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夕暮れの同時刻㊦

平日の予定外投稿です。

 ニコニコと笑顔で歓迎する赤兎に、姿を現した豹牙はうんざりとしたように顔を歪め言った。


「何が“やっぱり”だよ。頷かねーと蹴り殺すってくらいの勢いで掴みかかってきたくせに」

「あはは〜。あの時はちょっと僕も頭に血が昇ってたんだよ。まぁ、確かに手加減する余裕も無かったから、頷いてくれてなかったら本当にヤっちゃってたかも……?」

「手加減とか言うなっつの。相変わらず腹のたつ奴だな」


 腕を組み鼻を鳴らした豹牙に、赤兎はトコトコと近づきその仏頂面を覗き込むように見上げた。


「あれぇ? 僕に負けるってトコは否定しないんだ?」


 にやにやと笑いながら言う赤兎を、豹牙は面倒臭そうに見下ろすと、追い払うようにひらひらと手を振った。


「自分の実力くらい分かってる。この世代でお前と張りあえんのは、調子が良い時の蒼狼位だろ」

「いや本当は、蒼ちゃんだって余裕だと思ってたんだけどさぁ。演武の前半はあんなにぐだぐだだったのに、後半になってあそこまで上げてくるとか、ホント予想外だったよ」


 うんうんと腕を組みながら頷く赤兎だが、ふと顔を上げてまた豹牙の顔を覗き込みながら、不思議そうに言った。


「……って、あれ? 以外だね。豹くんってもっと自信過剰な奴だと思ってたのに、案外冷静で謙虚じゃない。……もしかして、神獣の就任式典で心折られちゃった?」


 そう言いながらぐいぐいと近付く赤兎を、豹牙はその白髪を鷲掴んで引き剥がした。


「うるせぇな。それに元々あいつは強かったよ。―――こっちが馬鹿みたいに努力してやっと1勝したと思えば、次は絶対にそのレベルを超えてきた。体格だってあんなもやしの癖によ……」


 豹牙は苛立たしげにボヤいたが、赤兎はケタケタと笑いながらそんな豹牙を茶化す。


「へぇ? つまり蒼(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)の(・)為(・)に(・)馬(・)鹿(・)み(・)た(・)い(・)に(・)努(・)力(・)し(・)た(・)って訳なんだ?」

「っ。―――……」


 豹牙は絶句したものの否定はせず、少しの沈黙の後で話は終わりだとばかりに話題を変えた。


「……んな事より赤兎。お前、頭も怪我したのか?」

「ん? して無いけど何で?」


 不思議そうに首を傾げた赤兎。豹牙はそんな赤兎の前髪の付け根をビシリと指で小突いて言った。


「髪の付け根がなんか赤いぞ。血じゃないのか?」


 赤兎の動きがピクリと止まる。

 そして直ぐに、まだ茶色く血の滲む包帯が巻かれた手で小突かれた所を覆うと、また豹牙を茶化した。


「……えー、ホント? さっき苛ついた時に無意識に掻きむしっちゃったかなぁ? ってか、え……もしかして心配してくれたの? うわっ、繊細ぃ〜っ」


クネクネと踊る赤兎に、豹牙は拳を振り上げて本気で嫌そうに即答した。


「煩い黙れ。マジでその頭カチ割るぞ。自傷癖が気持ち悪りぃって言ってるんだよ」

「うわー。冗談じゃん。それにウサギさんは寂しいと死んじゃうくらい感受性が豊かなんだ。目を瞑ってやってよ」

「その割に空気を読まないやつだよな」


 豹牙がそう言って拳を下ろすと、赤兎とあははと笑いながら指を立てて言った。


「ほんじゃ冗談はこのくらいにして、明日の予行練習でもしよっか。 ―――手筈はいいよね? 僕の耳で敵の位置を全部把握する」

「あぁ。それで俺が足音を消して移動すればいいんだろ?」

「そゆことっ。しかし本当にちょうど良かったよね。豹くんは派手な舞台でもそこそこ強いけど、隠密系の方が得意だったなんてさ」

「まぁ、豹の血筋だからな。―――知ってるか? 豹はな、耳の良いお前らにも気付かれないように、音と気配を消して狩りをするんだぜ」


 豹牙は冗談めかしてそう言うと、爪を伸ばして赤兎の首にあてがってみせた。

 赤兎は無言でそれを払うと、顔を歪めて笑う。


「は、頼もしいね。期待してるよ。なんせ、もし途中で見つかって戦闘に持ち込まれれば、本物の聖獣相手に僕らが勝てる筈ないんだからさ」


 赤兎はそう言うと振り返って、陰り始める山の上の城に目をやった。

 そして豹牙も釣られるようにそちらに視線を向け、睨むように暫しそちらを見つめていたが、ふと思い出したように赤兎の背に声を掛けた。


「お前はなんであそこに行こうとするんだ? あそこがヤバい事はお前も分かってるんだろ? つか、こんな事しなくても、お前の実力ならいつかは【聖獣】になれる筈だろ」


 赤兎は振り返って豹牙に笑いかけた。

 そして自分の着物の袖を破り取ると、それを額に巻きながら言った。


「ううん。僕はね、聖(・)獣(・)に(・)は(・)な(・)れ(・)な(・)い(・)ん(・)だ(・)。だから“白藤様の神獣”を目指した」

「なれない? どういう……」


 豹牙が訝しげに尋ね返そうとすると、赤兎は突き放すような冷たい笑みを浮かべ、それを遮った。


「そこは詮索しないでもらおうかな。言っとくけど、協力はするけど僕は豹くんの仲間になる気はない。城壁突破の為の協力はするけど、蒼ちゃんをどうにかしたいなら自分でしてね。―――それに僕から言わせればさ、なんで蒼ちゃんにそこ迄拘るの? 万が一成功したとしても、豹くんも蒼ちゃんも【朱ノ三】にはもう戻れない。魔獣堕ちするしかないっていうのにさ。なんで?」

「……」


 赤兎の言葉に、豹牙は突然くるりと踵を返した。


「さ、予行練習するんだろ。とっとと行くぞ。時間が勿体ない」

「いや、ちょっと豹くん。僕の質問は……?」

「うるせぇ、詮索すんな。俺はお前の都合にも興味なんかねんだよ」

「待ってよ! ちょっと速いから! ―――ねぇ! 魔獣落ちしたら二人でどうする気なんですかぁー?」

「知るか。黙ってついてこいチビ」

「ひどっ!」



 そして二つの影は、また森の闇の中に溶けていった。


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