ルージュの伝言
オレが叫べば白藤様はまた、はたとオレに視線を合わせてきた。
すると一瞬眉間にシワを寄せ悩むような素振りをした後、何かを閃いたように小さく「あ」と声を漏らす。
そして何を思ったかまっすぐオレの前に進み出てくると、呆然とするオレに何処か申し訳なさげに言った。
「その……勘違いしてたとは言え、年頃の女の子のいるこんな所に乗り込んで悪かった」
こんな所? 浴場って事か?
「だけど俺はこれを事故で済ます事はしない。キッチリと責任は取るから」
……何を言ってるんだ?
オレが首を傾げながら言葉もなく事の成り行きを眺めていると、白藤様が突然オレの手を取り両手でしっかりと握り締めた。
「だから蒼狼。俺と結婚しよう」
「しませんけど」
オレは自分でも信じられない程の速度で即答した。
「じゃあ! 結婚を前提のお付き合いで!」
「“じゃあ”の意味が分かりません。そしてしませんて」
この人は何を言ってる? 何なんだ?
オレの思考は状況に全くついていけてない。
だけど間違いなくこれは“断るべき申し出”だという事だけは分かる。
「じゃあ! 結婚を前提のお付き合いを前提のお友達から!!」
「……ないです」
「なっ、友達も駄目なの!? じゃあ何だったらいいんだよ!? どう、俺に責任を取って欲しいんだ!? 答えろ蒼狼!!」
ない握力でそれは必死にオレの手を掴み、凄い剣幕でよく分からない事を言ってくる白藤様。
ない。今まで見た事の無い人種だ。
桃猿の様に朗らかに笑うでも無く、豹牙の様に突っかかってくるでもなく、赤兎の様に小馬鹿にしてくるでもない。
なんだろう。まるで未知の生物だ。
オレはその剣幕に押され、つい思った事をそのまま口走ってしまった。
「……キモい」
「っ」
途端、白藤様がビシッと固まる。
あ、まずい。こんなんでも一応皇族の方なのに、オレはまた……。
オレは慌てて言葉を取繕おうと声を掛けた。
「あの、すみません。つい……」
「ううん、いいよ? ある意味想定内だから。まだ“変態”は出てないから……俺まだ耐えられるからっ」
何を想定していたのかは知らないが、そう言った白藤様は涙目だ。
なんだか少し、可哀想になった。
「あの、白藤様が勘違いなさっているだろうと思いつつも早々に訂正できなかったオレにも責任はあります。ですから責任などと言わず……」
オレはそう言って気に病まないようにと伝えようとしたのだが、白藤様はそれを遮って苛立ちすら滲ませながらオレに言い返してきた。
「待て蒼狼。話をすり替えるな。ここで責任が取れないとなれば、俺のこの気持ちはどうなる? 思い返せば煌武祭の開会式典でお前の可憐な姿を見た時から、俺は既にお前に惚れていた。でも男だから惚れてはいけないと必死で自分を抑えていたんだ。それがここに来てその壁は取り払われたというのに……なのに!」
「……」
……なんだろう? 新手の冗談か何かだろうか? ―――いや、違うな。だってこの方の目は本気だ。
オレは一度静かに目を閉じ小さく息を吐くと、姫の格好をしたこの白藤という男に向け、冷ややかな視線とともに言い放った。
「知るか。すり替えてんのはお前だろ」
最早何のフォローも気遣いもない突っ込み。だけどもう、口が滑ったと後悔する事はなかった。
だってオレは思い出したのだ。入宮した時に円慶殿がポツリと言っていた言葉を。
“―――姫君は少し事情があり、多くの方の目に触れさせられないのです”
間違いない。この方は“完璧な姫”の仮面を被った“残念な王子”だ。
オレはそう肌で感じ取ったのだった。
だが白藤様はそんなオレの視線や言葉に落ち込む事なく、それどころか何処かその表情に喜色を浮かべ身を乗り出してきた。
「待ってたぜ! その辛辣なツッコミ!」
「あの、本当に責任とかどうでもいいので、いい加減一度出ていってもらえませんか? もう逃げるとかしないので、とりあえず服とか着させて下さい。どうかお願いします」
「うんうん、その丁寧な口調が逆に抉るな! 分かった! 俺は先に塔に戻ってる! なんか知んないけど蒼狼の身体冷たくなってるみたいだな。女の子が体を冷やしちゃ駄目だぞ! 夏だからって油断せずにゆっくり温まってからおいでマイハニー!」
「……」
そう言って漸くオレの手を離し、キャルンとウインクを飛ばしてきた白藤様。
やべぇ。確かに凍死しそうだ。
オレが沈黙していると、白藤様はそのまま足取りも軽く浴場を去っていった。
―――オレは暫しその場に立ち尽くす。心境としては嵐が去った後のようだった。
やがてオレは白藤様に言われた通り、池の様な大きな風呂にチャプリと体を沈めた。
その温かさに強張った身体がほぐされていくと同時に、オレの中で何処か彼方へとぶっ飛んでいしまっていた羞恥心が帰ってきて、むくむくと膨らんでくる。
オレは叫びだしてしまわないようブクブクと口まで湯に沈め、湯船の中でキュッと膝を抱え込んだ。
―――…………み……見られたぁー……。
◇◇◇
「はぁ……」
何とか気持ちを落ち着けられた時、オレは漸く湯から上がった。
そして浴場を出た所でオレはふとおかしな事に気付き、唖然と呟いた。
「……ない」
籠に置いてあった筈のオレの着物がなくなっていた。
唯一残されていたのは一枚の手拭い。
その手拭いには、白藤様の口紅と同じ桃色の顔料でこう書かれていた。
“着物は預かった。 白姫の塔、最上階にて待つ”
……。
「……っあんの…………―――っ変態が!!!」
オレはとうとう叫び、湯屋を飛び出したのだった。
サブタイトル※そっと問われた分かれ道※
にて、白藤の予測コンプリート的中です…。




