できないふりをしていたら本当に無能になっちゃった!
暑くもなく寒くもなく、花粉が飛び散るこの季節に部屋にこもりっきりの男がいた…
序章
「ぬああああ〜!!!!今日もやることはあるがやる気がない!」
11時およそ丁度をさした鳴らない目覚まし時計を握りしめ、ゆうたは心で叫んだ。
季節はこの雪国でも春の足音が近づいてくるのを感じ始める頃のことである。高校ではそこそこの成績を修めたゆうたが、祝福されながら新たなる旅路へ希望を持って駆け出したのもおよそ1年前のことだ。
ゆうたの人生は人並みか、人並み以上に荒んでいたが最低限度の幸せというものも適度に味わっていた。しかし、歪み、大人びたこどもであるゆうたを人波はゆうたを拒み、いつからかゆうたもまた、人波を拒むようになっていった。そんなゆうたにも誰にも負けたくないという漠然とした夢があった。しかし、何で?どうやって?そこまでの考えは持ち合わせていなかった。否、答えは持ち合わせていた。努力すれば良いのだ。ただひたむきに、時には苦痛を味わいながらもじっくり成長していけばよい。
「あほくさ。」
ゆうたは努力することを拒んだ。勝つために負けるということが許せなかったのだ。最終的には勝てるとしても、その中途で負けることは絶対に嫌だったのだ。そのため、彼は逃げるが勝ちを信条に掲げ人の道を敗走していた。決して踏み外すことなく。よく言えば真面目に、悪く言えば中途半端に、勇往邁進していた。
第1章 帝王、切開す
「っざけんなよてめぇええええ!!!!クソが!!!!」
ゆうたは今日も勝てもしない対人ゲームにのめり込んでいた。ゆうたは対人恐怖症のきらいがあり、アルバイトをしていない。無論、WiFiは無線でカクカクである。奨学金を切り崩しダラダラと腐敗した生活を送っていた。
「あ〜あ、クソが。剣はなぁ!投げて使うもんなんだよばあああか!!!!なんで重火器にそんなかすりもしないなまくら持ち込んだわけ?剣の振り下ろしもおっせーし、もっとこう…」
小学生の頃にRPGの勇者に憧れ我流の剣術を極めた剣聖がコーラのペットボトルをふり抜くと埃臭い空間に巨大な裂け目が生じた。
「うお、すっげー吸い込み…ヤバい!!これはホントに…」
訛り切った下半身と腕力では為す術もなく裂け目に吸い込まれてしまうのだった。
女「おーい…大丈夫?ダメかもしれんなこれは。」
ゆうた「…!」
目を覚ますとそこはオレンジ色のやわらかい光に包まれた見知らぬ空があった。
そして突如目の前に現れた大和撫子を体現したかのような美女を見てゆうたは息を飲んだ。
カンナ「あっ…起きたー!あのね、あたしカンナって言うの。おたくがいつも使ってるゲーム機の精霊…付喪神ってやつね!」
ゆうた「お、おう。は?いや、状況が整理できないんだけど…」
ゆうたは早口でボソボソと言うと少し考え込んだ。ここはどこなのか、自分はどうなっているのか、そもそも誰やねん、何から聞けばいいかわからず硬直してしまうゆうた。
カンナ「まぁ落ち着いて…。とりあえずはじめから説明するからね。ここは次元の狭間。異世界と異世界の間、みかんの皮と身の間みたいなところね。次に、あなたは今、次元の裂け目を切り開いてしまってこの狭間にいます。そしてあたしは、おたくと一緒に吸い込まれたおたくのもってる携帯ゲーム機の付喪神。」
考えていることを読んでいるかのようにペラペラと話し出すカンナ。常人には理解できないようなことだがゆうたには理解できた。理解できたことを理解したようでカンナはゆうたの言葉を待つ。
ゆうた「俺は、死んだのか?」
カンナ「死んでるけど、死んでる。いや、生きてるかもしれない。この次元の狭間は半端な世界だから生死が重なっている世界だわ。二極化したものが重なり合う、妥協を重ねてきた半端者のおたくが作り出した狭間だからね。」
ゆうた「俺はどうすればいい?」
カンナ「どうしようもないわ。あたしは全能の神じゃないもの。でも、ここから元の世界に帰ることは極めて困難ね。次元の裂け目は基本的に一方通行だから。でも、そろそろお腹が空いたんじゃない?」
