それから――(エピローグ)
後日談――ソフィアと呼ばれる街の一角を支配していた女郎蛇のマムシとその手下が一夜にして消えた。
と言うニュースは、瞬く間にソフィアのみならず王都にまで轟いたらしい。
女郎街に囚われていた女たちは忌まわしい街から姿を消し、同時に冒険者たちの多くもソフィアから姿を消したのだとか。
元々あの街に滞在していた冒険者の多くは女郎街目当てで滞在していたロクでもない冒険者の集まりだった。
しかし、その冒険者たちが街の周辺にいる魔物を駆除していたことも事実。
冒険者たちが一斉にいなくなってしまったことで、街の領主を務める貴族は相当頭を抱えているとかなんとか……正直自業自得だと思う。
街の治安を維持したり、そこに暮らす者の暮らしを豊かにしたりすることが領主の役目だろう。
それを怠り、マムシに好き勝手させていたんだ。
噂では領主は相当マムシから賄賂を受け取っていたらしい。
すべてはマムシだけのせいではなかったようだ。
また、国王も相当領主から税を収められていたらしく、女郎街の実態を知っていながら見て見ぬふりをしていたという。
腐敗しきった国や街によくある話だろう。
国王や大臣は今回の件で相当俺にお冠らしい。
それというのも当初から懸念していた穴が問題なのだ。
ソフィアの北側に無数に空けられた大穴の修復費用は膨大なんだとか。
ま、これは飽くまで通信コンパクトミラーを通して瓜生から聞いた話なので、事実かどうかを確かめる術は俺にはない。
ソフィアの男たちは女郎街がなくなったことで意気消沈し、項垂れる者が多かったらしいが、逆に女たちはそのことをとても喜んだ。
活力を失った男たちに取って代わり、ソフィアは女が様々な商売を始めて、失った街の活気を取り戻すべく日夜奮闘している。
あの街は何れ女郎街改、女帝街と呼ばれる日も近いのではなかろうか?
女は強しだな。
囚われの身となっていたゆかりたちは現在俺が保護している。
ダンジョン25階層にあるダンジョンシティーでキャバクラみたいな店を開いて楽しげに生活している。
俺はゆかりたちの忌まわしい記憶を消去スプレーを使用し、消すことを提案したのだが……そんなことはしなくていいと断られた。
◆
『例え記憶が消えたとしても……過去は消えないのよ。それに、あたしは忘れたくない。ゆう君が命懸けであたしたちを助けてくれたことを、あの時くれた言葉を……』
『言葉……?』
『助けてって言わせてみせる。俺がお前を助けてやる……凄く、凄く嬉しかったの』
ゆかりは照れくさそうに微笑んでそう言い、続けてこう言った。
『ねぇゆう君。あたしがなんであの時……別れようって言ったか知ってる?』
『いや……』
『ゆう君は嘘を付くとき左の頬がピクピクって二回痙攣したみたいに動くって言ったわよね。ゆう君はいつもあたしじゃない誰か別の人を目で追いかけてたの……それが辛くて。あたし覚悟を決めて聞いたの』
『聞いた?』
『うん。あたしのこと好きって……そしたらね、ピクピクしたの……それがすごく悲しくて……あたし逃げちゃったの』
ゆかりはとても悲しそうに微笑んでみせた。
その笑顔を見ると……その日のことを思い出すと、内側でズキズキと鈍い痛みを感じた。
『でもね……あたしもう逃げないから! いつかきっとゆう君をあたしに振り向かせてみせる……フィーネアさんには絶対に負けないんだからね』
そこにはいつもの見慣れたゆかりの無邪気な笑顔があったんだ。
それが少しこの胸の痛みを和らげる。
『ああ』
『うん』
俺たちは微笑んで見つめ合い、また笑った。
それは止まっていた時が動き出したような……そんな感じ。
過去は消えない。ゆかりはそう言った。
それはその通りだと俺も思う。
だけど、いや絶対。大切なのは歩んできた道のりではなく、これから歩むその道なのだと思う。
きっとゆかりたちの歩む道の先に、光は降り注がれて彼女たちの素敵な笑顔を絶えず照らすのだろう。
誰かが違うと言っても……俺がそうだって声を大にして言ってやるつもりだ。
そしてまたここに、マスタールームに一人、過去を消せない者が駆け込んでくる。
「ユーリ殿っ! 助けて欲しいでござるよ!!」
相変わらず転移の指輪を使用し、勝手に入って来る明智。
もういっそこいつから指輪を没収してやろうか。
悲壮な声を響かせる明智はサンドバックにでもなったのか、見事にボロボロだ。
「何しに来たんだよ」
「聞いて欲しいでござるよユーリ殿! 乙女たちがそれがしを嘘つき呼ばわりしてタコ殴りにしてくるでござるよ! 酷すぎるでござろう!! ユーリ殿から注意して欲しいでござる。それに街に行けば魔物たちがそれがしのことを糞を見るような目で見てくるでござる……耐えれんでござる!!」
