旅のはじまり
結界のそばに行くのには、かなりの距離があった。
森の中は歩きづらく、整備された平地を歩くよりも時間はかかった気がする。
家の窓から見えた透明な膜は近くだとわかりづらく、進もうとしたところで、見えない壁に頭からぶつかった。
「イテッ!」
琉海は頭をさすりながら、その壁を叩いてみるが、びくともしない。
「そんなことやっても無駄よ」
後ろからエアリスがため息交じりに言ってくる。
「いや、わかっているけど、感触を確かめてみたくて。てか、こんな壁みたいのをどうやって壊すんだ? 魔法って言っても、この森全体を覆っているんだろ?」
「魔法は便利だけど、万能ではないことを頭に入れておいた方がいいわよ。どんな強力な魔法にも弱点は存在するのよ。むしろ、強力な魔法のほうが、弱点はわかりやすかったりするわね。ただ、厄介なのは強さを強調することで弱点を見えにくくはしているところかしら」
「へえ、そうなのか」
琉海はそう言って再び見えない壁に触れてみる。
これをどうやって破壊するのか少し興味があった。
「さて、それじゃ、始めるわよ。ルイ、さっき私が見せた記憶の時の感覚はまだ覚えてる?」
「ああ、俺は忘れるのが一番苦手なんだ。大丈夫だよ」
琉海は右手に魔力を集中させる。
最初にやったときよりスムーズに右手に魔力を集めることができていた。
「それはなにより。それじゃ、その状態を維持してて。私がその魔力にひと工夫いれて、剣を創造するから。そしたら、壁に向かって思いっきり振って」
言い終わると、エアリスは光の粒子となって琉海の体に入っていく。
「お、おい……ッ!?」
エアリスが消えると、右手に変化が起きる。
ただの魔力の塊に過ぎなかったものが、形を成し、現物として生み出される。
「これって……」
琉海の右手に現れた剣は豪奢な装飾を施された剣だった。
そう、記憶の中で前契約者が使っていた剣。
その剣からは強い力を感じた。
『早くして! この状態を維持できるほど私たちはまだ能力を扱いきれてないわ』
「……ッ!?」
頭の中に直接エアリスの声が聞こえてきて肩を跳ねさせた琉海。
エアリスの言う通り、剣はさっきよりも存在感が薄れてきているように感じた。
『振りなさい!』
琉海は言われるまま、剣を横に薙ぎ払った。
その剣には壮大な力が封じられていたかのように、光の奔流を放ち、透明な膜にぶつかる。
一瞬、光と壁が拮抗するが、壁は貫かれる。
穴の開いた結界は、そこを中心にひび割れていき、ドーム状に覆っていた結界が崩れていく。
ガラスが割れていくかのように崩壊していく結界。
晴れて結界から解放された琉海とエアリスは眼前の風景を目にして絶句した。
「これって、同じ世界だよな」
「そうね。私の知っているものとはだいぶ変わったようだけど、私が知っているのは300年前のことだから、変わっていて当然かしら」
いつの間にか琉海の隣にエアリスは姿を現していた。
琉海達が見た景色は緑の全くない土気色が広がる大地だった。
さっきまで晴天だったはずの空は曇り空。
木々はあるがどれも枯れている。
エアリスは結界の外の土を摘み、指先でこする。
「木だけでなく、土もあまりよくないわね。精霊も数が少ないように感じるわ」
エアリスは近くの空洞の目立つ枯れ木に触れてみたが、ボロボロと崩れてしまった。
「なあ、これって結界の中にいた方が良かったんじゃないか?」
琉海は後ろに広がる緑の木々に目を向ける。
結界の中で守られていたおかげか、結界内の木々は青々としている。
「結界を壊した今、この森もいつまで持つかわからないわよ。先に進んだほうがいいと思うわよ」
「いや、でも……」
「ひとつ言っておくけど、私から離れすぎると、繋がりが弱まって琉海の体を維持している創造の魔法が解けてしまうから、気を付けるといいわよ。ついでにその服もね」
エアリスはそう言って、荒れ果てた大地を歩き出す。
「そ、それって、離れ過ぎたら俺は死ぬってことか?」
「さあ、どうかしらね。服は消えちゃうかもね」
どんどん進んで行ってしまうエアリス。
「ちょ、待ってくれ」
急いで後を追う琉海。