表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/208

展望台から見える蒼

 俺の可愛い女達……もとい、俺担当の女官達に身支度を手伝って貰った俺は、間もなく頭に金冠を載せた誰もが平伏す姫となった。

 そして黄色い悲鳴に見送られ、背後にバカでかい日傘を持つ唱を侍らせつつ、俺は上帝様の待つ本殿に向けて粛々と歩き始めたのだった。



 俺の住居である【白藤宮】から、上帝様の仕事場である本宮迄の道程は長い。

 俺の足で徒歩一時間半くらい? 

 柱と屋根だけの廊下という名の歩道の長さは約五キロ。くそ重い着物を着て、夏の日中を歩くのは中々の重労働だ。

 昔は輿に乗って送って貰っていたが、最近では緊急でも無い限り、自分の足で歩いて向かうようにしている。


 大きな池や庭園を迂回するように通るこの廊下は、俺のテリトリーを抜ければ、白塗りのシンプルな造りから、一気に朱塗りと金装飾の派手な造りに様変わりする。―――……まぁ、言わずもがな上帝様の趣味だ。

 そして更に広大な庭園を迂回するように進むと、高い塀の向こうが覗ける様に階段と高台が、ぽつりと添え付けられる場所がある。

 俺はそこを【展望台】と呼び、散歩がてらよくそこを覗いていた。

 いや、違うな。()()()()()()()()()()()()()と言った方が正しいな。

 展望台の向こうは絶壁の崖。そしてその崖の下には、この帝国の兵士【護衛獣】達の訓練場があり、そこを覗けるようになっているのだ。

 なんでこの庭園に、そんな展望台(除き穴)があるのかって? ……まぁ、それも言わずもがな上帝様の趣味だな。


 いつもの俺なら、外出すれば必ずそこへ立ち寄って行くのだが、今は流石に呼び出しが先だ。

 俺はその展望台を横目に通り過ぎながら『帰り、絶対にまた寄ろう』と心の中で呟いたのだった。



 更に歩き続けて本宮が近づいてくると、本宮勤めの女官や宦官を、よく見かけるようになってくる。

 途中そんな人達とすれ違うと、その女官や宦官達は、五体投地で頭を下げてきた。―――……今でこそ慣れたが、七歳くらいの頃まではドン引いてビビってたな……。


 俺はそんな人達には、あえて一瞥をくれることなく歩き続ける。

 声なんて掛けようもんなら、逆に向こうだって、ビビっちゃうだろうからな。



 ◇



 そして【白藤宮】を出て歩く事一時間半。とうとう、俺は上帝様の居る本殿の扉の前に立った。


 俺と唱の姿を目に止めるやいなや、門番の宦官(ハゲ)共がサササッとゴキ○リみたいな妙な足さばきで、巨大な朱塗りの門を開けてくれた。


 開かれた門の先の回廊を更に進めば、噎せ返るような様な匂いの香の煙が漂ってくる。

 ぶっちゃけ俺の好みの香りでは無い為、なるべく吸い込まない様息を浅くしながら、俺は平然とした態度で進んだ。

 すると霞む煙の向こうから、扉を大きく開け放たれた、派手な殿が現れる。

 そこに深く一礼して入れば、殿の中に絹の幕をいくつも掛けられた玉座が据えられてあった。


 俺は玉座の前で膝を折って頭を下げる。

 すると間もなく、幕の向こうから上帝様の少し低い声が飛んできた。



「―――よく来たな。朕の可愛い白藤。面をあげよ」



 声に促され顔を上げれば、燃える様な朱色の髪に釣り目が特徴的な、でかい美女が玉座に掛けていた。

 これぞ俺の母、朱蘭女帝だった。


 俺はニコリと笑って弾む声で挨拶の言葉を掛ける。


「親愛なる上帝様にして、天上天下に於いて誰よりも大切なお母様。お会いしとうございました」


 ―――まぁ、社交辞令だ。

 こう言わないと怖いんだよ、俺の母ちゃんは。


 そう。この人は俺と違い根っからの戦闘民族で、普段あまり化粧をしない。それでも元がいいから、十分見れる顔をしているのだが。