ま、当然だな。
つーかこいつも自業自得だろう。
ゆかりたちから聞いた話だと明智のバカは俺のことを散々好き勝手いい、自分が俺を養っているだの、豚の王様を倒したのは自分だの、自分は4人目の勇者だの散々ホラを吹きまくった挙句、ダンジョンシティーに出来たばかりの自室にゆかりたちを誘ったらしいのだ。
もちろん、エロいことをしようとして。
なんでも明智はゆかりを本妻とし、残りの5人を愛人にしてやるでござると豪語したらしい。
彼女たちが怒り狂うのも無理のない話だ。
それに先程から冷たい視線を明智に向けるフィーネアの姿もある。
フィーネアから聞いた話だと俺を助ける直前、明智はあの場から逃げようとしていたというじゃないか。
……信じられない野郎だ。
「明智……殺されなかっただけ良かったな」
俺は死んだ魚のような目を明智に向けた。
明智は俺の目を見るや否や両手をジタバタさせながら誤解だと取り繕っているが、誰が信じるか。
「酷いっ! ユーリ殿は親友が困っているというのに冷たすぎるではござらんか! 見損なったでござるよ!」
なにを馬鹿なこと言ってんだ。
それはこっちのセリフだ、この両刀使いが!
特殊部隊のマッチョの元に送り返してやろうか。
「ハァ~」
と、俺が嘆息すると、マスタールームに箒やフライパンで武装したゆかりたちが駆け込んで来た。
それを目の当たりにした明智はすぐさまソファに腰を下ろす俺の背後へと身を隠す。
「見つけたわよこのゴキブリ男!」
「今日という今日は退治してやるわ!」
「覚悟しなさい!」
鼻息荒くマスタールームに駆け込んで来たゆかりたちが害虫を退治しようと躍起になっている。
その姿に青ざめる明智が怯えきった声で言う。
「まっ、待って欲しいでござるよ! あれはどうやらそれがしの勘違いだったみたいでござる。勘違いは誰でもすることでござろう? とにかく一旦落ち着いて欲しいでござるよ」
「黙んなさいよこの人でなし!」
「あんたの性根を私たちで叩き直してあげるわ!」
「覚悟なさい!」
「さぁ、さっさとあたしのゆう君から離れなさいよね! 菌が移ったらどうするのよ!」
ゆかりがとても恥ずかしくなるような言葉を叫ぶと、彼女たちは一斉に『は?』というような視線をゆかりへ向けて、沈黙が流れる。
なぜかフィーネアもゆかりをガン見している。
「ずっと思ってたんだけど、ゆかりの遊理君じゃないわよね?」
「そうよ! そう言う言い方やめてくれない」
「凄く腹立たしいのよ」
「遊理君のお嫁さんになるのは私よ!」
「はぁ? 何言ってんの? 頭おかしいんじゃない?」
また始まったと俺は頭を抱え項垂れる。
俺が彼女たちを助けて以来、実はずっとこの調子なんだ。
俺は人生初のモテ期到来に悩まされている。
正直好意を持ってくれるのは嬉しいのだが、こうしょっちゅう揉め事を起こされては辛い。
それになにより……じっと黙っているフィーネアが若干怖いんだ。
言い争いを始める彼女たちを尻目に、明智はしめしめと鼻の穴を膨らませて転移した。
「ははは、さらばでござる!」
「あっ!? ゴキ男がまた逃げたわ!」
「追いかけるのよ!」
ゆかりたちはどこへ転移したかもわからない明智を追い求めて、嵐のように去っていった。
「毎回毎回騒がしくてかなわんな……」
再び溜息をつく俺の元にフィーネアが茶を運んできてくれるのだが……俺を見て微笑むフィーネアの目はまったく笑っていない。
「随分とおモテになられますね、ユーリはっ!」
「ははは……はは……そうかな……」
「じー」
「そっ、それよりもフィーネア! ダンジョンのレベルがまた少し上がったみたいだぞ! レベル32だってさ! ランキングも689位から567位に大幅ランクアップだ。これもひとえにみんなのお陰だな」
乾いた笑いをマスタールームに響かせ、俺は誤魔化すことでいっぱいいっぱいだった。
フィーネアは少し呆れたように息を吐き出し俺の横にスっと腰を下ろして、ティーカップを傾けながらボソッと口にする。
「でもまっ、ユーリと一緒にお風呂に入ったことのあるフィーネアが一歩も二歩もリードですね」
「へ……!?」
突然のフィーネアのとんでも発言に俺の心臓はドキッと音を立てた。同時にあの夜のことを思い出し、ポッと顔が熱くなる。
ドギマギする俺の股の間にフィーネアがそっと手を突き、グッと体を近付けてくる。
俺は恥ずかしくなって思わず視線をフィーネアから外した。
「きょきょきょ、きょうはなんだかとても暑いな。この部屋にエアコンがあったらいいのにな。あー暑い暑い」
「…………」
なんで黙ってんだよ!
