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予定外投稿です!(※基本土日祝日投稿です)
―――蒼狼。
それは五年前の夏、煌武祭で見つけた一人の少年。
当時、姫として椅子にふんぞり返っていた俺は、その姿にそれはそれは衝撃を受けた。
年も体格もは同じくらいなのに、まるでゲームの主人公のように洗練された動きで棒を奮って闘う少年。
……いやまあ、人間離れした動きをする奴は【護衛獣】の中にはゴロゴロいる。
だけどそんな格闘ゲーム的ゴリマッチョ系じゃなく、線の細い“おしゃれ系RPGゲームの主人公”みたいだった。
それにこうして姫になる前の俺は、戦争なんか無縁の平和な国で生まれ育った。だからかも知れないが、並み居るゴリマッチョにはあんまり憧れはしなかった。……だって太もも周りだけで一メートルはあるんだぞ? ヤバいって。
……だけど、その少年は違った。
少年はガッチリとした男達の中で、逆に目を引くほど細く、中性的な顔立ちで、所謂所の“美少年”だった。
しかし少年は、自分より体格のいい並み居るゴリマッチョ共を、スピードと技術、そしてその細い腕からは考えられないような力で、バッタバッタと薙ぎ払って行く。
その様はまさに、爽快系アクションヒーロー。俺は興奮したね。
そっから俺は、その少年について調べまくった。
そしてすぐに俺は、その少年が、帝都の南部にある【護衛獣郡 朱ノ三】と呼ばれる集落に住んでいる“蒼狼”だと云う情報に行き着いた。
更には週三くらいの頻度で、展望台の下の修練場にやって来ていると云う事を知ったのだ。
以来、俺は時間を見つけては、そこに通うようになった。
あ、その頃からだな。上帝様の所へも歩いて行くようになったのは。
修練場で蒼狼を見て、俺は更に蒼狼に惚れ込んだ。
仲のいい“桃猿”と言うデブ猿といつも楽しそうに修練場を駆け回り、笑い合い、互いを高め合い、そしてライバル的存在の嫌味猫“豹牙”とは取っ組み合いの喧嘩をしては、大人達に拳骨を食らう。
……ホント……ホントにお前、何処の少年漫画の主人公だよ!!
それはまさに【俺がこうなりたかった男】の姿が凝縮された存在だった。
―――強くてかっこいい蒼狼。それに比べ、リアルの俺ときたら、女の着物と宝石で飾り付けられ“かわいい、かわいい”と愛でられるだけ。腕立て伏せや腹筋だって二十回が限界というヒョロっちい男だ。
可愛くいい匂いのする女官達と、菓子や香の話をするのは別に嫌いじゃない。
宦官達から舞踊や絵画、治世について勉強させられてる事だって、必要なことだってちゃんと分かってる。
……だけどさぁ、いいじゃん夢見たって。
女帝候補で居なきゃいけない立場だけどさ、俺だってさぁ……カッコよく在りたかったなぁと思うわけなんだよ。
だから俺は展望台に来て蒼狼を見つけては、その姿に俺のもう一つの姿……否、あるはずの無い姿を重ね合わせ、明日もリアルを生き抜く活力を養う。
俺はスチャッと望遠眼鏡を取り出し、目に充てがった。
これは一般的階級にはまだ普及されていないアイテムではあるが、俺は立場をフル活用し、お取り寄せしたのである。
そしてこれを使う事により、俺と蒼狼の距離は一気に縮まる……気がする。
……まぁ、実際はここから蒼狼までの距離は、直線距離にして千メートルは離れているんだ。
―――だが、侮る事なかれ。
俺はこの五年、蒼狼を見つめ過ぎて、いつの間にか読唇術を体得したのだ! ……あ、決してストーカーではありません。……多分? うん。多分……いや、絶対違うから!
「おい蒼狼。また姫様が見ておられるぞ」
覗いたオペラグラスの向こうでそう口を動かしたのは、蒼狼の隣に立つ蒼狼の幼馴染の桃猿。
桃猿はピンク色の髪をした自称“ぽっちゃり”……一般的には“ヘビー級デブ”の猿の獣人だ。
だけど蒼狼はこちらなど目もくれず、棒で素振りを続けながら短く答えた。
「知ってる」
―――……知ってんのか……。
そっか、知ってて無視されてんのかぁ……。うん、辛いっ! でも、クールだぜ蒼狼!
俺は涙目で、心の中の蒼狼への“いいね”マークをまた一つクリックした。