ゆうた「確かに…。今朝も遅かったから朝ごはん食べ逃しちゃったし…。」
カンナ「あたしは全能の神じゃないけど、あなたの力にはなれるわ。なんだかんだで長いこと一緒だったもの。ゲームしてる時も、ゲームのし過ぎでお母さんに怒られていた時も、エッチな写真を内蔵ブラウザで見ていた時もね。」
ゆうた「…!やめてくれよ…。」
カンナ「付喪神がつくほどに使い込んだおたくにも責任はあるわよ。少し話が逸れたけど、単刀直入に言うわね。あたしが今からこの命を以て蛮勇の悪剣、ピサロを作り出すわ。ピサロは10回しか使えないけど、どんな願いもあなたの思うがままにしてくれるわ。そして、その剣で虚空を切れば新たなる異世界へ旅立つことができるわ。」
ゆうた「なるほど。どうしてそこまでしてくれるんだ?一緒にいたとはいえ今日はじめて話したのに。」
カンナ「妥協と諦めで生きてきただっさいあんたとここで添い遂げるなんて真っ平御免なのよ!情けをかけるなら夢のひとつくらい掴んで見せなさいよ!」
カンナが絶叫するとその身体はガラス瓶のように破裂し、どこからともなく現れた影が彼女の血肉を啜りて諸刃の大きな両手剣へと形を変えていく。恐らくこれがピサロなのだろう。ゆうたはとにかく死に疎く、死ぬということが認識できない。愛用の携帯ゲーム機が、目の前の美女が壊れてしまおうとも何とも思うことができなかった。
ゆうたは迷わずピサロを手に取る。軽い。まるで実態が無いようだ。影からできたものだからだろうか。頭の中に声が響く。
ピサロ「我はピサロ。神の骸を依代とし蘇った蛮勇の業物なり。汝、我を欲するならば貴様の一番大事なものを差し出せ。」
次の瞬間、この虚ろな空間にゆうたの高校時代の先輩の背中が現れた。顔は見えずとも敬愛する先輩の見慣れたウインドブレーカーだ。恐らく、この背中を刺すことでこの空間から脱出できるのだろう。
ならば、ならば、とゆうたは葛藤しつつも身体は既に動いていた。赤い血が流れ出す。そして、斬りおろす。泣いたことがないことで有名な先輩の絶叫が聞こえる。この時ばかりは流石のゆうたも罪悪感を感じた。しかし、無慈悲な悪剣の凄まじい切れ味はまるでバターを切るかのような手応えで骨と肉を断ち切った。
そして、巨大な次元の裂け目が現れたのだった。
第3章 妖精の世界
次元の裂け目に飛び込んだゆうた。目を開けるとそこには天を貫く摩天楼が立ち並びスーツ姿の大人たちが歩き回る世界だった。
ゆうた「所詮は、こんなものか。」
気がつくとピサロがない。どういうことかと辺りを見回すも見つからない。なんとなくスマホをいじろうとするとスマホがいつもとは違うことに気がついた。
どうやら、ピサロはスマホに擬態できるらしい。
ゆうた「腹、減ったな…。」
悲しみに暮れるにしてもゆうたの理解できる容量を超えた出来事の連続に、何をすれば良いかわからず、まずは自身の欲求に従うしか無かった。
丁度近くにラーメン屋がある。それも、ゆうたの住んでいた街には無かった有名チェーン店だ。
ピサロを弄りながら列に並び、いよいよゆうたの番が来た。しまった、財布がない。気づいた時にはもう遅い。後ろには行列ができている。1度抜けるか、しかし、もう腹が減って限界だ。
ゆうた(ピサロ、なんとかしろ!)
ゆうたがそう念じると突如ピサロが手を離れ勝手に電子決済を行った。金の出処は謎だが、同一性の保証できないこの世界ではもう帰る場所がない以上、背に腹は変えられない。大盛りの味噌ラーメンを平らげ、店を後にした。
ゆうたは次の目的を据えかねていた。元々は勝ちたいだった夢がありあまる金と抱ききれない女と最大限の畏敬をもって崇拝する召使いさえいればいいという比較的具体性を持った形を為してきていた。現状、ピサロの使用回数は恐らく9回。残り9回でピサロは再び影となって四散してしまうことだろう。そんなことを考えていると路地から喧騒が聞こえてきた。
続きをお楽しみに