チラッとフィーネアへ視線を戻すと、白い二つのたわわが視界に入り目が釘付けになってしまう。
「ゴクリッ」
思わず喉を鳴らす俺を見やり、フィーネアが悪戯にそっと微笑み耳元に顔を近付けて囁いた。
「触ってみますか? ユーリ。ユーリならいいのですよ? フィーネアはユーリのものなのですから……」
フィーネアの大胆な誘惑に、忘れかけていた大切な夢を思い出した。
夢の……ランデブー。
そうだ! 俺はランデブーがしたい! しみけんになりたかったんだ!
その為に元の世界ではバイトに明け暮れた生活をしていた。
俺も……ついに卒業か……!?
しちゃうのか? ランデブーしちゃうのか!?
男になれ月影遊理!
ここでビビっていたらいつまで経ってもランデブーなんてできやしねぇーぞ!
チャンスなんだよ! これは人生最大のチャンスなんだよ!!
俺はゆっくりとフィーネアの胸へとこの手を伸ばす。
目の前の二つの膨らみ……あの時のお風呂での胸の感触が頬に蘇る。
触りたい! あのマショマロみたいな胸を今度はこの手で触りたいんだ!!
俺は鼻息荒く二つの巨大マシュマロへと手を伸ばし、あと少しで届く――
「ボス、失礼する」
「ギヤァァアアアアアアアアアアアアッ!?」
俺は突然入って来た冬鬼の声に驚き絶叫し、すぐに正面に向かい座り直した。
フィーネアもびっくりしたのか顔を真っ赤にしてすぐに立ち上がり、手ぐしで髪を直している。
「ん? どうかしたかボス?」
「なっ、ななな、なんでもにゃい」
「にゃい?」
びっ、びっくりし過ぎて噛んじゃった。
はっ、はずかしい……。
冬鬼は首を傾げて不思議そうに俺を見ている。
フィーネアは知らんぷりをして、「そっ、掃除しなきゃですね」と一人逃げた。
俺はダンジョンマスターとしての威厳を保つため、ゴホンッと咳払いをして出来るだけ冷静を装い冬鬼の話しを聞いた。
冬鬼はどうやらプリンちゃんに刺激されて進化玉が欲しいと言ってきたので、俺はオーガ三人衆用に通販で買った進化玉を何個か渡した。
冬鬼はご機嫌でマスタールームを去っていく。
また二人きりになった部屋で、俺は後ろを振り返りフィーネアの背中を見つめる。
さっきの続き……したいのに……。
俺は指を咥えていつまでもいつまでもフィーネアの背中を恨めしそうに見つめ続けた。
一体いつになったら俺はランデブーできるのだろうか……。
せめて生きている間に卒業したい……。
◆
明かりの消えたミスフォーチュン――いつものように水晶玉を前に愉快そうにそれを眺めるヴァッサーゴ。
「随分と調子よくMFポイントを貯めていますね……順調でございますよお客様」
ヴァッサーゴは嬉しそうに肩を揺らす。
一体ヴァッサーゴ――この貧乏神は何が目的で『不幸』を月影遊理に集めさせているのか……謎は深まる一方だ。




