第五話 置手紙と留学生③
その後、あんぐりしている俺が目を丸くしている間にあれよこれよと話は進んでいく。
「先生! 私どの席に座ればいいでしょか?」
「そうだな、学級院長の席……」
「私あそこが良い!!」
メズルフが指を差したのは前楽の所だった。
「……は?」
今の今までボーっとしていた前楽は急に指を差されて顔を上げる。そして、メズルフをようやく認識すると驚いてこう言った。
「あああ!!! お前! 昨日祈里と一緒にいた奴!!」
そうだ。告白失敗した時、こいつ確か一緒にいた。うっかり忘れていたわ。
前楽の言葉に先生は丁度良さそうに笑った。
「なんだ、お前ら知り合いだったのか。丁度いい。じゃぁ、あの二人の間に座ってくれ」
「はいっ♪」
「はあ!?」
「ええ!?」
「先生も突然校長先生から言われてなぁ。机は今予備のを置いてくるから、教科書をみせてやってほしいんだ。協力してくれな? じゃぁ、HRを始めるぞ~」
今田先生が困っている。このアホ天使!!いったいどんな手を使ってここに潜り込んだんだ!?ってか、世界に矛盾起こしまくってないか!?大丈夫なのか!?と、俺の心は怒涛の突っ込みが繰り広げられているがメズルフは涼しい顔で先生の横に立っている。俺がそっちを見ている事に気が付くとニコッと笑う。そして何故か、その笑顔にクラスから小さく「おぉ!」と言う声がする。
「ね、ねぇ。あの子何者なの?」
くるっと真心が振り向いてこっちを見てくる。そうだよなぁ、どう考えても普通じゃない。
「良くは知らないんだけど……留学生らしいよ?」
「嘘をつくなよ」
前楽が怒ったような声でこっちを睨んだ。
「二人で俺の事笑ってただろう」
「は?」
この「は?」は真心の声だ。そうだろうな、祈里がそんな事をするはずがない。親友の真心からすると前楽が喧嘩を吹っ掛けているようにも見えるだろう。そして俺の知る限り真心は祈里の事が大好きだ。二人の喧嘩が勃発するんじゃないかと俺は一人困った顔をしていると、今田先生が大きな声を出した。
「木古内!! おい、何後ろ向いてるんだ! 出欠中だぞ!」
「へ!? あ、はい!!」
今田先生の声で我に返った真心は慌てて前を向いた。危なかった。と言うかこのまま誤解を重ねていけば前楽と木古内の仲もどんどん悪くなっちまう。何とか良い言い訳を探さなくては!
その後ホームルームが終わると、机が運び込まれて3つの机は仲良く繋がった。
左から順に、俺、メズルフ、前楽だ。
「これからよろしくです♪」
とか言って来るもんだから、可愛さ余って憎さ100倍?俺は一瞬こいつの顔面をぶん殴ろうかと思った。その表情が出ていたのか、メズルフは俺を小突く。あくまで祈里のふりを続けろというのだろう。
「よ・・・よろしく・・・ネ」
「はい! あなたもね?」
「……あぁ」
前楽は微塵も笑わずにメズルフを睨む。どう考えても昨日の今日。不自然過ぎる留学生の登場に流石の俺だって異常だと気が付くだろう。
キーンコーンカーンコーン
HRが終わりを告げるチャイムが鳴る。5分の短い小休憩の後に1限目が始まるわけだが、そのたった5分の間を狙って、クラス中の男子が俺らの席に詰め寄った。
「ねぇねぇ!! メズルフちゃんってどこから来たの?」
「イギリスです!」
「じゃぁ普段は英語なの?」
「そうですよ。でも、お母さん日本人だからハーフです。家では日本語で過ごしてました」
「だからそんなに日本語上手なんだ!!」
「どうして、急に留学に来たの?」
「日本へ来たのに、両親が急遽仕事でイギリスへ戻ってしまいました。親が同僚なので、御厚意に甘えて祈里さんの家に居候中です~! それで見学を提案してくれたのです~!」
ものすごい勢いで迫ってくるクラスメート達の質問に嫌な顔せずに一つ一つ答えて行くメズルフ。よくもまぁこんなに嘘がポンポンと出てくるもんだ。
呆れた顔をしていると、真心が真剣な顔でこっちを見ている事に気が付いた。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
「う、うん」
さっきの前楽との事と言い、メズルフの事と言い。
説明してもらいたい気持ちと、混乱が合わさった不安な表情。
真心が俺の服をちょんちょんと引っ張って移動を促す。
相変わらず、メズルフはすごい勢いで嘘をつきまくっていた。
こいつをこのままここに置いておくのは不安だが、今は真心と話をしに行かないわけにはいかなさそうだった。俺は真心とそっと席を立つと人気の少ない廊下へと移動した。
「ねぇ、あれどういう事?」
「あ、あれって?」
「辻井君とのこともそうだし、あの留学生? そんな話全然なかったじゃん!」
「そうだよね、本当にびっくりしてる」
それが俺の正直な感想。
「はぁ? 祈里も知らなかったって事?」
「うん、そうなんだ。今初めて知った」
「家に居候って言うのは?」
「それは昨日から」
「じゃぁ、辻井君の事は?」
ハッキリと聞かれて俺は言葉に迷った。
「それがさ、ついうっかり……ね?」
「うっかり?」
そう、うっかりだったんだ。勇気の出ない前楽を叩きのめすような言葉を吐いたのは俺のうっかりの所為。
「告白を受ける前に振っちゃった」
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!?!?」
人気のない廊下にものすごい大きな真心の声が響き渡る。続けて真心が理由を聞きだたそうとしたその時……
キーンコーンカーンコーン
その時チャイムが鳴った。一限目始業のチャイムだ。
「あ!! やっば!! 授業が始まっちまう! 行こう!?」
「ああぁもう!! あ、あとで!! あとでちゃんと聞かせなさいよ!?」
教室に戻ると、クラスメートの数人が俺の所に駆け寄ってきた。
「ねぇねぇすごいね! メズルフちゃんって!」
「……はい?」
「可愛いだけじゃなくて、スポーツ万能で、成績超優秀なんでしょ?」
「……は?」
「おまけにお金持ちだって! 祈里ちゃんもなんでしょ!?」
「……はぁぁぁぁぁ!?」
俺がメズルフを睨むとメズルフはちょっと困った顔で笑って見せた。
クラスメートがいる手前、大声は出せないが。
あんのアホ天使!!
嘘つき過ぎだあああああああああああ!!!!!