 筋の通った鼻にアーモンド型の釣り目、細く尖った顎に細い眉。今は座っているからちょっとした威圧しか感じないが、立てば190センチの超ビッグマムだ。

 因みに俺はサバを読まずに152センチ。きっとまだ伸びるんだろうが、現状母のデカさには恐怖しかない。

 ……いや、うん。やっぱおべっか言っても怖えわ。俺と全然似てないんだよ。本当に俺、この人の子か? いや、子だからこんな事になってんだろうけどさ……。


「……なんじゃ? 朕の顔になにか付いておるか?」

「いえ、今日もお美しいと見惚れておりました」

「愛いやつよ」


 じっと見てると睨まれたので、笑顔でサラッと躱した。

 そして上帝様はそんな俺の言葉で上機嫌に笑ったので、機嫌のいい内に本題に入る。


「上帝様、私めに御用と聞き及びました」

「あぁ、明後日は【煌武祭】だからな。今年でお前は十三歳になる。お前の側に置く【護衛獣】を、その際選ぶ事になる。心しておけよ」

「―――……しかと」

「うむ。それだけよ」

「……」


 って、その為だけに一時間半も歩かせたんかぁーい!


 内心突っ込みながら、俺はまた頭を下げた。まぁこの御方(ひと)に、俺なんかが頭をあげられる筈もないのだ。


 そしてその後、折角だからと誘われて唱の舞踊を母様と鑑賞し(本当は別に見たくない)、砂糖菓子を食べてから俺は本殿を後にした。


「お会い出来て嬉しゅうございました。私の大切なお母様」

「うむ、朕も白藤の愛らしい顔が見れて嬉しかったぞ」


 去り際の俺の社交辞令に、上帝様はそう満足げに笑った。 

 ……まぁ、何だかんだで俺、好かれてるんだよなぁ。―――俺も大好きだょ、母様! ……あ、別にマザコンじゃないからね。




 そしてまたあの長い廊下の帰り道、例の展望台の前で俺は振り返って、俺を【白藤宮】迄送り届けようとしてくれている唱に声を掛けた。


「―――唱。俺、帰りに展望台を寄ってくから、ここまででいーわ」


 唱の眉がピクリと動く。


「……またその様な言葉遣いを。誰かに聞かれでもしたらどうなされるおつもりか」

「はっ、この美貌を見ろよ。上目使いで白を切れば、どんな奴だってイチコロよ?」

「……はぁ……」


 溜息を吐かれた。

 そう。この唱は、俺の本当の性別と本当の性格を知る、宮廷内でも数少ない人物の一人であった。


「……ともかく、そうは言われてもお一人にさせるわけには行きません。どうしてもと言うなら、離れた場所に立たせて頂きますので」

「なにストーカーごっこ? 女の子相手じゃないと萌えないんだけど……」

「言葉をお選びください」

「冗談じゃん。青筋立てんなや。お前ハゲだからすぐバレるんだぞ?」


 俺が笑いながらそう言えば、唱は無表情かつ無言で俺から離れて行った。

 そして10メートル程向こうに立ち止まると、こちらに向き直り、俺をじっと監視し始めた。



 ―――まったく、つまんねー奴だ。



 俺は唱に背を向けて、展望台へと登る。


 見晴らしのいい展望台から下を見下ろせば、獣の耳と尻尾を持つ【獣人】と呼ばれる者達が、各々棒を手にして鍛錬に励んでいた。


「今日も……いるかな?」


 俺はその中で目当ての者を探す。


 屈強な大人達の集団から少し離れた所にある、子供から青年まで位の若者達の集団。


「―――……いた……」


 集団の中にその姿を見つけた瞬間、俺は興奮のあまり思わず小さな歓喜の声を漏らした。



 それは、槍を想定した長い棒を軽やかに奮う若者。

 それは、澄んだ水を思わせる薄い水色の髪をした、犬耳の少年。



「っ蒼狼……!」



 俺は食い入るように、その少年の姿を見つめた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