第六話 愛天使と接近作戦①
その日、俺とメズルフと前楽の3人は仲良く机を並べて過ごしていた。
だが現実的な話をしよう。
今この3人は全く仲が良くない状況にある。
「おい! お前くっついてくるな!」
「あー! 今お前って言った! メズルフって呼んで下さい!」
「なんで俺がお前の事仲良しこよしに名前で呼ばなきゃいけねぇんだよ!」
「あ、あの。二人共、静かにしよう……ね? みんなこっち見てる」
「出来るかよ! こいつさっきから無茶苦茶だぞ!?」
「それは……よく分かるけど……ね?」
「わからないでくださいよ!!」
このクソ天使はいったいどんな気持ちでここの間に座っていられるのだろうか。
ぶっちゃけて言うと俺と俺に挟まれて座っている。魂レベルで見るととても滑稽な図だと思うが、当のメズルフは楽しそうに前楽と話を続けている。
「机をくっつけてるんだから、祈里の方を見ればいいだろ!」
「えー! 私、女の子より男の子のほうが好きです! だから楽さんが見せてください♪」
「ちょっと、メズルフ!?」
メズルフが前楽に媚を売ってどうするんだよ!?と言いかける。メズルフがぐいぐいと前楽にくっついていくので俺はやりすぎだと思いメズルフを引っ張った。
「くっつきすぎ」
「なんですか? 祈里さん。やきもちですか?」
メズルフはにやにや言いながらそういい始める。やきもち?俺が?俺に?
「そんな訳ない……がはっ」
途中でメズルフに腹を小突かれた。一瞬だけ顔をしかめたメズルフは俺を睨む。俺何かしたか?
そんな目でメズルフに視線を送ると咳ばらいを一つされた。ああ、そうか祈里のふりを忘れていると言う事か。
じゃぁ祈里なら……なんて言うんだこういう時……俺は脳内で祈里を作り出す。
【全然やきもちなんて妬いてないですよーだ】
ああ、そうだ。それだ。きっと、祈里の事だからいかにもやきもちを焼いて良そうな口ぶりでそう言うに違いない。
俺は記憶の中の祈里をトレースして口にしてみる。
「全然、やきもちなんて妬いてないですよーだ」
それっぽいセリフが吐けた。メズルフも満足そうにうなずいたのでこれが正しい反応だったのだろう。それを確認するとメズルフは俺の方を見てにやりと笑った。
嫌な笑い方だ。今まで一度だってそんな笑い方は見たことがなかった。
「そうですよね! 祈里さんは昨日、楽さんと付き合いたくないって明言してくれましたもんね?」
メズルフは笑顔を崩さずにそう言ってのけた。突然、意地悪をされたような衝撃が走る。
(こいつ、なんで急にそんな事を言い出したんだ!?)
前楽も怪訝な顔でこっちを見ている。そりゃそうだ、今一番言われたくない言葉に違いなかった。
「ちょっと!? メズルフ! あれは……うっかりで……!!」
「……うっかり? 祈里、いまうっかりって言ったのか?」
その言葉に前楽がすごい勢いで食いついてきた。俺は急にこっちに視線が来た楽と目を合わせられない。
「ご、ごめんなさい。その……傷つけたかもしれないけどあれは本心じゃない……よ?」
「じゃぁ、どうしてあんなことを言ったんだ?」
「それは、私が楽君が好きって言ったからですよね!」
「は!?」
メズルフが俺らの間に割って入ってきた。メズルフが前楽を指さしてそう言っている。
こいつ、何がしたいんだ!?と混乱する俺を余所に、前楽は何かを納得したかのように息を吐いたのだ。
「祈里さん? 私の為に言ってくれたんでしょうけど『付き合いたくない』って本心じゃないですよね?」
「……!!!」
そこまで言われてようやくメズルフが何をしようとしているかを察知した。
告白失敗後にメズルフと話をしている最中、メズルフが楽を好きと言い出したことに対して言葉の弾みで『付き合いたくない』と言った事にしようとしているんだ。
俺はその時初めてメズルフが本気で協力してくれている事に気が付いた。
「そ、そうなの。実は!」
祈里の風を装って、俺は前楽にそう言った。前楽はじっと俺の言葉を待っている。
「だって、メズルフが楽の事好きって言い出して、からかってきたから……ついうっかりそう言ったの。その時に楽が戻ってきて……本当は謝りたかったんだ」
「……」
「ごめんね? 楽」
「……後で、ちょっとだけ、話をしないか?」
「うん」
その時ようやく祈里の言葉として楽と言葉が通じた。
メズルフが嬉しそうにこっちを見て微笑んでいる。
どうやら、愛のキューピッド作戦は意外な事に順調にその一歩を踏み出したのだった。