姫 ◇白藤視点◇
―――煌華帝国。
それは5000年の歴史を誇る、歴代女帝が国を治めてきた世界最大の大帝国だ。
雅な文化の発信地であり、その大陸に遥か昔から根付いていた獣人達による陸空軍は、他国を圧倒する最強の獣軍として世界にその名を轟かせていた。
悠久の歴史を持つこの国の歴史の中でも、現皇帝にあたる朱蘭は、それらの国治政務の中で特に軍事力に力を入れており、本人とて武人に劣らぬ血気盛んな女帝であったそうだ。
ところがあまりに血気盛んが過ぎた為、朱蘭は御子を身籠った身体で馬に乗って戦場を駆け、早産となった挙げ句、内臓に傷が付いて二人目の御子は望めなくなってしまったという……。
辛うじて生まれた御子は白藤と名付けられ、唯一の次期皇帝として玉の様に磨かれながら、宮廷の奥深くで大切に育てられると事となったのだった。
―――時は流れ、それから十三年後。
十三歳を迎えた白藤は、透けるような白い御髪に紫水晶の様な藤色の瞳を持つ、帝国の至宝と謳われる程の絶世の美姫に成長していた。
◇
《白藤視点》
「―――白藤様、本日は何色のお召し物になさいますか?」
白を基調とした雅な宮廷一室で、薄紅色で縁取った白い着物を着た美しい3人の女官達が、俺に15着もの色とりどりの着物を選べと迫って来る。
俺はうっとりとした微笑みを浮かべつつ、女官達に問い掛ける。
「どれも素敵にございます。そなた達はどれが妾に似合うと思う?」
すると女達は我先にと主張しだした。
「それはもちろん紫に御座います! その紫水晶の様に美しい瞳がよく映えますわ」
「いいえ、若草色に決まっておりますわっ! 白藤様は正に一輪の花の如く。柔らかな緑の葉がその身を引き立てますわ」
「いえいえ、白にございます! その白銀の御髪と同じ銀糸の編み込まれた白こそが、その高貴さと神々しさを……」
俺は頬を赤らめ熱弁してくる可愛い女官達を手で制しながら、悲しげに眉を寄せた。
「お待ちになって。妾はそなた等の選んでくれた物全てを気に入ってしまいましたが、残念な事にこの身は一つ。着物も一つに決めねばなりませぬ。困りました……」
女達は互いの顔を見合わせ、直後嬉しそうにやる気の籠もった顔で拳を握りしめる。
「はいっ! では本日はどのようなゲームで決めましょうか? 帯を引っ張り解いて、倒れずいられた者を競うゲームですか!?」
まぁつまり“あ〜れ〜、お代官様堪忍してぇ”をするゲームだ。
「いえ、“目隠し鬼”の方がよろしゅう御座いますわ」
まぁつまり“目隠しした俺が、最終的に俺がこの子達の誰かのおっぱいを揉む”というゲームだ。
「でも“宝探し”の方が、皆にチャンスがありますでしょう?」
まぁつまり“俺が俺の服の何処かにガラス玉を隠し、皆に俺の身体を弄って貰う”というゲームだ。
俺は内心で鼻の下を伸ばしながら考える。……すげえ真剣に考える。
「うーん、どれにしましょうか……」
「失礼致します、白藤様」
おん?
俺が外れ無しのめっちゃ幸せな選択をしようとしていたその時、仕切り扉の向こうから淡々とした男の声が聴こえてきた。
「上帝様がお呼びに御座います。お戯れは後程にして、早々に支度を願います」
そう言ったのはハゲ……もとい宦官の唱だった。
唱は俺の母である上帝様お気に入りの、歌って踊れる犬にして俺の見張り番。……つまり俺にとって厄介な奴だ。
俺は空気を読まない唱の登場に、内心で小さく舌打ちする。
……ちっ、俺の日課の“楽しいお着替え”を邪魔しやがって。
とはいえ、外面にはそんな素振りはお首にも出さず、俺は戸惑う女官達に言った。
「すみませぬ。母様がお待ちのようなの。着物は【紅】にするわ。母様のお色だから」
「はいっ、只今支度致します!!」
女官達は急いで俺の支度に取り掛かかり始めた。
―――ふぅ。髪を結って貰ってる時、女官のEカップ様が背中に当たって嬉しかったです。
そう。俺の名は白藤。
この帝国一……否、この世界一可憐で儚げで美しい絶世の美貌を持つ、完璧無欠の姫(実は男)である。
そして隔離されて育てられた姫でありながら、何故俺がこんな中身なのかというと、実はこことは違う“異世界”で15年程を男として生きた記憶を持っているからなのである。
かつてはただの中学生だった俺が“姫”になったのは、この世界で生きる為の処世術。
毎日の様に戦争が普通に起こり、それはもう真っ黒な政治的取り引きが成される国の中心地で生き残る為に、俺は今日も姫を演じるのだ。
目にとめていただきありがとうございます!