その黒い手を振り払ってください!!!」

「足に巻き付いてるこれか!!」

「そうです!! 自分の身代わりを探す黒い手なんです!!」

「何それ、こわっ!! こっわ!!!」


 俺はメズルフの手を握りながら掴まれていないほうの足で思いっきりこの黒い手を蹴り飛ばした。

 黒い手は何度か蹴られてようやく俺の足から落ちていった。


「よしっ! 引き揚げます!!」

「やべぇ! さっきの手が何十本もこっちに向かってる!!」

「大丈夫です! しっかり掴まって!!!」


 地獄から俺に向かっていくつもの黒い手が俺の足を掴もうと伸びてくる。

 俺は怖くなってメズルフの手を力の限り握り返した。


 そして、次の瞬間、グンッと上に向かって引っ張られて、黒い手はあと少しという所で俺を逃した。

 

 水の中をすごい勢いで通過し、先ほどひっくり返された船に俺はドスンと落とされる。


 どうやら、助かったようだった。

 心臓が破裂しそうなくらいバクバクと言っている。


「ハァッ、ハァッ……あー……あぶねぇ!!」

「メズルフ! ちゃんと謝るのじゃ!!」


 先程の女の人の声だ。やはり姿が見えない。


「はい。リムベール様……その、船から突き落として……その……。……。」

「メズルフ!!」

「もーしわけありませんでしたー」

「メチャクチャ棒読みじゃねぇか!」


 目の前の天使の平謝りっぷりに俺はカチンときた。


「てめぇ。 おい、クソ天使!! もっとちゃんと謝れよ!」

「は!? 私の事ですか!? せっかく助けてあげたのにクソ天使って言いました!?」

「その前にお前が俺を落したんだろうが!!」

「でも助けたし? じゃぁ仕方がない、プラマイゼロと言う事で! 本当はプラスの方が多いと思うんですけどね」


 あ、ダメだ。こいつ絶対自分の都合の良いとこしか認識しないタイプの人間……じゃなかった天使だ。天使ってもっとこう、清楚で純真な生き物かと思っていたがどうやら違うようだ。


 俺は幻想をぶち壊されたような気がして大きくため息をつくのだった。

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