第三話 告白と不一致③
「あ、あのさ。信楽?」
木の方を見ていた俺はその声に慌てて前を向いた。
「な、何?」
いよいよ告白されるのか。
告白を受けるのを分かっていながらここに立ってその言葉を待つというのも中々どきどきとするものだ。しかも、前楽は緊張からかなかなか言葉が紡げずにいる。待てども待てども肝心の言葉は出てこない。どうしたのだろうか?
そうか!思い出したぞ。
この時俺の心臓は破裂しそうなくらいドキドキしていた。
顔はのぼせたようになって、頭も真っ白になって、なんて言葉に出せばいいのか分からなくなっていた。俺はそう思い前楽をチラッと見た。額に汗を浮かべて顔が赤い。ああ。やっぱりカッコ悪いなぁ、俺。もうちょっとこう、どうにかならないものか。せめて潔く告白するとかさ!!
それでも告白できたのは、祈里が笑顔で俺の言葉を待ち続けてくれたからだ。
その笑顔に俺は励まされて、やっと出た勇気で告白できた。
あれ?つまり、逆を言えば俺がここで笑顔にならないと勇気が出ないのだろうか。
俺が今はその祈里なのだ。祈里がしてくれたことを俺は俺にしなければ、事態が進展しないなら……
よぉし、笑うぞ!笑うくらいなら俺にもできる。飛び切りの優しい笑みを浮かべて、この勇気のないどうしようもなくヘタレな俺の口から俺に告白をさせるのだ!
俺は意を決して口角を上げる。
(にこっ)
俺は優しく優しく、笑った。
つもりだった。
「な、なぁ。信楽? そんな無理に笑わなくていいんだぞ……?」
「え!?」
「顔が引きつってる……」
大失敗だった。
前楽はさっきよりも情けない顔になっている。どうしよう、これは告白が遠のいてしまったか!?
祈里のように可愛く笑ったつもりなのに……上手く行っていないのは前楽の反応からよく分かる。
「あの、やっぱり今日はいいや! 信楽に時間取らせたうえに、気を使わせて本当ごめんな?」
「え!? ちょ、ちょっとまって!?」
「ごめん! また今度もう一回呼ばせてくれないか? ちょっと無理だ!」
まてまてまてまて!!!
逃げるのか俺!!?俺は内心かなり慌てるが俺が引き留める前に前楽は走って行ってしまった。
あっという間にその姿は校舎裏の角へと消える。校舎裏に取り残された俺は顔を青くした。
どうしよう。大失敗に次ぐ大失敗だ。
その様子を見ていたメズルフがすぐさま空から舞い降りてきた。
「ちょっと。何してるんですかぁ!?」
「いや、俺頑張って笑っただけだぞ!?」
「あんな顔されたら誰だって告白したくなくなりますよ!」
「そんな酷い顔だったの!?」
「私ならあの顔を見たら『いつ告白するために呼び出したのにいつまで私を待たせる気なのクソ豚野郎?』って言われている気分になりますって!」
「そこまで酷い!?!?」
俺の笑顔は破壊力抜群のようだ。
「しょっぱなから矛盾産まれたけど、これ大丈夫なのか?」
「まぁ、告白の日にちがずれただけでしょう? 大丈夫だとは思いますが念のため見ておきましょう」
「見る? 何を?」
「リムベール様に貰ったでしょう?『正道の天秤』」
「ああ! あの! そう言えば貰ったけどどこに行ったんだ?」
あの時確かに受け取った記憶はあるが、目が覚めた時には無くなっていた。
「手のひらを合わせて? 上向きに。そう、そして記憶の中にある天秤を呼び覚ましてください。想い描く感じで」
俺は言われた通りに手のひらを合わせ上向きにする。そして、貰った天秤をなんとなく思い出すと、突然手が光った。
「うわ!?」
「ほら、出てきた」
「えぇまじかよ!?」
気が付くと手のひらにちょこんと天秤が出現している。
「さぁ、針を見て見ましょう? 動かないで?」
「え!? あ、ああ」
突然魔法のような出来事が起こって心臓がバクバクとしている俺の心なんてお構いなしに、メズルフは針を見守っている。
「……傾いてますね」
「え!? せ、世界が崩壊!?」
「いやいや! そこまで酷い傾きではないですよ? 大丈夫です」
「ああ、良かった!」
俺はその言葉に胸をなで下ろした。
「そりゃそうでしょ? 告白の日付がちょっと変わったくらいで矛盾なんて言えませんよ」
「まぁ、それもそうか。ってか、俺と祈里が付き合っていようがいまいが、地球にとっては関係ないって事だよな?」
「それはどうでしょう? 人の命は結構大事だったような。お二人が付き合い続けて子供を産むとかになれば少し変わってきますよ?」
「俺、こんままじゃ来月死ぬのに……?」
「あ、そっか。じゃぁ関係なさそうですね」
「そっかじゃねぇよ! そこを組み替えてもらうために善行を積めって話だったろ!」
「あぁ。そんな話もありましたね、無理だと思いますけど」
心底俺の事はどうでも良さそうだな、このクソ天使。
「それにしても、なんていうか……良かったかもしれないな」
「何がですか?」
「いやさ? 俺と俺が付き合う事が地球に影響がないなら、無理に付き合わなくても良いんじゃないかなって」
「影響がないって決めつけるのはどうかとも思いますが……まぁ、今の所大丈夫そうですもんね」
俺の手の上の秤を見てメズルフが言った。
その言葉に俺は安堵して本音を漏らす。
「本音を言うとさ、アイツと付き合うとかマジで嫌だったんだ」
これが俺の本音。自分と付き合って、自分とキスするなんて本当は嫌で仕方がなかった。祈里としてばれないように付き合っていく。絶対に無理だ。付き合わなくて済んで心底ほっとしている。
「だから、告白されなくて良かったって思ってる」
「ちょ、ちょっと!! 後ろ!!」
慌てたような声にメズルフを見る。メズルフは震える指で俺の後ろを差した。
「え?」
指の方を振り向くと、そこには前楽が立っていた。
その顔は絶望に満ちていて、今の俺の発言を聞いてしまったのは明白な事実だった。
「……あ!! わ、わりぃ。呼び出しておいて置いてきぼりにするのもどうかなって思って戻ってきて……その、盗み聞きするつもりなんて無かったんだけど、ははっ」
目を泳がせながら、それでも前楽は俺を気遣っているようだ。さっきの言葉はあくまで「俺」の言葉。祈里の言葉ではない。慌てて弁明を入れようと口を開く。
「い、今のは違う! 違うん……」
「いや! もういい! もう、良いから何も言わないでくれ! ……ごめん、そこまで嫌われてるだなんて思ってなかったんだ」
「ちょ、ちょっと待って! 話を聞いて!!」
「今日は迷惑かけてごめん!! じゃぁな!!」
そこまで言って前楽は今度こそ走り去っていった。
泣いていた。
多分、俺は今、泣いていた。
顔が伏せていたが、明らかに傷つけた。
そして、もう二度と告白はされないだろう。
--カタン
その時、俺の手の中で天秤の針が大きく傾いた。
大失敗に次ぐ大失敗に次ぐ大失敗だった。