第四話 愛天使と私生活①
時は変わってその日の夕方。
「ねぇ! どうしてくれるんですか!? アホはどっちですかアホは!!」
メズルフの罵声が祈里の部屋に響いた。
俺たちはあの後、とぼとぼと祈里の家に帰ってきて、今は祈里の部屋にいる。
「だぁ、もう。悪かったって! 俺は一生懸命笑おうとしただけなんだっての!」
「笑おうとしただけじゃないでしょう!? あの発言は不注意です! 楽の馬鹿!!」
あの時、俺は前楽がいることも気づかずに『アイツと付き合うとかマジで嫌だ』と明言してしまった。
結果、きっと前楽は祈里に嫌われてしまったと思ったに違いない。俺が祈里にそう言われたら、もう二度と告白することはないだろう。そして、前楽は俺そのものだ。
「楽、もう一回、もう一回だけ正道の天秤を見せてください」
「何度目だよ!」
「もしかしたら我々の見間違いかもしれませんし!」
「ねぇよ。20回は見てる」
「そ、それでも!!」
「わかった、わかったからそんな泣きそうな顔をするなよ!」
俺は手のひらを合わせて正道の天秤を出現させた。
--カタン
真ん中にあればならないその音はすぐに部屋に響いた。先ほどからメズルフはこの針を俺に出させては数分おきに確認している。
針はレッドゾーンに勢い良く傾いた。
「信じません。信じませんよ!? リムベール様にタイムパラドックスに注意せよと言われて楽の元に派遣されたのに。初日で……初日でレッドゾーン……」
メズルフはわなわなと震えながら正道の天秤を見て涙目になっている。まぁ、世界が崩壊するかどうかの指針と言う話だったからまずいのは解ってる。
「このままじゃ、リムベール様に怒られるどころじゃありません! もう、二度と会う事さえ出来ない……かも……う、うわぁぁぁん!!!」
「ちょ、ちょっと泣くなよ!!」
「ひっく……ぐすっ……うぅ……ぐすっ……」
メズルフの青い瞳からボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。子供のように泣きじゃくる目の前の天使を前に俺は慌てた。泣かれるのは好きじゃない。どうにかして、泣き止んでもらわなくては……。
「だぁ! 泣いてたら話にならねぇだろ!!」
「えぅ……ぐすっ……」
「参ったなぁ」
中々泣き止まないメズルフを前に俺は成すすべなく見守った。きっとこの天使からすると大失態なのだろうし、よく分からない事に適当に言葉を重ねても意味がないと思った。
こういう時、祈里ならどうするだろうか?
あの明るくて前向きな祈里はどこへ行ってしまったのか。俺が鏡を見ると、そこには制服姿の祈里がいた。中身は俺だけど、それでも視覚だけでも祈里に頼りたくて鏡を見る。
【ねぇ、楽? 失敗したならさ、もう一回頑張ってみればいいじゃない!】
祈里なら、きっとこう言うだろうな、そう思った。心にじんわりと温かい何かを感じる。
そうだ。一回失敗しただけで針が極端に動いたのにはきっと何か訳がある。俺はメズルフに向き直った。
「お……俺も、その……協力するから! 針を戻す方法考えようぜ?」
「針を……ぐすっ……戻す?」
「正道の天秤は俺の行動で傾いた。って事は俺の行動次第では戻る可能性もあるんじゃないか?」
「戻る可能性、ですか?」
「だって、おかしいだろ? たった一人の人間が告白に失敗しただけで世界が崩壊だなんて」
「……それも、そうですね。何か理由がありませんか?」
「それは……わかんねぇけど。でも、一つ言えるのは俺が祈里と付き合わなければ、俺は死ななかったかもしれない」
「……? どういう意味です?」
「俺が崖から転落したのは祈里とあるおまじないをしに行ったからなんだ。祈里と付き合ってなければ修学旅行の日にわざわざ神社にもいかなかった。つまり死ななかったんだ」
「もしかして……人一人の生死は大きな矛盾になることがあるって、リムベール様が言っていたことがあります! ねぇ、楽? って事は、ですよ!? 従来通りに就学旅行の日までにお二人が付き合えば……」
「まぁ、元通りって事になるよな?」
「それだ!! それですよ!!」
その話を聞いてメズルフは目を見開いた。答えを導きだしたかのような明るい笑顔に、俺は逆に嫌な予感がひしひしとした。まさか、こいつ何かを企んでいるんじゃ!?
「それですよって言うが、さっき思いっ切り付き合いたくないって言っちゃったばっかりだぞ?」
「ふふふっ!」
「なんだよ」
「ふーっはっはっは!!」
「おい、メズルフ。 気持ち悪い笑い方するなよ!」
「閃いちゃいましたよ、楽! 私の完璧で完全なる頭脳をもってすれば、世界の崩壊だって食い止めることが出来るのです!」
「さっきまで、お前、食い止められる可能性さえ気づいてなかっただろ」
「だまらっしゃい!!」
メズルフは立ち上がりカッコイイ風のポーズをとった。まぁ、小学生が正義のヒーローの真似をして変身ポーズをしているような、実際はさしてカッコよくないあれだ。
「楽、私は本来、転生の女神に仕える崇高な天使です」
「良く言えるな、そのポーズで」
「ですが、今回ばかりは一肌脱ぎましょう!!」
「無視かよ、都合の良い耳だ」
メズルフは一回ベッドに飛び乗り、羽を広げてみせた。意外と幅を取る。狭い。
だが、そんな俺の不満なんて全く関係なしにこのアホ天使は声高らかにこう、宣言した。
「私メズルフっ!! 本職ではありませんが、『愛のキューピッド』を務めさせていただきます!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
俺はその言葉に一瞬眩暈を感じた。
事態がどんどんおかしな方向へ進んでいる気がしてならない!!
いったい何をする気なんだろうか。
俺は話の内容を聞く勇気もなく、しばらくあんぐりと口を開けたままアホ天使のアホなポーズを眺めるのだった。