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女神の祈り  作者: 水瀬はるか
ルワーネ王国 王都にて
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美しき女神

その日の夜、俺は昼間の疲れをとろうと思い、いつもより少し早く寝床にはいった。目を閉じて眠気がやってくるのを待っていたが、月の光が明るすぎたせいかなかなか寝付けなかったため、少し庭を散歩しようと思い部屋を出た。


夜の宮廷は思いの外冷え込んでいた。少し運動すれば心も落ち着いて眠れるだろうと思い、小さいころ母に教えて貰った武術の型を1つずつ確認し精神統一をしていると、後ろでカサリと音が聴こえた。振り返ると王子が腕組みをしながら柱に寄りかかっていた。彼は何も言わずこちらをじっと見つめている。暫くの沈黙の後、先に口を開いたのは俺だった。


「何してるんですか?こんな夜中に。」


王子はその質問には答えず、俺の方に歩いてきて近くまで来るとそっくりそのまま俺に聞いてきた。


「おまえこそなにしてんだよ?」


「人の質問には先に答えるものだと思いますがね…。あんたを倒すための稽古をしてたんですよ。」


そう言っておれが王子の鼻先すれすれに蹴りを繰り出すが、当たらないことがわかっていたのか、王子は避けようともしなかった。


「はっ、ただ寝付けなかっただけだろ?」


青い、その深海のような瞳が意地悪そうに細められた。これ以上ここにいると、王子に苛ついて余計眠れなくなりそうだと思い、失礼します、と言って彼の横をすり抜けようとすると、彼は俺の腕を掴んだ。驚いて彼を見ると、彼は不満げな顔をして俺を見返した。


「逃げんじゃねえよ」


「別に逃げてないですけど。」


「逃げてんじゃねえか。…まあいい、暇なら少し付き合え」


そう言って彼は俺を引っ張って歩き出した。どこ行くんですかと聞くが、王子はついてこればわかると言って行き先を話そうとしない。諦めて王子の後をついていくと、王子は宮廷の裏にある小さな神殿のような場所で足を止めた。


「ここだ!」


王子は重そうな扉を押し、中へと入っていった。俺も続いて中に入ると、月の光が明るかったのを感じさせないほどそこは薄暗かった。

正面には美しい女神像がこちらに手を差し伸べた状態で1つ置いてあり、その像の土台からは水が沸きだしていた。それ以外に目立った装飾らしきものはなかったが、この空間はとても美しく、その美しさはもはや禍々しさを感じるほどであった。

辺りを見回す俺を見て、


「美しいだろ?」


と彼が語りかけてきた。


「そうですね。でも…」


「でも?」


「この美しさからは何か…狂気めいたものを感じます。」


王子は少し目を見張って


「あながち間違いじゃないかもな」


と言った。


「ここには何が奉られているんですか?」


「この女神様だ。」


そう言って何かまぶしいものでも見るかのように女神像を見上げる。


「女神アリマテス…俗に言う死の神ってやつだ。」


彼はその表情とは裏腹に物騒なその名を告げた。


「アリマテス…神じゃなくて悪魔じゃないんですか?」


「おまえの国ではな。この国では神として崇拝される存在なんだ。」


「意外ですね。」


「なにがだ?」


「あなたが神なんて崇拝するような質に見えなかったので。」


そう俺が言うと、王子はふっと笑ってから真剣な眼差しでこちらを射ぬいた。


「お前は…神と契約してでも叶えたい願いはあるか?」


そう尋ねた彼の声はいつもの自信に満ちたものではなく、どことなく寂しそうなものであった。


「ありませんね。あなたはあるんですか?」


「さあな?」


彼はそうはぐらかした。無理に聞きだすのも嫌だったので、俺は話題を変える。


「俺の国では願いを叶えるのと引き換えに何か大切なものを失うという言い伝えでしたが…。この国でもそうなんですか?」


「いや、この国の言い伝えでは女神の求めるものを差しださなけりゃならないらしいぜ。」


「女神の求めるもの…。」


女神像に目を向けると、少し女神像が笑ったように見えた。冷たいものが背中を這ったような気がして身震いすると、王子がこちらに目を向ける。


「そろそろ夜も更けたし帰るか。」


「そうですね。」


俺が扉の方へ歩いて行こうとしたとき、王子は女神像の前に立ち、その手を取って口付けた。常人が同じことをすれば気でも触れたのかと思われそうな行為であったが、王子にはそのキザな行為がよく似合っていた。


「あんた何してるんですか?」


俺が顔をしかめてそう尋ねると、彼はさも当然のことを言うように、


「レディにおやすみの口付けをするのは当然のことだろ?」


とキザに微笑んだ。


「なんだ?お前もしてほしかったのか?」


「バカなこと言わないで下さい。気持ち悪い。」


「照れるなよ。」


そんな会話をしながら俺たちは神殿を後にし部屋に戻った。

その後も俺は王子の言ったあの言葉、叶えたい願いについて色々と考えを巡らせていると、気付いたら朝になっていた。一睡も出来なかった俺は起床時間を示す時計を恨めしく思いながら準備を整え部屋を出ると、丁度カサンと出くわした。

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