女神の涙(3)
母が神であった、その事実に俺は驚愕した。確かに昔から母は人間らしからぬ美しさ、儚さを持ってはいた。手を離せば天に昇っていってしまいそうだと思ったこともあったが、本当の天女であるとは思いもしなかった。
王子がおもむろに口を開き、
「だから銀なのか。」
と呟いた。
「どういう意味です?」
「いや、昔に本で天界に住むものは銀髪をもつと読んだことがあったのを思い出しただけだ。…血は争えないってわけか…。」
そう言って俺の髪に目を向ける。俺は女神に向き直った。
「俺はどうすればいいですか?」
そう問うと、女神は
「その男と共にわらわの首飾りの破片、女神の雫と呼ばれておるものを探して集めて欲しいのじゃ。」
と真剣な目を俺に向けた。俺がこくりと頷くと、女神はどこからともなく剣を取りだし俺に渡してきた。
「女神たちは人間たちに取り付いて生きておる。その剣で取りつかれた者を斬ると、女神がその者から切り離され、対話ができるようになるのじゃ。それで女神を納得させ、女神の雫を取り戻して欲しい。頼んだぞぇ?」
「斬られた人間はどうなるんですか?」
「安心しろ。その剣は人ならざるものしか斬れん。では、よろしゅう。」
そう言い終わるやいなや女神は元の石像へと戻った。
「おい、ちょッと待て!俺の話が全くでて来なかったじゃねぇか!!」
「まあ、俺を黙って手伝えってことじゃないですか?」
と言うと、王子は不機嫌そうな顔で、
「随分と偉くなったじゃねぇか?」
とつっかかってきた。そして、苦々しげに、
「まあ、契約したのは俺だし、大人しく手伝うぜ。」
と唇を尖らせた。そういえば、俺は王子にお礼を言っていなかったことを思い出し、
「言い忘れてましたが、命を助けていただいて、ありがとうございました。」
と言うと、王子は
「お前が最初に助けてくれたんだろ?」
と笑った。
「礼を言うのはこちらのほうだ。」
青い瞳がくしゃりと細められ、金髪に揺れる。そのやさしげな青い目は昔、小さいころどこかで見た青とにていたが、思い出せない。思い出そうと思い王子の青を睨み付けていると、
「なんだよ?俺の瞳の色がそんなに珍しいか?」
と聞いてきた。この国では王族たちは王族の中で婚儀を行うのが習わしらしく、彼らのほとんどは同じように青色の瞳を持っていた。しかし、王子の瞳はどの王族とも違ってその一瞬一瞬で様々な青に変化するように思えた。
「まあ、そんなところです。」
とはぐらかすと、王子の指が俺の目にかかった前髪をよけ、
「おまえの瞳のほうが珍しいと思うが?」
と言った。確かに俺の瞳の色は珍しく、この紫はよく気味悪がられた。
「呪われてるみたいな色でしょう?子供のころ周りのやつらからよく言われました。」
「なあ、知ってるか?ヴァイオレットは一番高貴な色だと言われてんだぜ?それに……。」
「それに?」
王子はためらうような表情を見せたあと、
「いや、何でもない。もう夜も遅いし帰るぞ。」
と言って扉の方へと歩いていった。