顔の傷
予定外投稿です!
「ただいま紺婆」
オレは使い古した布袋を抱え、少し傾いた我が家へと声を掛けた。
道の途中で見た街並みと違い、オレ達護衛獣の集落の家は、石と泥の剥き出しの壁に板の屋根を貼っただけのボロ屋ばかりだ。
隊長格以上の家となれば多少良くもなるが、あの街並みの家の立派さには到底敵わない。
オレが開け放たれたままの扉をくぐると、トッタンパッタンと、紺婆が機を織る音が聞こえてきた。
こちらに気付いていない様子の紺婆に、オレはもう一度声を掛ける。
「ただいま紺婆!」
すると響いていた音がパタリと止み、紺婆が機織りから顔を上げた。
「おや、おかえり麗蒼」
「麗蒼じゃない。蒼狼だよ」
紺婆はたまにオレの事を麗蒼と呼ぶ。
そんな紺婆を集落の大人達は、年を取ればそういう事があるんだと言って聴き流していたが、オレは毎回訂正をした。
「おかえり蒼狼」
「ただいま。紺婆みてよ。今日の訓練で干し肉と味噌を賄いで貰ったんだ」
訓練に行けば、兵糧として賄いが貰える。給金が出るのは16歳からだが、何れ兵になるし、食い扶持を抑える為にと護衛獣の男子達はみんな訓練に出るのだった。
オレが賄いの入った袋を紺婆に差し出すと、紺婆は嬉しそうにそれを受け取った。
「まぁ、味噌を? 今日はご馳走が出来るわねえ」
「【煌武祭】が近いからだろ」
オレがそう笑った時、ふと紺婆の表情が曇った。
「……蒼狼や、その顔の傷はどうしたの?」
「あ、うん。豹牙にやられたんだよ。象奉隊長に『紺婆に縫って貰え』って言われて、向こうで手当してもらえなかったんだ」
オレがそう言えば紺婆は袋を脇に置き、オレの頭に括り付けた手拭いをそっと外す。
「まぁ、結構深く切れているわ……。おいでなさい。紺婆が直ぐに手当しましょう」
紺婆はそう言うと土間の上がり戸を指差し、オレに座れと言ってきた。
そしてすぐ様火を起こし、それが燃え上がり始める間に傷口を酒で濡らした布巾で拭う。
そして戸棚から取り出した小さなかぎ針を炎で炙り、糸を付けてオレの顔に手を添えた。
「少し痛みますよ」
「平気だよ」
それから十数秒、こめかみの傷口に焼けるような痛みが走ったが、オレはなるべく何でもないふりをして目を瞑って耐えていた。
やがてじんじんと熱を残す傷口に、紺婆は新しい包帯を巻いてくれた。
「―――はい、良いですよ」
「ありがと紺婆。みんなは向こうで手当して貰ってるのに、何でかオレだけ紺婆に頼めって象奉隊長に言われるんだ」
「軍医殿の手当は速いけれど荒いですからね。傷が跡になると思って、象奉隊長はそう仰ったのでしょう」
「別に兵士なんて生傷だらけなんだから良いのに……」
オレが口を尖らせて言えば、紺婆はそっとオレの頭を撫でて言った。
「そうね。でも、貴方は女の子なのよ」
オレは撫でられながら肩を竦めた。
「そんなん言うの紺婆くらいだよ。桃猿も豹牙も完全にオレを男と思ってるしな。まぁ今更面倒だから敢えて言う気もないけど」
紺婆は可笑しそうに笑って、織り機の隣の戸棚に向かった。
そして戸棚を漁りながら頷いて言う。
「そうねぇ、桃猿殿や豹牙殿は勘違いをしてそうね。後はたまに訪ねてくる女の子達も……」
「そうだよ。正しく知ってるのは紺婆と……後は父様と仲の良かった象奉隊長じゃないかな? って言っても象奉隊長は男だ女だの拘らず、本気で殴ってくるけどな」
「蒼狼がそう望んだからでしょう。あの方は兵士以外の女性にはとてもお優しいのよ」
「……」
オレは口を閉ざして黙った。
そう。……こうして兵士を目指しているのは、全部オレ自身の意思なのだ。




