第五話 置手紙と留学生②
キーンコーンカーンコーン
今日も学校のチャイムが鳴り響く。
俺は祈里の席で息を切らしながら着席した。
「祈里? 大丈夫?」
「お、おはよ」
なれないことだらけで時間がかかった今朝。俺は時間ギリギリに祈里の席に着席した。
普段の祈里ならないだろうこの状況に早速、パッツン眼鏡の木古内真心が顔を覗かせた。
「珍しいじゃん。どうしたの?」
「ちょっと、寝坊しちゃって……ね」
俺は祈里のアドバイス通りに最後に「ね」をつけるように気を付けながら真心に返事した。
息が切れていたのもあり、真心は違和感なくそっかと納得してくれている。これなら、普通の会話くらいならいけるかもしれないと、心の中で祈里に感謝した。
すると、同じく遅刻ギリギリに前楽が扉を開いたのが見える。
俺は昨日の泣いていた前楽を思い出して思わず視線を逸らしてしまった。俺の失言のせいで傷つけた事に胸がいたくなる。どうにか昨日の事を謝って、距離を縮めなくては。
「あ、あのさ……おはよう」
「……」
そう思ったのに、前楽は挨拶も返してくれなかった。それどころか、顔を見てもくれない。当然と言えば当然かもしれない。
「ねぇ? 挨拶くらい返したら?」
真心がいつもと違う前楽の態度にイラっとしたのか強い口調で前楽に言った。
その言葉に前楽はちょっとだけ反応したようにも見えたが結局一言も発さない。俺はいよいよ、胸を痛めた。
「……違う。楽は悪くないんだよ」
「祈里? どういう事?」
「……後で話す…ね」
丁度、担任の今田が前の扉から入ってこようとしていた。納得して無さそうな真心も仕方がなく前を向いてくれる。前楽はホームルームの開始と同時に突っ伏した。これでは取り付く島がない。
「おーい! ホームルームをはじめるぞー!」
聞きなれたいつもの一言だが、いつもと明らかに違う部分があった。
次に今田が放った言葉はこうだ。
「突然だが、今日から留学生が僕たちのクラスに来ることになった」
「!?!?」
今田の言葉に俺はびっくりを通り越して口をあんぐりと開けていた。俺のクラスに留学生なんて来たことがない。昨日の矛盾によって、世界は過去を追従する形を取らなくなったのかもしれない。それか、俺が今いる場所は過去ではなく別次元に来ているのではないか、と思いたくなる状況。これはもう、世界は破滅の一途をたどっているのではないだろうか。
頭を抱えていると教室の前側の扉がガラリと開く。
クラスから歓声が上がったのを聞いて俺も顔を上げて、俺は再び口をあんぐりと開けることになる。
「留学生のメズルフさんだ」
そこにいたのは女子の制服を着たクソ天使。黙ってれば可愛いその笑顔で足取り軽く入ってきやがった。
「……はぁ!?」
思わず大声で指を差して立ち上がる。同級生全員がこっちを見てて、俺は慌てて席に座る。
「どうした、信楽?」
「あ、なんでもない、です」
俺は席に慌てて座ったが、あのクソ天使はその様子をにやにやとして見ているではないか。
本当に何考えてるんだ、メズルフは!と、心の中で怒りと不安がフツフツと沸き起こる。
だが、俺の心配など露知らず、メズルフはクラス全員に可愛らしくお辞儀をして見せた。
「お初にお目にかかります。日本の文化を学びたくて来ました。メズルフです! 今日から修学旅行の日まで急遽見学させてもらう事になったのでよろしくお願いします。」
メズルフが笑うと男子たちから歓声が上がった。
メズルフは本物の天使。実際、美麗な顔立ち。目立つのは必然だった。
呆れた顔でメズルフを見ている俺を除いてクラス全員がその容姿に釘付けだった。
前楽だけは机に突っ伏したまま動かなかったが。
「面倒なことをしてくれるぜ……」
ぼそり。そう呟いた。
楽は挨拶さえしてくれないし。天使は来るし。
俺の生活、本当にどうなっちまうんだ!?