王都への旅の途中
翌日。
「もう、行っちゃうんですね」
ミリアが惜しむように言ってくる。
「人を探している途中だから。見つけたら、また来るよ」
「本当に!?」
「ああ、今度はアンリも連れて来るよ」
ミリアにお別れを言い、女将さんからお礼を言われた。
琉海、静華、エアリスの三人は宿を出た。
すると、前方からやってくる人がいた。
「あら、もう行っちゃうの?」
冒険者ギルドの職員のシーラだ。
「人探しの途中だから」
「そう。次はどこへ行くの?」
「王都に行く予定だけど」
「そう。目的が達成できたら、冒険者ギルドに所属してみない?」
「考えておくよ」
琉海は軽く返事をして歩きだす。
三人が向かったのは定期便の馬車だ。
この町からだと、王都に向かう馬車があるそうで、琉海たちはそれに乗って王都に向かう。
正直、琉海が精霊術を使って走った方が速いのだが、静華を抱えた状態になってしまう。
静華には琉海の魔力を感知することができないのか、琉海だけに無理をさせたくないと言われ却下された。
そこで、別案として出たのが、馬車の定期便だった。
馬車に乗ってから数時間。
「馬車って尻が痛くなるな」
琉海はガタガタと揺れる座席の振動をお尻で受けていた。
「これは、しょうがないわ。車はないし、道も舗装されていないからね」
静華も揺れに耐えているようだった。
「ふんふんふふん♪」
エアリスは鼻歌交じりに外を眺めていた。
しかし――
「……ん?」
上機嫌だった鼻歌を止め、怪訝そうな表情になった。
「ん? どうかしたのか。エアリス」
「あれ……」
エアリスが指差した方向は木々が立ち並び、何も見えない。
「どれのことだ?」
琉海は首を傾げて、木々を見つめる。
「ほら、あれよ」
エアリスはまた雑木林に指を向ける。
すると、ガタガタと激しい音を立てながら、こちらに近づいてくるのが聞こえた。
この音は馬車だろうか。
この先の道がY字路になっている。
おそらく、そこに向かっているのだろう。
「それにしても、慌ただしいわね」
静華も音に気付き、窓の外に視線を向けた。
たしかに、この馬車に比べて些か激しいように聞こえる。
「急いでいるのかもしれないわね」
静華はこの世界で培った経験から、推測した。
このままだと、ぶつかる恐れもある。
「御者のおっさん、あっちを優先していいから、こっちはゆっくりで頼む」
「はいよ」
琉海が御者のおっさんに相手を優先するように言い、揺れが緩やかになったことで、馬車の速度が落ちたのがわかった。
下手に進んでぶつけられても困る。
琉海たちは譲ることにした。
交差点近くで馬の嘶き声が聞こえ、琉海達の前方に馬車が飛び出した。
馬車は止まることなく、走っていく。
何を急いでいるのか、わからないが、かなり切羽詰まっているように思えた。
琉海たちと同じ進行方向に走っていく馬車を見ていると、
「ルイ! あっちから来る!」
エアリスが何かに気づいたようだ。
「何が?」
エアリスが示す方向はさっき馬車が通ってきた道だった。
徐々に近づいてくる黒い影。
数秒して、姿を見せたのは十数匹の黒い狼だった。
「あれは……!?」
静華が驚きの声を上げる。
「静華先輩がこの世界に来て最初に出会った魔物ですか?」
話に聞いていたので、外見から予測する琉海。
「そうよ……」
静華は厳かに頷いた。
「このままだと、こっちが襲われるわよ」
エアリスが警戒するよう言ってくる。
「ああ、わかっている」
琉海は馬車から降り、戦闘態勢に入る。
狼の魔物たちの進行を防ぐように立ち、《創造》によって片手に剣を顕現させる。
「静華先輩たちは馬車の中にいてください」
「え、でも……」
静華も馬車から降りようと思って扉に手をかけていた。
その手をエアリスが掴む。
「大丈夫。ルイなら、あれぐらいの魔物なんともないわ」
エアリスが止めているうちに狼の魔物たちは、一気に距離を詰め、琉海と会敵する――はずだったのだが、琉海と馬車の横を通り過ぎ、先ほど走って行った馬車と同じ方向へ獲物を追う猟犬のように駆け抜けていく。
「……? どうなっているんだ?」
「なんで……?」
琉海と静華は魔物たちが駆けていったほうを見る。
