船出の準備
それから数日間、俺たちは荷造りに追われていたが、王子は侍女にでも荷造りを手伝わせたのか、いち早く荷造りを終え、俺の部屋で暇を潰していた。
「あの…俺荷造りしたいんで邪魔しないでもらえませんか?」
「俺がいつ邪魔したんだよ?」
「現在進行形でしてますけど…。いい加減自分の部屋に帰ったらどうです?」
「断る。」
そう言って彼は俺のベッドに置いてあった手帳を手に取り、パラパラと中を読み始めようとした。
「人の手帳を勝手に読むなんて悪趣味ですよ?」
そう言って彼の手から手帳を奪い取る。そのとき、手帳からひらりと一枚の写真が落ちた。彼は写真を拾い上げまじまじと見ると、
「この女性は誰だ?」
と聞いてきた。
「俺の母です。数年前に亡くなりましたが…。」
「そうか…すまない。」
「いえ…」
何となく気まずい雰囲気が部屋に漂う。王子はこの空気に耐えられなかったのだろうか、この部屋から出ていこうとした。その背中に向かって、
「俺の母はこの国に殺されたんです。」
思わずそう言ってしまった。王子は驚いたように振り向き俺を凝視した。
「お前もしかして、5年前のあの村の出身か?」
「何で知ってるんですか?」
「俺の母が命令した。」
二人の間に沈黙が流れる。王子の顔からはいつもの自信が剥がれ落ち何の感情も読み取れなかった。
「俺が憎いか?」
彼は悲しげに問うてきた。最初は憎かった。殺してやりたいとも思った。しかし、今はなぜかそういう気持ちを王子には抱かなかった。
「憎くなかったといえば嘘になります。でも、…」
「でも?」
王子は真剣なまなざしで続きを待った。
「今は別にそうでもありませんよ。」
俺は思っていることをそのまま口にした。
「そうか、ありがとう。」
なぜお礼を言われるのか分からなかったが、その言葉をそのまま受け取った。
王子は写真と俺を見比べる。
「よく似ているな。」
「よく言われました。特に髪が同じ色でしたし。」
「髪もそうだが、特に目がそっくりだ。」
「目の色全く違いますよ?」
「いや、でもそっくりなんだ。」
「そういうもんですか?」
「ああ、そうだ。」
王子は青い目をくしゃりと細め、懐かしいなと呟いた。
「俺も母によく似ていると言われたのを思い出してな…。実際よくにていたと自分でも思う。」
そう言って懐から一枚の写真を取りだし俺に見せた。俺はまじまじとその写真と王子を見比べた。確かにそっくり写し取ったように二人は似ていた。
「この人が…。」
俺の母を殺したのか、という続きを心に飲み込んだ。
王子にこんなことを聞かせるのは何だか憚られたからだった。
「俺の母は、」
「おーーーい、支度終わった?」
彼の声をカサンの声が遮った。早く出発しようよと急かす彼の声に押されて王子は俺の部屋をでていった。
さっきの話の続きは気になったが、今は早く出発するのが先決だろうと思い、俺も用意を持って部屋を後にした。