功労の言葉 ◇蒼狼視点◇
《蒼狼視点》
―――煌武祭最終日。
すっかり日は昇り時の鐘が九時を告げた頃。オレは豹牙と共に、居住区内の端にある小さな小屋へと訪れていた。
その小さな小屋は“繕い師”達の作業小屋。昨夜の演武で見事に衣装をズタボロにしてしまい、こちらの匠の方々に修繕を御願いしていたのだ。……とはいえ、昨晩のオレは気絶していたから、実際は象奉隊長がオレ達の破れた衣装をひっぺがし、豹牙の衣装と一緒にこちらに預けてくれてたのだが……。
オレが明け方に目を覚ましたときには、全身の打撲傷や擦り傷には湿布が貼られ、赤兎の執拗な攻撃を受け過ぎて折れた腕には、添え木が当てられ固められていた。また、豹牙に関しては打撲傷は大した事なかったそうだが、動き過ぎによって筋肉が炎症を起こし、オレと同じく湿布と包帯まみれになっていた。
オレは傷を庇うように背を屈め、豹牙と言葉を交わすこともなく小屋の外で仕上がりを待っていた。すると、もはや聞き慣れたと言っても過言ではない、弾むような声が聴こえてきた。
「ヤッホー! 蒼ちゃんに豹くん!」
「げ……」
「赤兎……」
白く長いおさげを揺らす、相変わらず美少女のような少年、赤兎だった。ただ、その左頬には大きな湿布が貼られ、額にも包帯がぐるぐると巻かれている。―――まぁ、オレのせいだ。
おそらく赤兎も、ここに衣装の修繕を依頼しているのだろう。
オレと豹牙はげんなりとした声もらしたが、赤兎は気にせず近づいて来て、眉を下げながらオレに言った。
「あれあれー? 腕のギプス……もしかして骨折させちゃってた? 口程にも無く軟かったんだ……ごめんねぇ蒼ちゃん」
赤兎の性格上、顔を合わせれば嫌味の一つでも言ってくるかと思っていた。しかし予想外にも、昨晩の打ち合いでの負傷について素直に謝ってきたのだ。これは完全な想定外の不意打ちだ。ならばオレも謝らないと。
「いや。煌武祭本番の演武ともなれば、こんなの当たり前だから気にするな。オレの方こそ顔を随分腫れさせてごめんな。気にしてる風だった上、わざとだったから凄い怒ってるだろうと思ってたんだ……。なのに案外心の広い奴だったんだな。見直したぞ」
「怒ってるに決まってるだろ、このボケナス。今のだって嫌味だよ」
オレは慌てて謝ったのだが、赤兎は物凄い顔でオレを睨みながらそう言い放った。……うん。こっちの方がある意味想定内だ。見直したのは撤回だな。
オレが肩をすくめて黙っていると、赤兎も大人しくオレの隣に並び、今度は豹牙に食ってかかる。
「てゆーかさぁ。今さっき露店の方に行ってきたけど、なんか豹くんの評価が爆上がりしてたよ。……何したの?」
オレは耳をピンと立て、黙ってその話に聞き耳を立てた。
「何もしてねえよ。お前と蒼狼が器用に突っ立ったまま意識飛ばしてから、俺も10分程で力尽きたんだ。しかもその間、お前らの邪魔な遺骸のせいで中央も取れないし、舞台の端っこの方で鈴鳴らしてただけだ」
「遺骸って言った!? 死んでないし! ってか嘘はいいよー。潰し合いにも参戦しないし、中央も取ってないならあんな評価上がる筈ないからね。……ねぇ?」
「だから知らねっての……」
豹牙はそう言って、心底面倒臭そうに赤兎から顔を逸らせたが、赤兎は尚も豹牙にじっと視線を送り続けていた。
―――まぁ、評価はオレだって気になる。
オレだって全力を尽くしはした。
だがどれほどオレが力を振絞ろうが、周りに認められなくては、単なる一人相撲の自己満足でしかない。
訓練の時ならそれでいい。今日は頑張った……明日はもっとこうしてみようと、やり直しも効く。
だけど今回紹介は違う。万人に認められるのは元より、白藤様の御心に、オレという存在が届かなければならないのだから。
オレはソワソワと、高い城壁の向こうにチラリと目をやった。
―――あと2時間程で今年の煌武祭、最終日の式典が始まる。
例年の式典では上帝様より選手全体に降される労いのお言葉を拝聴し、その後姫君より各選手達に直に功労のお言葉を頂戴し、聖獣の任命式になる。だが今年は、聖獣任命の前に神獣任命が降ろされるとの事だ。
もう間もなく。―――白藤様はオレを選んで下さるだろうか……?
可能性が低いと分かっているからこそ、不安で胸が押し潰されそうになる。―――いや、低くとも可能性はある。
オレは不安を振り払う為、昨年の白藤様がオレに下さった言葉を思い出した。
『蒼き髪の男子よ。また腕を挙げられましたね、来年も楽しみにしております。これからもどうか励んで下さいまし』
そう言って、頬を上気させながら微笑んでくださった白藤様。
大丈夫。今年のオレを楽しみにしてるのと言ってくださってたのだ。
それはつまり、今年のオレを指名するつもりで言ってくださってたのではないのか? ―――そうだ、そうに違いない!
だとすれば、オレの演武はきっと届いた筈だ。
白藤様は何時だってオレ達護衛獣を、よく見てくださっていることをオレは知ってる。
姫君が直接功労の御声を掛けられるのは、時間と姫君の容態を気遣って、4日目以降まで勝ち抜いた選手だけだが、それでも例年300名前後は居る。……300名と言えばオレの住む郡民より多い人数だ。
そんな膨大な人数一人一人に掛ける姫君の言葉の内容だが、誰一人同じものがなく、またそれぞれは感動を覚える程に的確なお言葉なのだった。
一人一言ずつとはいえ、その声をかけ続ける時間は2時間以上にも及ぶ。だが姫君は始終お美しい所作と、神がかってお可愛らしい笑顔を絶やされないのだ。それはまさに天女の如き……
「―――てっ、いた、痛いってば! 蒼ちゃん、尻尾! 尻尾があたってる!」
「あ、わり」
気付けば無意識に振っていた尻尾が、赤兎の太腿をビシビシと叩いていた。
オレはすぐさま尻尾を捕まえ気持ちを落ち着かせると、まだ出来上がらない衣装をまた静かに待ったのだった。
◇◇◇◇
―――だがそんなオレの希望と思いは、その瞬間全て崩れ落ちた。
それは上帝様の言葉を拝聴した後、2時間以上も緊張の中で心待ちにした瞬間。
1メートルも離れていないオレの目の前に、美しい姫君はいらっしゃった。
背はオレと変わらず同じ目線の高さなのに、まるで別の生物の様にお美しい。
姫君は至極嬉しそうな微笑みを浮かべながら、オレにこう仰言った。
「蒼き髪の男子よ。その熱き闘志に、思わず妾も言葉を失のうてしまいました。今後も楽しみにしております。これからもどうか励んで下さいまし」
その一言で、オレは全てを悟った。
駄目だ。
やはり届かなかった。
―――オレは選ばれなかったのだ。




