波乱の予感
「くそがッ!」
会場のとある個室では、机に蹴りを入れて倒す男の姿があった。
「くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ!」
ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!
倒れている机を何度も蹴る。
「くそったれがッ! ティニアを俺のものにする絶好のチャンスを踏みにじりやがって!」
息を荒げながら、舞台から離れていく琉海の姿を睨むレイモンド。
「あいつさえいなければいまごろ……」
歯を食いしばり、そう呟く。
レイモンドは標的を変え、扉の前に立つ中年の執事に視線を向けた。
「なぜだ! なぜ間に合った! 奴らはちゃんと襲撃したんだろうな!」
「はい。襲撃は行われました。あちらの犠牲者は御者の1名です」
平坦な執事の言い方にレイモンドはイライラさせられる。
「じゃあ、なんであいつが間に合ったんだ!」
レイモンドは奴らがどれだけ強いか知っていた。
人材の調達は家来に任せたが、フードの男からもらった薬を飲ませたのは、レイモンドが行った。
飲ませてすぐ苦しみだし、暴れ出して繋いでいた鎖を引き千切られそうになるほどの馬鹿力を披露してくれた。
並みの人間では、太刀打ちできない。
強くても、数に手を焼いて時間には間に合わないと予想していた。
「予想以上の強さだったということです。レイモンド様が用意した彼らはすべてやられてしまいました」
「あれだけの数だぞ。獣のような馬鹿力の男たちをすべてだと……」
「はい。レイモンド様の言いつけ通り、逃げた者はおりません」
「くっそ!」
また、机に八つ当たりをするレイモンド。
「はあ、もういい。あの男を屋敷に呼んで来い」
レイモンドの言うあの男とはフードの男だった。
「レイモンド様、不躾ですが意見させていただきます。あの男とは関わらないほうがよろしいかと思われます」
執事の言葉にレイモンドは鋭い視線を向けた。
「お前の意見は聞いていない」
レイモンドは数瞬目を瞑り、瞼を開いた瞬間――
「従え! あの男を屋敷に呼べ!」
「……はい」
レイモンドの言葉に執事は表情を失い、感情の籠っていない声で返事をし、部屋から退出した。
「はあ、能力を使わせるな。無能執事が!」
レイモンドはイライラしながらそう呟く。
レイモンドの能力は《従順》。
レイモンドは生まれたときから、トランサーだった。
相手を服従させる能力。
聞けば、誰もが羨む能力かもしれない。
だが、服従させることができる相手は、自分より下の精神力を持つ者だけ。
もっと詳しく言えば、レイモンドのことを自分より上の存在と認めている者だけにしか使えない能力だった。
それも一日の回数制限があるため、無暗に使うことのできない能力。
捕らえたならず者たちをこの能力で服従させ、いうことを聞かせたわけだが、失敗に終わってしまった。
「しかし、あの男にはこの能力が効かないのが一番の難点か……」
前回の交渉でレイモンドは、一度フードの男に能力が効くか試していた。
しかし、反応に変化はなく、普通の商談となって終わってしまった。
「はッ、まあいい。もっと強力なのをもらってあいつにぶつけてやる」
レイモンドの瞳には琉海への復讐の炎が灯っていた。