「どうしてかわからないけど、あの馬車を追っているように見えたわね」
「馬車を追っていたってことは……」
「あの速さだと追いつかれるのは時間の問題かもな」
静華と琉海はエアリスの言葉で想像してしまった。
十数匹の狼に食い破られ無残な残骸と化すであろう馬車と乗客、御者に馬。
自分にできることをやらずに目の前で死なれると、多少なりとも心がざわつく。
そして、そういう光景を想像するとき、一緒に思い浮かぶのは、ヤンばあたちの亡骸だった。
「目覚めが悪いな」
琉海は呟き――
「ちょっと先に行ってくる。エアリスたちはあとを追ってきてくれ」
琉海はそう言うなり、走り出した。
精霊術で強化された身体能力は桁違いに上がり、風を切り裂くように駆ける。
徐々に目標の馬車が見えて来る。
そして、思っていた状況になりつつあった。
馬と御者が真っ先に狙われたのか、首や体から血を流して倒れていた。
馬車自体はかなり丈夫に作られているようで、噛みついたり引掻かれたりしているが、破壊までには至っていなかった。
だが、それも長くは持たないだろう。
確実に車体に傷を付けられ、所々破片が飛び散っている。
一つの馬車に群がる狼たちは、まるで砂糖に集まる蟻のようだ。
琉海はその中に躊躇なく突っ込んだ。
さきほど創造した剣で道を切り開く。
一振りで数匹が吹き飛ぶ。
切り返しでもう一閃。
全体の半分が消え去った。
同時に剣にも限界が訪れる。
ヒビが入り、次第に広がり砕けてしまう。
「二回で限界か……」
一気に数体の魔物を力任せに切り裂いているのだ。
あっという間に耐久値を超えてしまうだろう。
だが、琉海にそんなことは関係なかった。
砕けたのなら、また作ればいい。
瞬時に《創造》で新しい剣を生み出し、残りを斬り伏せる。
残り三匹ほどになったとき、包囲が緩んだことで、馬車の中から人が飛び出した。
鎧を着た銀色の長い髪をポニーテールにした女性だ。
その女性を狙うかのように近くの一匹が襲いかかった。
女騎士はそれを剣で牽制し、追い払おうとする。
琉海はその間に他の二匹を始末し、再び女騎士に飛び掛かろうとしたところを一閃。
魔物は首から上が無くなり、動きを止めた。
「す、すごい……」
女性騎士は、辺り一帯が狼の魔物の死骸に埋め尽くされ、そこに唯一立っている琉海に視線を向けていた。
この風景を生み出したのが琉海であることは明らか。
琉海は生き残りがいないか、魔物の死体を眺めつつ、女性騎士にも警戒を怠らなかった。
助けたとはいえ、いきなり襲い掛かってくる可能性もあるのだ。
油断をして、死にましたじゃ、笑い話にもならない。
ただ、女性騎士は剣を下ろし、こちらに何かをしてくるような仕種もないので、とりあえず、いまのところは大丈夫だろうと推測する。
琉海がそんなことを思っていると、
「どうしたの?」
馬車の中から女の声が聞こえた。
入り口に立つ女騎士に外の状況でも聞いているのだろうか。
「あ、はい。もう、大丈夫です。魔物が襲ってくる心配はありません」
女騎士は馬車の中に視線を向けるも、琉海に一瞥してくる。
「そう。それで、魔物が突然いなくなったなんて何があったの?」
「えっと、それがですね……」
女騎士は何と言ったらいいのかわからないのか、口ごもる。
「何を隠しているの?」
馬車の中の声が女騎士に強めの口調で言う
そして、声の主が馬車の中から姿を見せた。
金髪のウェーブのかかった長い髪を揺らしながら、外へ飛び出す。
歳は同じくらいだろうか。
赤を基調としたドレスのような服装は、清潔であり豪奢でもあった。
すぐに貴族だとわかる。
ドレスのせいか、胸も強調され、大きく見えた。
「ティ、ティニア様!」
焦る女騎士。
ティニアと呼ばれた金髪の少女は、女性騎士のことなど、意にも介さず、辺りを見回し一点に視線を止めた。
琉海のいる場所だ。
琉海と視線が交わり、数秒経つと琉海の足元に転がる魔物たちを見る。
「あれは彼がやったのかしら?」
「はい。おそらくですが……」
女騎士は自信なさげに言う。
「そう」
ティニアは女性騎士から聞きたいことを聞き終えると、琉海のほうへ歩いてきた。




